Episode 2 食に華咲く乙女(男)
なんとか間に合いました…。二話目でこれだと先が不安ですね……(꒪ཫ꒪; )ヤバイ
入り口には石の門が聳え立っており、その奥には華やかな喧騒と共に流れる人波が見え、その光景が僅かに心を躍らせる。門の端には門番らしきおっさんがいるが、石門に体を預けて気持ち良さそうに寝ている…そんなので門番務まるのか?まあ疲れているんだろうしそっとしておくか。そう思い、特に声を掛けることもなく街へ入ろうと門を跨ぎかけたその時、
「待ちな嬢ちゃん」
声がした方向へ振り返ると、そこにはさっきまで寝ていたおっさんが手招きをしながらこちらを見ていた。嬢ちゃんと呼ばれたような気もするが多分気のせいだろう。招かれるままにおっさんの所まで歩を戻すと、おっさんは少し面倒臭そうに言葉を発した。
「嬢ちゃん、冒険者証は持ってるかい?」
「いや、持ってない」
「…それじゃあ通行料を払ってくれ。めんどくせぇが決まりなんだ」
返事をした時におっさんの顔に驚きが走るのが見えた。理由は大体察しが付くがそんなに顔つきが女っぽいだろうか?殺害対象以外に顔を晒す事がほとんど無かったからこうして自分の顔に対する反応を貰うのは新鮮ではあるが、それはそれとしてやはり性別を間違えられることは不服である。だって俺男だぞ?…というのは一旦置いておき、俺はおっさんに通行料として提示された額である銀貨2枚を渡した。
「…確かに受け取ったぜ。ようこそエルレントへ、まあゆっくりしていってくれ」
気怠げにおっさんはそう言って門の端へと戻り、再び居眠りを始めた。どうやらおっさんはあの状態をデフォルトとしているようで、俺がした心配など無用のものだったらしい。
気を取り直して、今度こそ石門をくぐって街へ足を踏み入れた瞬間、世界の色が変わったように感じた。石門というフレーム越しに見えた景色も十分に綺麗だったが、今感じている世界とはおよそ比べることなどできない。それほどまでにこの街は鮮やかで、眩しい。華やかな喧騒はより激しく、そして軽やかに頬を撫で、人波は活気をダイレクトに伝えてくる。現代の退廃的なメトロポリスとの極端なまでの対比が、ここは異世界であるとを主張しているように感じる。ただ、今俺自身を最も惹きつけている物はそれらではなく…
「…いい匂い」
香りだった。それも、今まで感じた事の無い程に食欲を湧き立たせる香りだ。風に乗って流れてくる刺激的ですっきりとしたスパイスや食欲に直接呼びかけるような肉の脂等の胃を誘惑する物、パンや菓子類といったどこか仄かに甘みを含んでいる物、多種多様な食べ物の匂いに鼻腔をくすぐられ、気づけばお腹が鳴っていた。そういえばここ最近まともな物を口にしてなかったな……。予定も金に困っているということもないし、とりあえず何か食べるとしよう。久方ぶりに湧いた食欲に従って匂いの流れを辿って通りを進むと、少しして匂いの大元に行き着いた。道中で食欲を刺激されまくった今の俺からすると、そこはまさしく理想郷といっても過言ではなかった。
大通りの両側に屋台や露店がぎっしりと並び、ここまで散々胃に手招きをしていた料理の香りがより一層強く呼び掛けてくる。これ程までに食欲に駆られた事は今まで生きてきてあっただろうか。
しかし、こうも店が多いと逆に何にすればいいか迷ってしまう。視界に移るどの店にも惹かれて足が動かぬまましばらく唸り声を上げていると、横の方から声をかけられた。
「そこの綺麗な嬢ちゃん!」
声のした先へ向いてみると、露店から俺(だと思われる)を呼んだおっさんが露店のテントから身を乗り出してこっちを見て手招きしていた。おっさんの手元を見るに、売っているのはどうやら串焼きのようだ。串焼きか……かなりありだな。暴走気味の食欲によるものもあるが、とりあえず呼ばれたのでおっさんの店の前まで行ってみる。そういえばさっきの門番のおっさんも似たような感じで呼びかけてきたが、おっさんになると皆ああいう風にしたくなるのか?と、くだらない事を考えながら近くまで行くと、おっさんが再び話しかけてきた。
「おい嬢ちゃん、さてはどこから回ろうか迷ってるんだろ?今日はな…」
「あー、実は初めてでどこに行けばいいか分からなくて」
「なんだ初めてか!だったら兄ちゃん運がいいな!うちの味は通りで一番だぜ!!」
俺と会話をしている間にも凄まじい勢いで客が押し寄せ、それをおっさんが一人で捌いている。周りの店の様子を見る限り、おっさんの言っていた「通りで一番」というのは間違いというわけではないらしい。串焼きへの期待値がマックスまで跳ね上がる。流石にこれはもう買うしかないだろう。
「おっさん、それ2本頂戴」
「あいよ!焼けるまでちいっと待っててくれよ!!」
そう言っておっさんは意識をこちらから手元へと移して調理を始めたので露店から少し離れた。
肉を食べやすいサイズに切り分け、串に刺し、たれを塗って、焼く。たったこれだけの作業だが、おっさんのその動作に俺の目は完全に奪われていた。ただ早いだけではない、感動的とさえ言えるほどの丁寧さをもって進行する工程を目にした俺は、完成品を想像して危うく涎を垂らしそうになっていた。
調理に取り掛かって数分、胃の中の猛獣がもう抑えが効かないと暴れだしそうになったその時、待ちに待った一声を耳が拾った。
「女みたいな兄ちゃん、できたぞ!」
もう少し呼び方がどうにかならなかったのかと思ったが、出来上がった喜びを前にそんな事は一瞬で地平線の彼方に吹き飛ばされため特に気にすることもなくおっさんの前まで行った。
「2本で銅貨6枚だ」
1本で銅貨3枚だから日本円にすると銅貨1枚で大体100円前後といったところだろうか。元居た世界とこの世界との為替相場について考えながら袋からおっさんに言われた通りの額を取り出して渡す。
「確かに受け取ったぜ。注文は串焼き2本だったよな?熱いから気をつけて食べろよ!」
「ああ、ありがとう」
銅貨を支払うとほぼ同時に串焼きを受け取る。露店の前にあったベンチに腰掛け一息吐く。もう我慢は必要ない。おっさんから受け取ったそれに視線を向け、遠慮なく齧り付いた!!
