Episode 1 扉の先は
初めての連載作品なのに不定期投稿の予感しかしない……。皆様どうか温かい目で見守って下さいm(_ _)m
物心ついた時には既に、世界は戦争で満たされていた。秩序など欠片も存在しない、血と砂の舞うその戦場で、幼い頭を必死に働かせ、押し迫る危機を凌ぎながら日々をなんとか生きていた。ただひたすらに殺し、ただひたすらに喰らい、ただひたすらに息をする。それだけの毎日が続いた。それでいいと思っていた。これからもそんな毎日が永劫に続くと思っていた。
しかし、物事にはいつか終わりが来る。違った仲が時間と共に修復されるように、憎しみあった世界も時が流れるにつれてその姿形、関係性を変えていく。俺の背丈がそれなりに伸びた頃、俺を取り巻く全てだった戦争は終わった。その時自分が何を思っていたのかは思い出せない。ただ、嬉しくはなかったような気がする。
時を経ると共に変化していくのが世界の常であるが、根本が不変であり続けることもまた事実。戦いの中で生きてきた俺には戦争が終わってからも平凡な生活は訪れなかった。戦争以外の世界をを知らなかった俺は平和になったこの世界での生きる術を持たなかったが故に、結果として裏社会へと転がり込んでいってしまった。幸い長きに渡る戦争の経験のお陰で、裏社会で生きることにあまり苦労はしなかった。
そんな光と程遠い世界で生きる中で俺の中に一つだけ願いが生まれた。裏社会で生きる中、平和な世界の一端に触れることで現れたそれは「自由に生きてみたい」という誰もが本来権利として持っているものだった。しかし、戦争に囚われ、裏社会に囚われて生きる俺には到底叶えることの出来ない夢だと諦めた。知らない奴からのメールに従い仕事をして金を貰うだけの毎日。それでもいいじゃないかと言い聞かせて淡々と日々を過ごしていたある時、俺の人生は転機を迎えた。
つい数時間ほど前、とある過激派カルト集団の制圧に行った時の事だ。いつも通り現地に赴き、いつも通り皆殺しにし、いつも通りに後片付けをしていた時、それは目に入った。
魔法陣。そう、なんてことのないただの魔法陣だ。物理法則しか存在しないこの世界には何の意味も持たないただの模様。胡散臭い集団につきものの下らない我楽多。……のはずなのだが、壁に掛かったその我楽多から目が離せない。今まで見てきた玩具共とは何かが違う。しかしその何かがいまいち掴めず釈然としない感情が靄のように心にかかる。それを払うために魔法陣に向けて歩を進める……が近くで見ても何か変わることもなくそこにあるのは何の変哲もない模様の描かれた布だ。やはり何かの間違いなのだろうか?しかし俺の第六感が「何かある」と告げているのを全身で感じる。もしかすると危険な物かもしれないが、それによる根源的な興味を止められず、俺はその布に触れた。
感じていた「何か」は起こった。魔法陣の中心に手を触れると瞬く間に視界が暗転する。此処ではない何処かへと引きずり込まれるような感覚を全身で感じ、ふとした時には既に意識を手放していた。
それからしばらくして、目を覚ますとそこはさっきまでいたカルト集団のアジトではなく森の中だった。あまりにも理外の事態に呆然としてしまう。それから暫く時間が流れ、思考が落ち着き現在へと至る。
予想外すぎる出来事に思わず生い立ちから過去回想をしてしまった。だが、お陰で脳内で随分と状況が整理されてきた。恐らく俺は所謂転移というやつをしたのだろう。創作じみていて信じ難い内容ではあるが、今の状況とこの身に起きた現象を考えるとそれが一番近いだろう。そうだとするとあの魔法陣は転移をする為のアイテムだと考えられる。全くもって不思議なものが存在するものだ。しかし転移……転移か。ここが現実世界のどこかか、あるいは見知らぬ異世界であるのかは判別できないが、少なくとも俺の生きていた暗い場所からは遠く、遠く離れている場所であることは事実だろう。それならば、呪縛から解き放たれてみてもいいのだろうか…。抱いた夢の儘に生きてみてもいいのだろうか……。と、久しく脳の奥底に沈めていた思考が浮上してくる。
