156センチ
9月の末に、王城のカーテンの納品が滞りなく終了した。
公爵に誘われて、完成の見学に出掛ける。クロエも一緒だ。公爵が俺の婚約者を見たがった結果だ。
クロエは最近、ほんの少し背が伸びたので、ふっくらが、縦に伸びた感じ?少しほっそりしたかな?
今日は、俺の付き添い、と言っても失礼のないように、きちんとしたお出かけ用のワンピース。少し大人っぽい。パオラに髪を上げてもらったらしい。
「公爵殿下、こちら、私の婚約者の、クロエです。」
「・・・初めまして。レオナルドがいつもお世話になっております。クロエと申します。」
クロエのきちんとした礼に、公爵が目を見張る。ま、そうだよな、、、クロエはいまは、平民だから。
「ああ、、こちらこそよろしく。君は、、、、ひょっとして、、、ハウル侯爵家の?」
「今は平民でございますわ、殿下。」
そう言って、クロエが、にっこりと笑った。
「ああ、、、なるほど。そうなのか。とても優秀なご令嬢が、伯爵家との縁談を蹴ったと聞いたから、、、、うちの末っ子にでもどうかな、と、思っていたんだけど、、、、やられたな。」
と、愉快そうに笑った。
「さすがだな、レオナルド。いいものを手に入れたな。」
「・・・はい、、、」
「カーテンも申し分ない。紹介した私も嬉しいよ。これからもよろしく。」
「はい、、、ありがとうございます。」
「あ、クロエ嬢、気が変わったら、いつでも言ってくれ。うちの三男もなかなかいい男だぞ。ふふっ」
*****
私たちは入館証を貰い、王城を見て回った。
大舞踏会が開かれるセレモニーホールのカーテンは、ほんの少しくすんだえんじ色に、王国の紋章が織りで入っている、落ち着いたもの。サンプルでは見たが、実際にかけられると、豪奢だ。ホールの雰囲気にもあっている。
レオは腕を貸してくれる。うふふっ
大庭園も入っていいと言われて、散策する。
「・・・クロエ、、、」
「・・・・?」
休憩に座ったベンチで、レオが、申し訳なさそうな顔で、私の手を取る。
左手には、パオラがデザインしてくれた波打った形の銀の指輪がある。婚約指輪。
レオの指にも同じものがある。
この上に、金の結婚指輪をすると、波の形がはまって、一つの指輪の形になる。
もちろん、一つでも上品でいいデザインだ。
あまりにもいいデザインだったので、大々的に売り出したところ、大人気になった。
「来たかったんだろう?大舞踏会?ごめんね。」
「あら、、、、まあ、、、」
そんなことを覚えていてくれたことに、驚く。
「俺とじゃ、、、、来れないけど、、、、本当にいいの?公爵家とか、、、、」
何を言いだすんだこの男、、、、
「来れたじゃないですか。大ホール。私こそ、ありがとう、レオ。」
「うん、、、、、」
そんなことでしょげてたのか、、、か、、、かわいい、、、
両手を握りこまれたまま、そっとレオにもたれかかる。
10月の日差しが、柔らかく降り注ぐ。
*****
「私、14歳になったんですよ!なんと!レオと16歳差になりました!」
晩飯を食べながら、クロエが切り出す。知ってる。何か欲しいものはないのか?と、ずっと聞いているよね?
今日は、デザートに、クロエが自分で焼いたケーキが出た。
ラーシ領に行っていたリーは、先日やっと帰ってきた。あちこち見て回っていたらしい。このところ、宿舎での宴会に混ざっていて、こっちに来ない。
二人で、ケーキを切り分けて食べた。
「プレゼントは何でもいいと、言いましたよね??」
「ああ、、、」
小娘の欲しがるものなんか、、、ドレスとか?宝石とか?まあ、大した出費ではない。
「本当に?なんでも?」
「ああ。」
「では、、、、お祝いに、レオにキスしてほしいんですけど?」
「は?」
飲みかけた紅茶を吐きだしそうになった。
俺の驚きや戸惑いを無視して、座った俺の膝に上がり込んだクロエが、、、、眼を閉じる、、、、、
え?、、、、まじですか?
え、、、、と、、、、
頬に手を添えて、片手でそっと前髪をかきあげて、おでこにキスを落とす。
間違ってないよな???
クロエは、真っ赤になって、、、、、怒るか照れるか、どっちだ?
こっちは精いっぱいだ。くそっ、、、、14の小娘にもてあそばれてしまった、、、、
「・・・・・もおおおおお」
牛か?
