Episode 4 やっぱり「食」って素晴らしい
ギリギリ過ぎて投稿間に合わないかと思いました……。
「……ん」
僅かな熱を感じて目が覚める。えーっと昨日は確か……そうだ、硬貨の枚数を数え終わってそのまま寝ちゃったんだっけ。大まかな時間を確認しようと窓の方へと寝返りをうつ。少し厚めのガラス板の先、街の切れ目のずっと向こうに太陽らしき物がほんの少しだけ頭を覗かせていた。どうやらもうすぐ朝がやってくるらしい…流石に寝過ぎたか?しかし、ぐっすり寝たお陰で体の調子は絶好調でいい気分…と言いたいところだが、少々体がベタついているのがどうにも不快だ。いつもならそんな事気にしている場合ではないのだが、ここは異世界、特に何かに急かされる事もないのでとりあえずまずは風呂に入ることにしよう。
ベッドからゆっくりと体を起こしてぐっと背伸びをする。背筋が伸びてじんわりしてきたら両手を降ろしてベッドから離れ、シャワールームへ向かう。ドアを開けると洗面所兼更衣室、そしてトイレとシャワールームそれぞれへの扉が存在している。昨日確認した時も思ったが衛生面が現代日本レベルに高い。お陰で生活面でストレスを感じる事はほぼ無さそうだが、技術が街の建物のレベルに対してチグハグなように感じる。この世界には元居た世界には無い魔法という超常の力が存在するが、果たしてそれだけでここまでの生活水準に達する事が出来るのだろうか?
疑問に対して思考を回しながら服を脱ぐ。ロングコートをハンガーに掛け、シュルシュルとネクタイを外す。ワイシャツのボタンを一つ一つ丁寧に外していき、最後のボタンに手を掛けたところである事に気づく。着替えがない。周りを見回してみるが服が置いてあったり洗濯機があったりなんてことは勿論ない。…仕方がないが脱いだ服をもう一度着るしかないだろう。なに、今までの生活を考えればこんな事くらいなんてことないじゃないか。そうだ何も問題は無い……どうせなら全部綺麗さっぱりしたかったな…。
先程まで手際の良かった脱衣のスピードが一気に落ちる。昨日街のどこかで買っておけばよかったのだが、出来事の情報量に脳がパンクしていたのかすっかり忘れていた。これからこの世界で暮らしていくんだし、服なりなんなり必要なものは揃えておかないとな。
今日のテーマを決めたところで服を一通り脱ぎ終わる。衣類はコートの隣に掛けてシャワールームの扉を開ける。特に何も変わった物はない普通のシャワールームだ。本当は普通である事を驚くべきなのかもしれないが、既に普通ではない物を何度も目撃してしまっているので今更気にするようなことはしない。というかこの先いちいち目にしたものに驚いていたら身がもたないようなそんな気がする。そんな事を考えながら蛇口らしき物を捻ってシャワーの口からお湯を出す。汗でベタついた体を流しながら少しボサボサになってしまっている長髪に手櫛を通す。腰の下辺りまで伸びた髪は切るのが面倒臭い故の産物だ。まあ仕事や日常生活に大きな支障があるわけでもないので特に気にしていない。強いて言うならたまに髪が手や首筋と擦れてくすぐったいぐらいだろうか。
そんな事を考えつつ頭から足先へと順に体を洗っていく。一通り洗い終わったらシャワーの水圧を上げて泡を洗い流す。丁寧に泡を洗い落とすと目の前の鏡にはワカメを被ったようになっているの男がいた。俺である。髪をかき上げて顔を出しシャワールームから退出する。扉付近にあった戸棚からタオルを取り出して水気が残らないように体を拭けば綺麗さっぱり新品の俺の完成…と言いたいが汚れた服を着るので完璧に清潔というわけではない。よく手入れされた中古品といったところだろうか。
幸いにも服達は着る時に乾いていたのでほとんど不快感を感じる事は無かった。着替え終わって戻ろうとした時洗面台に歯ブラシ等の歯科衛生用品が置いてあったのでついでに歯磨きもしておく。ベッドルームに戻るともうすぐ日が全て昇りそうなところまで来ていた。路地を見ればまばらに人が歩いている。もうすっかり朝だ。体が朝を認識するとぐーっと大きな音が鳴りお腹が空いたのを伝えてくる。そういえば1階の奥のドアから酒場に行けるって受付のお姉さんが言ってたなお薦めしてくるって事は朝から空いているんだろうし行ってみるか。
