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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第八章 ふたたびのレインカース(8)

 エクドロスはそばで見ると大柄のニューティアンで、肉厚そうな剣を腰に佩いていた。盾は持っていない。

 エクドロスの相手をするのが僕でいいのかと思わないでもなかったけれど、敵将の前に立ったのは僕で、それであれば今はシーヌの奪回のために全力を尽くすだけだと迷いを捨てる。

 エクドロスの視線は僕を見ていなかった。僕の周囲のニューティアンたちを見ていたからだ。

「貴様たち……どういうつもりだ」

「それはこちらのセリフだ」

 怒気をはらんだ声が僕の右にいるニューティアンから上がった。

「味方だと思った狂戦士どもは、敵も味方も見分けをつけずにニューティアンを襲った。気が付けば俺たち以外敵しかいない戦場で、俺たちがどんな思いで戦ったか、お前に分かるのか。そんな中、飛び込んで助けてくれたのは敵であるはずのガーデン軍だ。俺たちは目が覚めた。間違っているのは俺たちだ」

 それで初めて、孤立しているように見えたのは友軍でなく、反乱軍のニューティアンたちだったのだということに、僕はやっと気が付いた。

「俺たちはガーデン軍に投降するが、その前にけじめだけはつける。貴様が殺した同胞の命を、貴様がどう考えているのかを確かめねば死んでも死に切れん」

 反乱軍の兵士たちも狂戦士に襲われていたとするのなら、かなりの被害が出ているはずだ。兵士たちの気持ちに同情はできなかったけれど、共感はできた。

「ニューティアンなど滅べばいい」

 泡を吹くような歪な笑みで、エクドロスは答えた。その言葉に、僕はため息をついた。この手合いは何を聞いても無駄だ。

「どうする? 君たちの手で落とし前を付ける? それとも、僕に任せてもらえるか?」

「ガーデン軍の手で首級を上げるべきだ。頼む。我らの間違いに決着をつけてほしい」

 反乱軍の兵士たちの意志は決まっているようだった。僕は槍を放り投げて、自分の剣を抜いた。

「僕はガーデン軍の正規兵ではないけれど、その役目を預かろう。僕の名はラルフ・P・H・レイダーク。種族はコボルド。この言葉は先代聖女様から聞いたことがあるだろう。聖騎士だ」

「貴様か……余計なことをしてくれたのは。貴様が雨を止ませたのだな」

 吐き捨てるようにエクドロスが悪態をつく。反乱軍の兵士の中にどよめきが起こった。

「雨さえ続けば、ガーデンの国力をもっと削げたものを」

 なるほど。本当の狙いはそれか。そこまでは思いつかなかった。

「ふん、だが俺も駒にすぎぬ。ここで俺が死んだところで、まだ新政府軍には兵は大量にいる。だが、俺も指揮官のプライドがある。せめて忌々しい聖騎士の首だけでも手土産にして帰るとしよう」

 言った瞬間に、剣を抜きながらの横薙ぎが来る。僕の剣の倍はあろう刃を僕は盾で流した。一撃だけで盾は凹んだ。

 それでもまだ壊れてはいない。盾は捨てず、僕は体を捻った。

 薙ぎから続く斬撃が振り下ろされる。それを躱すと、エクドロスの剣をさらに上から自分の剣でしたたかに打った。

 手ごたえはあったけれど、折るには至らない。エクドロスが剣を捻り、こちらの斬撃を逃がしたのだ。その隙に、僕の横から飛び出してきた狂戦士が、僕めがけて突進してきた。

 けれどそれは、僕のそばにいたニューティアンに阻まれ、槍で突かれて返り討ちにされただけで終わった。

 僕はゆがんだ盾を前面に、前に出た。

 右下からの切り上げ。体を捻って避けられる。

 続いて剣を回して左からの横薙ぎ。一瞬剣を立てて受けようとしたエクドロスは、けれど変化を嫌って下がって逃げた。

 僕はその隙に追いすがると、自分の足をエクドロスの足に引っかけて蹴倒した。エクドロスはもんどりうって倒れたけれど、そのまま転がって距離をとると起き上がった。

 そして、不意に、僕の頭上から予期しない斬撃が降って来た。僕も距離をとって躱し、斬撃の正体を確かめた。

 シーヌだ。巨大なグレイブを構え、無言で立っている。その視線には表情がなく、ほとんど操り人形と言っていい状態だった。

 二度、三度、左上、右上と交互に振り下ろされるグレイブを避けながら、僕は待った。エクドロスは意地悪く笑っている。

 ニューティアンたちはシーヌを傷つけるわけにもいかず、手が出せないでいるようだった。

 けれど、必ずその時は来るはずだ。

 僕は敢えて真っ向からシーヌの攻撃を受け続けた。弾き、躱し、逸らし、僕は彼女には反撃せず、彼女の武器も打たなかった。

 エクドロスは動かない。僕が疲れ果てるのを待っているのか。それとも。

 シーヌのグレイブが、僕の左肩を打った。腕に軽い痺れが走り、僕の手から盾が転げ落ちる。腰がくだけたように、僕の片膝が沈んだ。

 それを合図にしたように、エクドロスが動いた。シーヌの影から、大振りな一撃が降ってくる。その時が来た。僕は片膝をついた姿勢から立ち上がり、その勢いのままに逆に下からエクドロスを斬り上げた。聖神鋼の刃は、エクドロスの鎧を紙のように斬り裂いた。

