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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第八章 ふたたびのレインカース(6)

 僕がレデウに戻ると、すでにランディオが防衛の部隊を配置していた。僕たちはガーデン軍とレデウの砦の間に姿を現した形となり、面食らったようにランディオとエレサリアが駆け寄って来た。エレサリアの傍らにはボガア・ナガアが護衛としてぴったり寄り添っていた。

「これはまたどういった騒ぎなのだ」

 ランディオが見たこともない生物の出現に泡を食った様子で僕に問いかけてきた。僕は簡単に説明した。

「ミスティーフォレストと呼ばれる地のエンタングラという種族だ。住む場所を失い、流浪の状況の彼等だけれど、レインカースの窮状を知った彼等から、協力の申し出があってね」

「まあ、本当なの? まあ、代表の方はどなたかしら。ぜひお礼を言わなくちゃ。あと、何か要求があれば先に伺っておきたいわ」

 エレサリアがランディオの隣に並んで言った。エレサリアとランディオはエンタングラたちと向かい合って立ち、初めて見る植物めいた生き物をしげしげと眺めまわした。

 ガムルフに促され、レレーヌが前に出てきた。

「わたくしたちは、ミスティーフォレストという地の住民でした。見ての通りわたくしたちは知能を持った植物で、森の住人です。しかし、わたくしたちの地では、急速に生活圏を拡大する人間という種族により、森が傷つけられ、わたくしたちは住む場所を失いました。そのため、できればこの地に移住したいと考えています。見ればこの地は土が水を含みすぎて随分弱っている様子。水を吸い上げ土を浄化することにかけては、わたくしたちは必ずお役に立てると思います。よろしければ、この地で共に生きる住民として受け入れてはいただけないでしょうか。また、ここにいるエンタングラたちは、わたくしと共に生きることを選択してくれた者たちです。戦の戦力として協力させていただけないでしょうか。森の精たるわたくしには戦う力はありませんが、植物を育むことができます。皆さんも畑をお持ちのようですので、そちらの作物の成長を促進させるなど、食糧事情に貢献できると思います。どうかお手伝いさせていただけないでしょうか」

 そう語るレレーヌの顔には、緊張と怯えがあった。ニューティアンという見知らぬ種族の者たちも、人間と同じではないのか、彼女の声には不安の色がにじんでいた。

「そう、とてもありがたい申し出ね。けれど」

 エレサリアはレレーヌを見つめて答えた。その声は彼女らしい、静かな母性に満ちたものだった。

「あなた、ひどいありさまじゃないの。枯木立のようだわ。きっと大変な思いをしてきたのでしょう? こんな戦乱の地で本当に申し訳ないのだけれど、せめて戦のない時だけは誰にも傷つけさせないと約束するわ。だから、まずは自分の身を癒すことを考えてちょうだい。私たちは、あなたとあなたのお友達を歓迎するわ」

「ありがとうございます」

 レレーヌは頭を下げて、それから真剣な表情になった。彼女の視線は防衛のための防壁を設置し、その中で人の壁を作るガーデン兵たちに向けられていた。

「それで、敵の数といつ頃来そうかは分かっているのですか?」

「斥候からの報告では、敵の数は約五〇〇。対するこちらの戦力は、あなたたちを含めて約四〇〇。敵軍襲来まではあと三〇分から一時間とみている」

 レレーヌの質問に答えたのはランディオだった。彼はまだ敵が見えない湿地を見据え、

「敵は引くことを知らぬ狂戦士の集団だ。厳しい戦いになるだろう。なんとしてでも全滅だけは避けねばならん」

 と、苦しい胸中を吐き出すように言った。

「シエル、出し惜しみはなしですよ。文句も聞きません。一人でも多くの人を助けるためなら、私は何でもやりますからね」

 僕の後ろで、フェリアがシエルに釘を刺していた。

「分かっています、フェリア。都ではごめんなさい。あなたのほうがきっと正しい判断だったと思います。私も優先順位を間違えないように気を付けます」

 フェリアのの隣で、シエルが頷いた。二人は二人なりに考えているのは分かっている。それは僕の考え方とは少し違うけれど、二人にはそれだけの力があるのだから、それでいいのだろう。

「僕たちも実は少し前に襲われた。その時には騎馬隊もいたから、注意が必要だろう」

 僕がランディオに言うと、

「今回も騎馬隊が確認されている。斥候が確認した限りでは、騎馬隊五〇、弓兵一五〇、歩兵三〇〇。歩兵の中にニューティアンも見られるようだ。反乱軍の連中だろう。弓兵の数が多いのが厄介だな」