一度欲望が頭の中に現れると止まらないのが人間というもので、さっきまでの混乱など無かったかのように思考が前転していく。しかしその一方で冷静な自分が不可解な現状についての考察を止めない。ここはいったい何処なのか。どうしてあんなファンタジーな物が存在していたのか。そもそもとしてたかだか反政府のカルト教団風情がなぜそんな品を…と、そんな事を考えながら森の中を歩き続ける。少し木々が開けた場所に出ると、そこから少し遠く、麓の辺りに街を見つけた。どうやら俺が転移してきた場所は山の中だったらしい。とりあえず街まで下りて情報収集を…とその前に……。
「頭ァ!こいつぁ上物だぜ!!」
「こりゃあ多少キズモノにしても高値で売れますぜ」
「今夜は楽しめそうだなァ」
俺を取り囲むようにして数人程の男達が現れた。途中から何人かつけてきているのは分かっていたがまさか盗賊だったとは……随分と気配を隠すのが上手いな。セリフからして俺の事を狙ってきたと思われる盗賊らしき男達は口それぞれに下劣な言葉を浴びせてくる。というかこいつら明らかに日本語喋ってるよな…。あれか?作者の都合的なやつか?だとすれば随分気が利いてるな……などとよくわからない事を考えている裏で野郎共の野次が大柄の男の声に遮られた。
「まあ落ち着け。おい女、身ぐるみ寄越して付いて来い。そうすりゃ命は助けてやる」
ここでついて行くとどう考えても終わりなので、ボスらしきその男の問いには拒否を返す。ついでに何か勘違いしているのでそこも修正する。
「悪いが男だ。他をあたってくれ」
「…なんだ男かよ」
「チッ……久しぶりに楽しめると思ったのに」
「つまんねェ…」
俺の声を聞いた途端に露骨に男達のボルテージが下がるが、大柄の男は構わず続ける。
「そう落ち込むな。男なら男で辺境の子爵が高値で買い取ってくれるさ。なんせ無類の男好きだからな。売っ払った金で娼館でも行きゃいいだろ」
男の言葉に野郎共のテンションが戻り始める。こいつら下半身に脳味噌付いてんのか。
「つうわけで兄ちゃん。男だとしても見逃す訳にはいかねぇな」
言葉と共に男達が戦闘態勢へと移行する。仕方がないがやるしかないだろう。佇まいは小物だがあれほど気配を隠すのが上手いのならそれなりに腕が立つのだろう。周囲に警戒を張り巡らせて出方を窺う。
「へっ!戦る気ってわけだ。てめェら遊んでやれ!!」
ボスの男の合図と同時に男達が一斉に襲い掛かって来て………!!
どうやら最初に警戒した程の強さではなかったらしく、見た目通りの筋肉バカの集まりだった。それなら不意打ちでもしておけばよかったのに……。それで相手になったかどうかは別の話だが。
…盗賊達はどうなったかって?奴等は目の前で一人を除いてボロ雑巾になった野郎共の山になっている。臭い。残りの一人、盗賊のボスは尻餅をついて震えている。ズボンが濡れていて汚い。何をしたかは敢えて秘密にしておく。近寄りたくないのだが用があるので仕方なく男の方へ歩を進める。
「ぉ‥俺達が悪かったから、い…命だけは……」
「それはこの後次第だな。お前にお願いがあるんだ」
「お願い…?」
「ああ。聞いてくれれば、命だけは助けてやるよ」
この際だ。とことんこいつらを利用してしまおう。悪いとは思うが、恨むなら俺を標的にした自分達の選択を恨んでくれよ……?
