延焼
超高層ビルの屋上で両膝をつくベンジャミン・ミラーは、燃え上がるような六月の空を、虚ろな眼差しで見つめていた。
ベンジャミンは間に合わなかった。立ち止まれなかった。絶望の底へ無思慮に進み続けろという、最後に与えられた使命に逆らうことなどできずに。
彼は、自身の背後に彼女の気配を感じると、呟くように謝罪する。
「本当に、申し訳ないことをした」
その直後、ベンジャミンの頭上辺りで、茫漠とした悲嘆が小さく鳴った。それはとうに聞き馴染んでしまった音――彼の愛銃の、撃鉄を起こした音だった。
「もう駄目なんだ。おしまいなんだよ、ベンジー……」
珍しく涙声で訴える彼女に、ベンジャミンは思った。何も気づいていなかったのは、自分のほうだったのだと。
あまりに遅すぎる。今さら何をしようとも、もう取り返しがつかない。彼は、彼女に許しをこいてしまいたくなる、自分の不甲斐なさを憎んだ。
空はまるで、現在を焼く炎のよう。彼女にとっての現在であるベンジャミンは、その空に自己を重ねる。過去を失っている彼は、彼女の現在になれたことで幸せを知ったが、それもすべて、ここで焼き尽くされるのだ。
思い出を回顧する彼の頬に、涙が伝う。その涙が止まることは、一生ない。
一度着いてしまった火を止めることは難しく、ついには夫婦の夢も叶わなかった。だからこそ、だからこそベンジャミンは、彼女の未来に希望を抱く。自分勝手だと思われても仕方がない。ただ彼は、彼女が絶望に染まるのは耐えがたかった。だから――。
「どうか、これからは、幸せに生きてほしい」
ベンジャミンはその一言を彼女へ贈った。何者にも代えがたい、最愛の妻へ向けて。