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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第八章 ふたたびのレインカース(5)

 僕たちがレデウの村落に着いたのは、昼を少し回ったくらいの時刻だった。すでにランディオたちが護衛する市民たちも到着していて、砦の建設が始まっていた。

 それからその日の夕方ごろに、更に六〇人の兵士が到着した。門を守っていた兵士と、足止め部隊の兵士たちだった。都にはもともと、兵士、市民含めて二五〇〇の住民がいたという。脱出できたのはわずかに六〇〇人で、単純計算でも一八〇〇人の人命が失われたか、いまだ都に取り残されているということになる(残りの一〇〇は反乱軍だ)。まさしく大惨事だった。

 神殿に立てこもった市民たちの全滅を確認したムイムやボガア・ナガアの話でも、あるホールから少し進んだあたりから先は夥しい血と、無残に切り刻まれた無数の死体、大きく穴の開いた建物など、壊滅状態といっていいほどの惨状だったらしい。

 レデウの村はぬかるんではいるものの、湿地帯とまではなっていない、まだ野草や樹木も見られる土地にある村だった。家屋は木造で、思ったより施設はそろっている。広大とまではいかないけれど、それなりに豊かな農地も広がっている。

 近くに丘陵はなく、おかげで溜め池の不正工事の被害は被っていないようだった。ランディオの話では、人口は三〇〇人ほどで、そのほかに都から派遣されている五〇人ほどの部隊が駐留しているとのことだった。村の規模からすると兵士の数が多い気もするけれど、他の村の駐留部隊への中間補給拠点でもあるため兵が多いのだという話だった。逆に言えば、補給拠点だけに、避難民含め、軍が食いつないでいくための物資などは、基地の備蓄があるため、比較的潤沢だと言えた。

 想像より大きな村だとはいえ、いきなり増えた都の避難民三三〇人を収容するのは無理がある。ひとまずはテント暮らしで我慢してもらい、レデウの人たちの力も借りて、住宅を順次増やしていく計画が進んでいた。

 並行して平砦の建設も進んでいる。いつ狂戦士軍の襲撃があるかもしれないため、急務として進んでいた。無論、まだ建設が始まったばかりで、状況は楽観できない。

「とにかく彼我の戦力に差がありすぎる状況をすこしでも何とかしないと、いくら砦を作っても壊されるだけだ」

 僕たちは市民たちのテントが並んでいる隅に自分たちのテントを設営した。その中で、僕、フェリア、シエル、ムイムの四人で膝を突き合わせて今後の相談をしていた。ボガア・ナガアはいない。エレサリアについていてあげたほうがいいと、彼女のところに僕が送り出したからだ。

 膝を突き合わせると言っても、床に座っているのは僕一人だ。あとの三人は思い思いに浮いている。シエルも人形フォルムでムイムやフェリアと並んでいた。

「レレーヌに相談してみましょうか? 彼女なら頼めばエンタングラと一緒に来てくれると思いますが」

 ムイムが言う。エンタングラがどのくらいの戦力になるのかは不明だけれど、ミスティーフォレストでは人間たちを撃退していたのだから、それなり以上には戦えるのだろう。いてくれれば心強い気はする。ただ、全く無関係な世界のために命を懸けてくれというのが、正しいのか、僕は悩んでいた。

「頼む、頼まないは別にしても」

 シエルが静かに告げた。

「新しい森は見つかったのかは気になります。一度会いに行ってみるのも悪くないのではないでしょうか」

「レレーヌが元気かも気になります」

 フェリアも一度ミスティーフォレストに行ってみるのは賛成のようだった。確かにフェリアやシエルの言うことは僕も気になっている。向こうの状況を確認して、そのうえで頼む頼まないを判断するのは妥当かもしれない。