手に持っていたコートを羽織り、ベッドの側から麻袋を回収する。うーんこの麻袋、物が大量に入るのは良いんだがそれなりに大きいから持ち運ぶのに不便だな…。中のサイズが変わるんだから外側のサイズも変わったりすればいいのにと思い、試しに小さくなれと念じてみるとなんとびっくり、巾着袋くらいまで小さくなった。いや流石に便利すぎないか…?あまりにも要望に応えてくれるので逆に不審に思ってしまうが、多大に恩恵を受けているのでそこには目を瞑る事として小さくなった麻袋を懐に収めた。
準備ができたので部屋を出て鍵を閉める。鍵閉めは大事だ。昔長期の仕事の時に借りていたアパートで一度鍵を閉め忘れて出かけた事があったが、その時は部屋に戻ると知らないおっさんがベッドの上で何かしていた。俺に気づくと薄ら笑いを浮かべて近づいてきたので跡形もなく殺した。あれは流石にキモ過ぎた。断片を思い出すだけでSAN値を削られるような感覚がする。考えるのは止めよう。
嫌な思い出を振り払って階段から降りる。受付の前を通るとお姉さんがせっせと仕事をしていた。忙しそうだが一応声を掛けておく。
「おはようございます」
「あーおはよう、えーっと…何君だっけ」
その問いに偽名を名乗ろうとしたが、もうその必要がない事に気づいて返答を変える。
「シルベです。昨日は名乗ってなかったですね」
「そっか。シルベ君朝早いね」
「そうですか?」
「うちに泊まりに来るのは大体冒険者だけど、あいつら大体朝遅いからね。この時間帯に起きてる奴なんて数えるくらいしかいないんじゃない?ところでシルベ君、今からご飯?」
「はい、奥の酒場って空いてます?」
「空いてるよ。うちに泊まってる人達は7時から食べれるようにしてあるから」
「そうですか、ありがとうございます」
「うん、いってらしゃーい」
お姉さんは気怠げに会話を済ませると、視線を下へと向け仕事を再開させた。邪魔にならないように少し足音を小さくしながら奥の扉へ向かう。少し古びていてシンプルな装飾の扉を開くとカランカランとベルの音が鳴る。中に入ると空気が一変、どこか陽気な気配がする。店全体を見渡すと僅かだが客らしき人がいる。そのおおよそが武器なり防具なりを装備しているところを見るに、彼らは冒険者というやつなのだろう。
「いらっしゃい、空いてる席座んな」
入り口横のカウンターから声を掛けられる。そちらの方を振り向くと店主らしき大柄の女の人が鍋を振るっていた。空いている席は沢山あるが、カウンター内から美味しそうな匂いがしているので店主さんの近くの席へ座る。各席にはメニュー表らしき物があり、試しに手に取ってみるがやはり読めない。
「店主さん何かおすすめある?」
「そうだねぇ…今日はボアのカツサンドかねぇ。今朝良いのが入ったんだよ」
「じゃあそれにしようかな」
「あいよ、カツサンド1つね」
ボアというのは料理からして豚的な生き物なのだろうか?だとすれば露店で食べた串焼きと似たような感じの肉か。昨日の食体験の事を考えるとこれから出される料理には非常に期待が持てる。調理過程が気になってカウンターの内を覗いてみる。どうやら今は肉を揚げているようだ。じゅわじゅわと音を立てながら揚げられているその様子に涎が止まらない……やっべ垂れるところだった危ない危ない。
涎と格闘している間にも調理は進んでいき、あっという間にカツサンドが出来上がった。
「お待ちどおさま、カツサンドだよ」
その一言と共に待ちに待った瞬間がやってくる。皿の上に乗せられたそれに目が釘付けになる。見ただけでわかるカリッとした衣、綺麗な断面、こぼれる肉汁。もしこれを食べるのを我慢しろと言われたら俺は泣くかもしれない。そんな事を思いつつカツサンドを持ち上げる。うわおっも。
両手にあるそれに思い切り齧り付く……前にちゃんと息を吹きかけて冷ます。昨日でちゃんと学習しているのだ。湯気が少し収まってきたところで今度こそ齧り付く…!