「お前達が持ってる有り金全部寄越せ。アジトにあるならそれもだ」
「なっ……!?それは…」
「じゃあ死ぬか?」
「くっ……」
「安いもんだろう?有り金で命が助かるんだ。さぁどうする?金か、命か」
言葉に圧を込め男に問う。男は少しの間逡巡した後言葉を発した。
「……わかった。アジトに案内する…。ついて来てくれ」
苦悩の篭ったその言葉と共に男は立ち上がり、ゆっくりとアジトへ歩き出した。これで漏らしていなければ良かったのだが、実際はずぶ濡れのズボンから強烈に臭いを放っているので男から少し距離を取ってついて行く。道らしき道から逸れ、森の奥深くへと進んでいったその先に、古びた小屋が現れた。
男がちょっと待てと一言発して小屋の中へと入っていく。言われた通りに小屋の前で男が出てくるのを待つ…………が、暫く経っても男が戻る気配が無い。まさか逃げられたか?いや、さっきあれ程酷い目に遭わせたのだから流石に妙な真似はしないと思うが……。と考えていたその時、小屋の扉が鈍い金属音を響かせてゆっくりと開いた。
「す、すまねぇ…。ちょいと遅くなっちまった」
開口一番に謝罪の言葉を口にした男は、先程までとは少々様子が異なっていた。どこか表情がさっぱりしており、服の汚れも落ちていて、何より漏らした跡が無い。さてはこいつ金を取りに行くついでに風呂入って着替えてやがったな?命を握られているというのに随分と図太い奴だ。まぁ、漏らしたままにしておけと言う程鬼畜な訳ではないのでどうこう言ったりはしないが。
「随分遅かったな。風呂でも入ってたのか?」
「こんな所に風呂なんて高尚なモンねぇよ。ちょっと水浴びてただけだ」
「水でも引いてるのか?」
「何言ってんだ?魔法に決まってんだろ」
男は当たり前のように衝撃の事実を伝えてくる。そうかこの世界には魔法があるのか。転移した方法からして薄々勘付いてはいたが、どうやらここは異世界らしい。異世界……俺の知らない物に満たされた未知の世界。そう考えるとなんだか少しワクワクしてきた。先の出来事に思いを馳せているところで、男に声を掛けられて急速に意識が目の前の現実へと引き戻される。
「おい!ぼーっとしてんなよ。ほら、全部持ってきたぞ。……これでいいんだな?」
目の前に突き出された袋を受け取って中身を確認すると、元いた世界のものではないが確かに通貨らしき金、銀、銅のコインが大量に入っていた。
「偽物じゃないだろうな?」
「あったとしてもあんたには渡さねぇよ。バレた日には何されるか分かったもんじゃねぇ」
流石にあれだけしてまだ反抗してくるとは思えないし、通貨の出所は恐らく今回のように通った人を襲って手に入れた物だと予想できるのでこの通貨は信用することにする。
「約束通り今回は見逃してやるよ。ただ次は…」
「わ、分かった!分かったからもう行ってくれ…」
少し圧を掛けながら言葉を発すると男の態度は途端に急変し、ここに来る前の小鹿のように震えていた状態に戻ってしまった。またズボンがぐしょ濡れになっても可哀想なので、圧を掛けるのはこの辺にして元来た道(無き道)を戻っていく。これでは最早どっちが盗賊か分からないな。元居た場所まで戻ると先程ボコした盗賊共の山が残っていた。臭い。流石にこのまま道のど真ん中に放置しておくと人目に付くので一人ずつ森の中に投げ込んでいく。べたべたして気持ち悪い。
全員を見えないところへ片付け終わると、再び麓の街へと歩き始める。転移して早々に一悶着あったが、お陰で大量に金を手に入れることができた。言葉が通じる事も分かったし魔法が存在する事を確認することができたのを考えると、盗賊の皆様には感謝しかないな。さて、街に着いたら何をするかな。情報収集もいいがその前に飯でも食うか。動いて多少お腹も空いたし。何か美味しいものあるかな?
と、そんな事を考えている間も順調に足は進み続け、気づけば遠くにあったはずの街の姿は、すぐ目の前まで近づいていた。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
記念すべき第一話にして主人公のビジュアルどころか名前の一つも登場しないとはこれ如何に(殴