毛虫
日常のありふれた光景をエッセイ風にまとめてみました。
道端で何かを探す高校生。何を?
「ん?落とし物でもしたんかな?」
夕暮れの住宅街で、制服姿の高校生に出くわした。道の傍で何やら道路の真ん中あたりを見つめている。1、2歩道路の真ん中の方に進んだかと思うとスカートが地面に触れないように裾を持ち、膝で抱え込むように制服を押さえかがみ込んだ。道路の上の何かをつまもうとしている。ばっと掴めばよさそうだが、何やら掴もうとしてはさっと手を引っ込めている。遠目に見て、黒い塊のようなもの、触れたくても触れられない、そんな感じだった。
10月だというのに暑い日が続いていた。街全体に重苦しい雰囲気が流れ、鰯雲は不漁でいまだに入道さんが我が物顔。この数日花を開いた金木犀の香りは変に甘ったるく感じられる。ものすごい勢いで飛んでいるスズメバチと目を合わさぬよう家の近所をふらふら歩いてみた。
こんな気候のせいか、子どもたちの様子も落ち着かず、教室ではケンカや言い争いが頻繁に起こっている。そりゃそうだ、巣箱は狭すぎる。そして、とにかく長すぎるのだ、夏が。
高校生は手で触ることを諦めたのか、すくっとその場に立ち上がり、それでも腰をかがめ黒い物体を見つめている。
「毛虫」
そう道を歩く毛虫だったのだ。
ああ毛虫か、彼女は毛虫の横断を見つめている。毛虫は真っ黒で、別に珍しいものでもなく、どこにでもいそうなものだった。それでも彼女は横断を待っている。自転車がやってきた。自転車は彼女を避けた。毛虫の死亡事故は防がれた。
そうこうしているうちに真っ黒い毛虫が歩道を示す白線に差し掛かかり、まあもう安心だよねと私がつぶやいた時、彼女は突然毛虫を拾い上げ、数歩進んで金木犀の枝の上で手のひらをお月様に向けた。
見上げると、紺色の空にほぼほぼ満月。あれ?こんな空色だったかなと思うと可笑しくなった。さあ明日も仕事だ。お月様に笑ってもらえるように過ごしてみよう。