穴 3
廊下は果てしなく続いているように感じた。両側に全く同じドアが並んでいる。歩いていくにつれて部屋番号の数字が十、九、八、七と刻んでいく。それはまるで終わりに向かってカウントダウンをしているかのようだった。
「手錠とか掛けなくていいのかよ?」
「その指示は出ていない。俺は手錠などかけなくてもお前がいなくなることはないと思っている」
「どういうことだ?」男は振り向かず。一定の速さで歩き続けた。
「どうということもない。そういうことだ」
「俺が逃げたらどうするんだ?」
「それは、困るな。でもいなくなることはない。お前がこのホテルにいること。そして俺がお前を迎えにくること。それは決められていたことだ」
エレベーターの前で立ち止まり下矢印のボタンを押すと、ボタンが点滅し始めた。表示された数字が今いる五階に近づいていた。全てが決められていたことだとしたら自分自身の意志というのはどこにあるのだろうか。今まで自分が歩んできた道も何もかも決められたレールの上をただ走っていたということだろうか。いや、待てよ。今私はこの男の中の世界で生かされているのかもしれない。
エレベーターに乗ると男は一の下に表示された0というボタンを押した。0?そんなボタン乗る時にあっただろうか。自分が乗るボタンのことだけしか考えていなかったから気づかなかった。その間に何人か乗り込んで来て場所を譲った。一階に止まるとロビーの様子が見えた。差し込む朝日は明るく、チェックアウトをする人や併設されたカフェでコーヒーを飲む人の姿が見えた。入り口の向こうの道路には車が行き交っていて、有名店の店先に開店を待つ人が溢れていた。このエレベーターの向こうに広がる世界に飛び込むこともできる。そうして自由になることも。この足が動こうとしないのは何故だろうか。何故再び扉が閉まるのをただ待っているのだろうか。下に向かうエレベーターに乗るものは誰もなくそのまま扉は閉まってしまった。