「ぅあっ、あふっあふぃ…!」
舌の上で熱々の肉が暴れ、それによって肉汁が流れ出してさらに口内を灼熱地獄に陥れる。おっさんが言わんこっちゃないと呆れた目でこちらを見つめている。…だって仕方ないだろう!ここまで熱いとは思わなかったんだ!全部この美味そうな串焼きが悪い。そうだきっとそうに決まってるそうに違いない。
強引な他責思考によって自身の正当性を保ちながら一口目を涙目でなんとか飲み込み息を吐く。…かなり危なかった。痛みや苦しみといった類はかなり耐性がある方だと思うのだが、どうやらここへと来てかなり気が抜けてしまっていてそれらが機能していないらしい。だからといって特段困るわけでもないので構わないのだが。いや現在進行形で困ってるな…。
二口目は慎重に、ジト目で肉を見つめて何度もふーふーして冷ます。おっさんが何やら笑っているが一体何がおかしいというのだろう。最初に比べてかなり湯気が収まってきた辺りで再度肉へと齧り付いた。
「……。……ふふ」
思わず笑ってしまった。え…?肉ってこんな美味かったっけ?口の中に入れた瞬間に鼻に抜ける香り、噛んだ時の肉の弾力、溢れる肉汁、インパクトのある味、全てがこれまで体験したことのない刺激を脳に伝えてくれる。今まで食事は多少は美味い不味いはあってもただの栄養補給だという風にしか思っていなかったがそうか、食事とはこんなに素晴らしいものだったのか。なら俺は、今日初めて食という概念に出会ったといっても過言ではない。こんな体験をさせてくれたおっさんには感謝しかないな。
二口目以降もその感動は留まる事を知らず、みるみるうちに肉が無くなっていってふとした時には手元にあったはずの2本の串焼きは姿を消し、串だけの状態へと姿が変貌していた。
食べ切ってしまった事を惜しみつつも満足感に一息吐いていると、大量の視線が自身へと集まっているのに気が付いた。食べる事に集中し過ぎて全く気付かなかった。見ている人々に視線を向けてみると、大体が唾を飲み込んで物欲しそうだったりどことなく表情を赤くしていたりしていた。一体何だっていうんだ。
「じ…兄ちゃんがあんまり美味そうに食うから皆見蕩れてたんだよ」
おっさんがまるで俺の心を読んだかのようにそんな事を言う。そんなに美味そうに食べていただろうか?と思ったが、確かに聞こえたおっさんの言い間違いに俺はそれだけの理由ではないことを感じ取り複雑な気分になる。だって俺……もういいや。なんか面倒臭くなってきた。どうせ声聞けば分かるんだしいちいち気にするような事でもないのかもしれない。そういう事にしておこう。
諦念と共にベンチから立ち上がる。男としてのナニカを失くしたような気もするが考えないことにする。とりあえず串を捨てたいがゴミ箱がないのでおっさんの元へと向かう。ついでに聞いておきたい事もあるし。
「串どこに捨てたらいい?」
「中にゴミ箱あるから貰うぜ」
「助かる。あと聞いておきたい事があるんだけど、近くで良い宿知らない?」
「そうだな……奥の通りに宵空っていう宿があったはずだ。暗めの色で落ち着いた雰囲気が特徴的だからすぐに見つかると思うぞ。値段は覚えてないが、かなり良い部屋だった記憶があるな。まあ俺にはちょっと暗すぎたがな」
そう言ってガッハッハと笑うおっさん。悪気は欠片も無いんだろうが、それは暗に俺が根暗な奴だと言っているようなものだぞ?…優しいおっさん相手にこんな推測をしている時点で俺は根暗なのかもしれない。そもそも職業殺し屋etc...の奴とかどう考えても根暗でしかないか…。いやそんなことはないはず!というかもしそうだとしても今からならまだ変えられるはずだ!!
…素の俺という生き物はここまで感情豊かだったのか。驚きの事実である。
「分かった。もう少し通りを回ってから行ってみる」
「おう!掏られないように気をつけろよ!」
「ありがとう。それとご馳走様、美味しかった」
例を口にしてその場から離れる。俺が居なくなってからおっさんの店がさらに混雑したように見えた。並んでいる人達の顔を見るに、どうやらあの場で食べていたのが宣伝にでもなったらしい。これは「通りで一番」の謳い文句がさらに磐石なものになってしまうな…と苦笑する。
そんな事を考えながら通りをぶらぶらしていると、嗅覚が新たな香りを捉える。見つけてしまったのならばこれはもう行くしかないだろう。まだ日は高いし、金もあるし、泊まる場所にも当てができたし、まだまだ食べるぞー!
これは美食系ラノベだったのか……?私の書きたかったバトル物は一体どこへ行ったのか(´·ω·`)
そしてまた出てこない主人公の名前……次回こそは出します(多分)