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  作者: 宮嶋 健吾
1/5

穴 1


 何もない全くの暗闇。波風すら立たない静寂の世界が広がっていた。そこに小さな光が一つ生まれた。その光はおどけたように左右を行き来して、まるで自らの誕生を喜んでいるようであった。やがてくるくると螺旋状に回転して消えてしまった。光の残像だけがそこに残った。

 目を開けると真っ白い天井。体が鉛のように重かった。何とか起き上がってベッドの縁に座ると断片的な嫌な記憶ばかりが浮かび上がった。飲み歩いてふらふらになり通行人にぶつかってゴミの山に倒れ込み罵倒されたこともあった。どうも記憶というのは後悔するものばかりが浮かんでくるようだ。嫌になってベッドに横になり、真っ白い天井を見上げた。視覚的な情報を遮断してその白だけを見つめてみた。そうしているとその白と自分自身が徐々に同化していくような奇妙な感覚に陥った。背中に感じていたベッドとの境目が曖昧になっていき、重力はもはや体を支えることをやめてしまった。次第にベッドに沈み込み、浮力で浮いているようだった。視界は狭まり顔全体を黒が覆っていった。全てを包み込む寸前、天井から吊り下げられた電球を見つけた。何故ビジネスホテルに古民家にありそうな裸電球が吊り下げられているのだろう。

 気づくと再び暗闇の中にいた。体を支えるものは何もなく、上下左右の感覚さえ失われた世界。肉体はもはや意味を成さず、残された記憶のみが自分の存在を唯一証明してくれるものだった。先ほど思い出すのが嫌だった記憶すらも辿ることで存在の証を必死で探し求めた。そこに光が現れた。光は先ほどとは打って変わってただ一点に存在し動こうとはしなかった。自分自身の存在を確かめるためにその光だけをただ求めて近づこうと試みたが、手足は空をきり虚しく体力だけが奪われていった。力を失い、漂うだけに身を任せると次第に意識は遠のいていった。自分が何者であったか次第に記憶すらも失われていった。いや、この何もない世界で何者かである必要があるのだろうか?そもそも私は存在すらしていなかったのかもしれない。すると先ほどまで遠くにあった光が目の前まで近づいてきていた。その光に照らされると自分自身の姿が暗闇にありありと浮かび上がった。存在していた。私は間違いなく存在していたのだ。どこか遠くの方から近づく足音が聞こえてきた。その足音はホテルの部屋を横切るのではなく自分自身を求めて確かに近づいていた。そうしてドアの前で止まった。ドアをノックする音が静かな部屋に響いた。起き上がると身体中にじっとりと汗をかいていた。

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