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怪奇十三話  作者: 杉勝啓
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第三話 雪女

今は昔


男がいました。


男は木こりでした。男は、生来の手先の器用さから、木こりのかたわら仏像を彫って、売りさばいていました。


ある吹雪の夜、戸を叩くものがいました。こんな夜に誰だろう。男は不審に思いながらも戸を開けると、そこには美しい女が立っていました。女は知り合いのつてを頼って都へ行く途中だと言いました。一目で女に恋をした男は都へ行くのはやめて、女房になってくれと言いました。あったばかりの男にこのようなことを言われて、さぞ、困惑しているだろうと思いきや、なんと、女はその申し入れを受け入れてくれたのです。


二人の間には子供も生まれ、幸せな日々が続いていました。しかし、妻はいつまでも若々しく美しいままなのに、それに引き換え、自分は年相応に老いていきます。いつか、妻は自分をおいてどこかへ行ってしまうのではないかと不安でした。


そんなとき、男の仏像の掘る腕を買われて、阿弥陀如来の像を掘るように大きな寺から依頼が入りました。この仕事が成功すれば、たくさんの褒美がもらえるとあって、一も二もなく、承知して男は一心不乱に仏像を彫り上げました。褒美がもらえれば、長年、苦労した妻や子に楽をされると思いました。彫り上げた像は立派なものでしたが、寺の僧は首を振りました。この像は立派だが慈悲の心がないというのです。

「慈悲のこころ・・」

男は考え込みました。男は手先の器用さで様々な依頼に答え、仏像を彫ってきましたが、そのようなことを考えたことはありませんでした。そんなときでした。こどもが指をけがして帰ってきました。妻は慈しみ深く、その子の指を口で吸ってやっていました。その妻の表情をみたとき、この、表情だと思いました。そして、また、見事な像を彫り上げました。しかし、僧は、また、首をふるのでした。

「この像は、愛に満ちている。だが、万民への慈悲とは違う」

そう言うのです。男は、行き詰まってしまいました。


ある夜、子供も寝てしまい、妻は針仕事をしていました。その姿をみて、改めて、男は美しいと思うのでした。男の視線に気づいた妻は恥じらいをみせながら、俯いてしまいました。

「なんですか。そんなに見つめて・・」

「ああ、美しい・・・と思ったんだ。俺は年を取ってゆくのにお前は出会ったときのままだ。あのとき、おまえのような美しい女に出会ったことはないと思ったんだ。いや・・ずうと昔・・まだ、子供の頃、お前によく似た美しい女を見たことが・・」

そこまで、言ったとき、女の顔が青ざめて変わっていったのです。

「とうとう、思い出したのですね。このまま、あなたがあのときのことを思い出さなければ私達は幸せでいられたのに・・」

「何を言っているんだ。お前は・・」

「あっ!」

男は思い出しました。遠い昔、子どもの頃、父と山小屋に泊まったとき、どこからともなく、美しい女が現れて父に息を吹きかけると父は凍死してしまったのです。なぜ、俺は忘れていたんだ。

「私があなたに物忘れの術をかけたのです。でも、不安であなたもとにやってきました。あなたは優しくて、私もあなたに惹かれてゆきました」

「どうして、そんなことを言うんだ。お前が何者でも俺の心は変わらない」

「いいえ、こうなった、以上、あなたも、この子も、そして、この村の人達の命を奪わなければ・・それが山に生きるものの掟・・・だけど、できない・・・この上は、私が消えるしかありません」

妻はそう言うと外に出てゆきました。外には、ただ、雪の溶けたような水たまりがありました。男はすべてを覚りました。妻は子供の時、見た父を殺した女だと。そして、今度はみんなを救うために自ら消えることを選んだのだと・・・その姿こそ・・慈悲の心ではないか。男はのみを持つと仏像を彫り上げました。傍らでは母がいなくなったと子が泣いています。その子をあやし、世話をしながら、掘り続けたのです。ようやく、仏像が彫り上がったとき、男は息絶えました。

男の傍らでは、子供が泣いています。

「おっとう、おっとう・・」

と・・


村の人々がやってきました。皆が仏像をみて感嘆の声を上げました。そして、あの僧もやってきました。これぞ、慈悲の心・・・魂の入った像だ。僧も感嘆の声を上げました。


僧は近所の人から、この子の母がしばらく前から見えなくなったこと、男で一つで男の子の面倒をみていたことなどを聞きました。


男の子は僧に引き取られ、後に名のある仏師となったということです。


おわり

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