「んむ………ふふっ」
やはり美味しい物を食べると笑ってしまう。だって仕方ない。美味いんだからさ。サクサクの衣の中にはやわらかい肉の食感、そこからこれでもかと溢れ出る肉汁、そしてそれらを優しく包むパン生地、全てが完璧にマッチしていてもはや何も言えない。なんだこれ美味過ぎるだろ。
感動の涙を流しそうになりながら食べ進めていく。かなりボリュームがあると思うのだが、それでも食べていて全然途中で飽きない美味しさに手が止まらず、あっという間にカツサンドはなくなってしまった。ご馳走様でした。
「あんたいい食べっぷりだねぇ、作った甲斐があるってもんだ」
店主さんの言葉に苦笑を返す。昨日おっさんにも言われたが、そんなに美味しそうに食べているだろうか?自分が食べている様子を見た事がないから自覚がないが、複数人がそう言ってくるならきっとそうなのだろう。
満足したお腹が落ち着いたところで席を立ち上がり、店主さんにお会計のお願いをする。入ってきたドアとは違う入口の方へ案内されてそこでお金を支払う。代金は銅貨4枚と鉄貨5枚だった。鉄貨というのは10枚で銅貨1枚分と同じ価値を持つ硬貨らしい。日本円に治すと10円くらいだろうか。まともにお金を持ったことがないと俺が言うと店主さんは快く教えてくれた。優しい。ついでに疑問に思ったので他に人は雇ってないのか聞いたらまだ朝早いから来なくていいと言ってあるらしい。あとおまけのようにもし職が無くなったら雇ってやるとも言っていた。すごく優しい。本気で金が無くなってきたらぜひお願いしよう。そんな事を思いながらお礼を伝え、元来たドアから宵空へと戻った。
カウンターの前に行くと一通り仕事を終えたのかお姉さんは一息吐きながら飲み物を入れていた。
「お、シルベ君おかえり。どうだった?あそこ」
「すごく美味しかったですよ。お薦めしてくれただけありますね」
「なら良かった。気に入ってくれて何よりだよ」
お姉さんはマグカップを啜りながら気怠げな声を返すが、その中にどこか安堵したような感情が混じっている。自分が薦めた店が好評でほっとしたようだ。そうだ、話しかけられたついでに聞きたい事を聞いておこう。
「そうだ、この辺りで服買える所ってどこにあります?あと本とか買えたりする所も教えて欲しいです」
「んーとね、服は露店通りの一つ向こうにあるよ。本は……ちょっと待ってよー」
そうしてお姉さんは十数秒間程下を向いて難しい顔をした後、ピコーンと頭に豆電球が浮かんだような顔をして上を向き、こっちを向いた。首が忙しいな。
「確か服屋の更に一つ奥の通りにあったような気がする。間違ってたらごめん」
「いやーありがとうございます。助かりました」
頑張って悩んでくれたお姉さんにお礼を言った後、部屋の鍵を渡す。こんな事を言うのは失礼かもしれないが、帰って来て鍵が無くなってないといいのだが。
「いってらっしゃい。お金スられないようにねー」
気怠いお姉さんの言葉に手を振ることで返事をして宿から出る。さて、さっそくショッピングと行きますか!
まーた飯食ってるだけで一話終わっちまいましたよ何なんですかこの作者…。
そして次回はお買い物回です。ここは本当に異世界なんでしょうか。