「今に見てなさい、レオ!子ども扱いして!!そのうちお願いされるくらい綺麗になるんだから!!」
はいはい。
思わず笑ってしまった俺の態度が気に入らなかったようで、ほっぺを膨らませて怒っている。ゆっくりでいい。そう思う。
*****
なんてことはない平和な日々が続いていくと思っていた。
なんとなく、早く帰りたかった。
そわそわする。パオラに笑われてしまった。
何時ものように家に帰ると、夕飯のいい匂い。寒くなってきたから、シチューにしよう、と言っていたから。
明かりがともされている。
「ただいま、クロエ。」
ほんのり温かい部屋に入って、上着を脱いで、ソファーにかける。
「クロエ?」
台所を覗いたが、居ない。
「?」
風呂場も、トイレにもいない。隣の宿舎に差し入れにでも行ったのかな?と、椅子に座る。しばらく待ったが、宿舎まで迎えに行くことにした。大体、、、、馬車の音が聞こえると、走って帰ってくるのに、、、、、なぜか、、、あまりよくない予感がした。
宴会場と化している応接室にいくと、リーがいた。
「あれ?レオ、珍しいね?今日はこっちに?」
「・・・クロエがいないんだけど、、、」
「え?この時間に?こっちには来てないよ?」
「ああ、クーちゃんなら、サワークリームを買いに行ったよ?こっちにあるか、って聞きに来たんだけど、あいにく切らしてて。」
コックのマキシが聞きつけて答えてくれた。
「何時くらいだ?それは?」
「んーーー今、7時?2時間くらい前かな。市場に行くって言ってた。」
2時間前?自分の動悸が激しくて、リーが何か言っているのが耳に入らない。
走り出していた。なんだろう、、、、この嫌な予感は、、、
後ろから、リーが付いてきていたことも分からなかった。
市場の明かりが見えだす頃、一人の男が、女の子をおんぶしてこちらに向かって歩いてきたのが薄暗い街灯の下に見えた。クロエだ!
髪の毛が逆立つほど、、、、怒りがこみ上げた。
「おい!何をやってるんだ!!」
思わず、一発殴った。男はよろけはしたが、背中に負ぶった女の子を落とすまいと踏ん張ったようだ。
「待て待て待て!!」
リーに止められなかったら、どうしていたか分からない。
「クロエ!」
おぶわれていた女の子は、男の背中に着けていた頭を起こし、薄っすらと笑って、俺に手を差し伸べた。
「クロエ!!」
俺は男からクロエをはぎ取ると、そのまま抱き上げた。
「違うの、、レオ、、この人が助けてくれたの、、、」
リーが4人分のお茶を出してくれた。
クロエはベットに横にしたとたん、安心したのか眠ってしまった。
右手首と両足に、包帯がまいてある。
「すまなかった、、、、その、、、、」
リーが用意した濡れたタオルで左頬を冷やしながら、男は、
「いや、、、誤解が解けて良かった。たまたま通りかかって、男たちに引きずられていく彼女を助けたんだが、、、、、、怪我をしていたので、市場のはずれの医者に連れて行ったら、時間がかかってしまった。」
「そう、、、か、、、本当にありがとう。助けてくれて。殴って悪かったな、、、」
「ああ、間にあってよかった。」
「人さらいかな?クロエ、可愛いし。」
「いや、、、、ブラウ商会のクロエ様?と、問われていたぞ?」
「な、、、、、、、」
「はあ、、、、やっぱり狙われたか。」
「・・・・・」
「心当たりが?」
「・・・・・飯でも食うか、、、、どうだ?」
クロエが作っておいたシチューを3人で食べる。バケットは焼き直した。
サワークリームを入れる予定だったのだろうが、十分に美味しい。
「君の嫁か?若いな?」
「ああ」
「料理が上手なんだな?」
「ああ、、、、」
男は、落ち着いてよく見ると金髪に濃い青の瞳、、、17、8位か?平民のようななりだが、高貴さがにじみ出ている。こいつ、、、、何者?
リーは勝手にお代わりをしている。
「嫁を、、、助けてくれたお礼に、何でも言ってくれ。殴ったお詫びもしたい。」
「・・・・心当たりがあるんだろう?大丈夫か?また狙われるぞ。」
「・・・・・」
「レオ?」
仕切りの布の向こうで、クロエが目を覚ましたようだ。
俺は、礼もそこそこに、クロエのもとに行く。
「ここにいるぞ。」
「もう遅いから、お前、俺の部屋に泊まっていけ。」
リーが男を連れて、宿舎に戻って行った。
「家にいるんだからな、大丈夫だ。な?どこか痛むか?」
クロエが俺にしがみつくので、抱き寄せて背中を撫でる。
「・・・レオ?泣かないで?私、、、大丈夫だから、ね?」
俺は、、、泣いていたらしい。ほっとしたのかもしれない。
クロエが、包帯を巻かれたほうの手で、俺の涙をふく。
「うん、、、、」
俺たちは、クロエの小さなベットで、寄り添って眠った。