 エクドロスの剣が僕には当たらず、地面に転がる。僕はすかさず剣を返すと、今度は上から下に、渾身の一撃を振り下ろした。刃はいや増しに輝き、悪への鉄槌となってエクドロスの体を斬り裂いた。

 エクドロスが倒れ、同時に、シーヌの手からもグレイブが転げ落ちる。僕はエクドロスの首を落とし、その死を確実なものとして確かめてから、盾を拾った。

 思ったより痛かったけれど、シーヌの一撃をわざと体で受けた甲斐はあった。正直に言うと、下手に受け損なうと、シーヌを護符の光弾が吹き飛ばすかもしれなかったので、すこし怖かったのだけれど。僕はエクドロスを討てたことに、安堵のため息をついた。

 それから、呆然と立ち尽くすシーヌを見る。彼女は周囲を見回して、それから僕を見た。

 僕は何か言おうとしたけれど、言葉が出てこなかった。汗をかかないはずの爬虫類の僕だけど、目の上が濡れている。剣を腰にしまってぬぐうと、汗ではない赤い色のものが鎖帷子の指に付着した。

 僕はようやくのように自分が傷だからけであることに気が付いた。気分を落ち着けて、自分に治癒魔法を掛ける。血は止まったようだ。

 もう一度あたりを見回して、シーヌはその場にしゃがみ込んだ。何かを求めるように視線を泳がせて、ただ口元を震わせていた。

「君のせいではないよ」

 僕はやっとそれだけ言えた。けれど、それに続ける言葉は見つからなかった。まだ戦は続いている。けれど大勢はすでに決していて、シーヌやエクドロスがいるような敵陣深くにいるはずの僕たちからでも、ガーデン兵が狂戦士を打ち倒している姿が見えていた。

 一方ではラクサシャたちも生き残っていて、狂戦士をなぎ倒している姿が見えた。時折遠くで狂戦士が跳ね上げられているのが見えるのは、きっとエンタングラたちだろう。

 あたり一面夥しい死体が転がっていた。狂戦士のものもあり、ニューティアンのものもあった。入り乱れて倒れていた。中にはラクサシャのものもあった。皆こと切れている。

「君のせいではないんだ」

 僕はもう一度、シーヌに言った。

 シーヌはただ狼狽えたように座り込んでいた。彼女にとってここはまさに地獄だと言わんばかりの顔で、やっとのように一言だけ発した。

「何故」

 その答えはおそらく聖宮長以外は持っていないだろう。たくさんのニューティアンが都で死に、今日またレデウの地で命を落とした。何故狂戦士の軍団がレインカースに現れたのかはまだ分かっていない。それどころか、以前僕たちが襲われたときのことも何も分かっていない。

 何故僕たちがミスティーフォレストにいることが分かったのか。何故僕たちが襲われたのか。分からないことだらけだ。

 けれど一つだけ分かったことはある。狂戦士たちはエクドロスを守っていた。ということは、おそらく反乱軍が何かを知っている。つまりは聖宮長が。けれど今はシーヌを助けるのが先だ。僕はシーヌを立たせようと手を伸ばした。そして。

 丁度その時だった。彼女の影、僕の反対側から、シーヌの胴を貫いて、刃が伸びてきた。

 それは僕の顔を浅く裂いて、僕の顔から一筋の血が垂れた。

「残念だったな、聖騎士殿。本物の聖女をこんな場所に出すわけがあるまい」

 何者かの声が聞こえた。シーヌの体はどろりと解けて、泥の塊になってゆく。彼女の体が溶け落ちるにつれ、その刃が一本の剣であることが分かった。

「次は本物かもしれんぞ。まもなく完全に我らの同士となっていただけるだろうからな。だが、貴様たちとの連絡手段を残しては台無しになるかもしれん。この木偶は処分させてもらおう」

 剣を突き立てていたのは、ひとりの狂戦士だった。狂戦士は糸が切れた人形のように倒れると、動かなくなった。

 狂戦士は絶命していた。

 フェリアとシエルが飛んで来るのが見えた。


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