「そうだね。会いに行ってみようか」

 僕は頷いた。ここで心配していても、ミスティーフォレストの状況も分からないし、レインカースの状況が好転するわけでもない。

「行こうか」

 僕はもう一度言った。

「では早速」

 ムイムがいきなり次元の亀裂を開く。彼はしれっとした態度で言った。

「行くなら早いに越したことはないかと」

「そうだね」

 ため息交じりに立ち上がって、僕は次元の亀裂を抜けた。

 抜けた先は荒れた岩場の真ん中だった。どう見ても森ではない。僕はあたりを見回して、エンタングラたちの姿を見つけると、フェリア、シエル、ムイムの三人がいることを確かめて頷いた。

 エンタングラたちの中央で、ドリアードのレレーヌがしゃがみ込んでいる。その傍らに水の精霊のドネの姿もあった。

「何かあった?」

 声を掛けながら近づくと、レレーヌが気だるげに僕を見た。

「ラルフさん?」

「無理はしなくていいよ。レレーヌはゆっくり休んでいて」

 元気がない彼女に無理はさせたくないと思い、僕はドネに話を聞くことにした。

「どう見ても森ではないね。何かあったの?」

「それが、思ったより人間の勢力範囲が広くて、ここまでどこの森も人の手が入っているので、レレーヌが落ち着けないのです」

 なるほど。それは盲点だった。人間の生活圏は広い。次元として狭くはないとはいえ、そこまで長旅はレレーヌが絶えられないだろうし、近隣で手ごろな森が見つからないとなるとさすがにまずいかもしれない。

 いずれにせよ。

「そうか。レインカースという次元で戦が起こっていて、ひょっとしたら手が借りられないかという確認もあったんだけど、この様子じゃ難しいかな」

「戦……? 大変ではないですか。それならわたくしのことは、もう忘れてもらっても」

 レレーヌが驚いたように僕たちを見回した。それから彼女は、何かを考えこんだ。

「いえ、そうですね。そうかもしれません。わたくしは受け身すぎたのかもしれません。どうせ、この霧の地で人間と共存も共生もできる気はしませんし、いっそのことそれもいいかもしれません」

「そう望むのであれば、わしらはどこにでもお供するぞ」

 ミシミシと体を鳴らして、ガムルフがやってきた。エンタングラの数はいつの間にか増えていて、彼の周りには五〇体ほどのエンタングラが軋みをあげていた。

「その、レイン……ええと」

 レレーヌが首をかしげる。次元の名前が覚えられなかったようだ。

「レインカース?」

 僕が聞き返すと、

「はい、そのレインカースにはどんな人たちが住んでいるのですか? 人間はいますか?」

 と、レレーヌは移住を真剣に考えている顔で言った。僕がその質問に答えようと口を開き掛ける。けれど、それに割り込んできたドネが僕たちの会話を遮った。

「その疑問を解決している時間はないようです、ラルフ。君がいた砦に良からぬ軍隊が近づいている気配が見えます。レレーヌ、迷っている暇はありません。迷うのであれば、ラルフは一回あちらに帰さねばなりません。無論、彼等だけを帰して、また来る保証もありません。彼等の無事を信じて帰すか、共に行く覚悟を決めるか、二つに一つです」

「であれば」

 レレーヌはドネを見た。

「わたくしは行きます。わたくしは死にかけで、戦で役に立てる力はありませんが、植物を司る力は食糧事情などでお役に立てると思います。正直、どのような方々がいるのかが分からず、とても怖いですが、未知の地で、他者との共生や共存の道がないのか、もう一度試してみたいのです」

 それから、エンタングラたちを見回して、彼女は頭を下げた。

「ともについてきていただけますか?」

「もちろんだとも。わしらも行こう。レレーヌが戦えぬ分は、わしらが戦おう」

 ガムルフがレレーヌに頷いた。その声に呼応して、五〇人のエンタングラたちは大きな軋みを上げて両腕を上げた。

「約束も果たさねばならん。ラルフ殿、わしらはお前さんのために力を貸そう」

「ありがとう」

 僕は彼等の善意をありがたく受け取ることにして、ムイムの名前を呼んだ。

「ムイム。彼等を連れて急ぎレデウに戻ろう」

「仔細承知です」

 ムイムはそう言うと、今まで一番大きな次元の亀裂を開いた。


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