 ランディスが教えてくれた。問題は弓兵だ。守りを固める布陣をとっているだけにこちらの兵士は密集している。めくら矢でも面で降らされれば誰かに当たってしまうだろう。かといって矢に対する防御を固めてしまうと騎馬隊の突破を許してしまうはずだ。この場合は。

「フェリア、シエル。戦いが始まったら真っ先に騎馬隊を倒してほしい」

 僕が二人に言うと、

「弓兵でなくて騎馬隊ですか?」

 フェリアが不思議そうな顔をした。僕は頷いた。

「騎馬隊の機動力を奪ってしまえばガーデン軍の兵士たちにも弓兵の矢を防御する余裕ができる。逆にすると騎馬隊に突破されて市民に被害が出るおそれがある。しかも弓兵の数が多い。弓兵を黙らせるのにはそれなりに時間がかかるだろう。その間に騎馬隊を自由にさせるのはたぶん危険だ」

 集団戦闘は正直分からないから、それが正しいのかは分からない。とはいえ、どんな戦術家の引き出しにも、天盤の使者が空から天罰の光を降らして面攻撃を仕掛ける、なんて策はないはずだ。フェリアやシエルをそんな常識の枠で考えても仕方がないのも確かだろう。

「相手の速度にもよりますけど、五〇騎であれば出鼻で半数以上は倒せると思います。うち漏らしたのはフェリアがとどめを刺してくれますか?」

 シエルがこともなげに言い、フェリアに視線を向ける。すると、フェリアは少し考えてから言った。

「騎馬隊はきっと最前線に出てきますよね。できればシエルだけに任せたいかも。きついだろうけど頑張れませんか?」

「どうしてですか?」

 シエルが怪訝そうに問いかけると、

「ほら、私の術とか能力って、見えなかったり、見えてもちょっと見た目が……。ガーデン兵が怖がったらと思うと、士気に響くんじゃないかなって。だから私はガーデン兵から見えづらい敵の後方部隊を狙おうかと思うんです」

 フェリアが半分苦笑いを浮かべながら答えた。確かに、それは十分にありそうな話だ。

「あ、ああ……そう、ですね」

 シエルも頷いた。けれど、とフェリアが笑う。

「乱戦になったら、そんなこと言ってられないので、ガーデン兵を一人でも多く生き残らせるために飛び込みますよ。それは絶対です」

「どんな風な技を使うの?」

 横から、エレサリアが割り込んで聞いた。怯えた顔はしていない、むしろ、とても優しそうな顔をしていた。

「そうですね、だいたいが見えない腕とか鎌とかで、魂を奪ったり、まとめて刈り取るような感じです。見た目には何も見えないのに、ばたっと敵が倒れて動かなくなります。見えるやつになると、地面から湧き出た亡者が敵に絡みついて魂を奪っていくとか、ちょっと見た目が不気味で。炎の術とかもあるんですけど、効率的には死と怨嗟の術のほうが大量に敵を倒すのに向いてるから、どうしても、そういう見た目になりがちになるんです」

 フェリアが答えると、

 エレサリアは彼女に一度だけ頷いて。それからランディオに視線を向けた。

「ランディオ、兵たちにフェリアがそういう術で支援してくれることを先に伝えてもらえますか? それはフェリアが皆を守るためにしてくれることだから怯える必要もないし、恐れてはいけないと。もしそういう場面に遭遇したら、フェリアがそばについていてくれ、一兵でも多く生還できるように全力を尽くしてくれている証拠だと受け止め、むしろ感謝し一層奮起なければならないと。私たちも志を同じくして、必ずや市民を守るのだと」

「分かりました。伝えましょう」

 ランディオはそれを兵士たちに伝えるために離れて行った。エレサリアがその様子を眺めながら言う。

「私たちはあなたを忌避の目で見たりはしないと約束するから、あなたも私たちの目を恐れず、思う存分やってちょうだい」

「分かりました。ありがとう」

 ちょっと泣きそうになりながら、フェリアは大きく頷いた。遠くでランディオがフェリアを呼んでいる。フェリアと、それに付き添うようにシエルが、ランディオのそばへ飛んで行った。シエルは途中で本来の姿に戻り、まるでフェリアは自分の大切な友人なのだとアピールするように、フェリアに手に乗るように促していた。

 フェリアもそれに従っていた。


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