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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第八章 ふたたびのレインカース(4)

 ある程度覚悟していたけれど、最初の遭遇戦は、街に足を踏み入れてからすぐだった。

 敵は二〇人。こちらにも四〇人のラクサシャという手勢もある。数的有利はこちらにあり、撃破には時間はかからなかった。ラクサシャ達に多少の負傷者が出たものの、その傷は瞬く間にシエルが癒しきってくれた。

 強いて何かがあったとすれば、屋根の上に弓兵がいたくらいだ。普通なら厄介な高所をとられた戦闘だけれど、フェリアが指さすだけで、敵がもんどりうって落下してきた。目に見えない何かが彼等を襲ったのは確かだけれど、僕にはその正体が分からなかった。

「知らないほうがいいです」

 と、フェリアは平然と言った。反対に、シエルがひどく困っている様子だったのが印象的だった。

「シエル的には見逃しちゃいけない何か?」

 シエルにこっそり聞いたら、彼女は狼狽え気味に頷いた。街に入ってから、彼女は本来の姿に戻っていた。

「堂々と他者の魂を奪われると、すこし」

 僕たちの会話が聞こえていたみたいで、頭の上でフェリアが言った。

「手段を選んでいたら街の人が死ぬんです。一瞬で倒す手段があるのだから、街の人を一人でも多く救うために、私は躊躇いません」

 強くなったものだ。強くなりすぎかもしれない。

 正直なところ、ある意味、戦闘はシエルとフェリアの二人がいればほとんど問題なかった。僕が一人を相手にしているうちに、二人は一度に五人くらいのペースで打ち倒していく。もはや戦う必要なしと考えたのか、ボガア・ナガアとムイムは先行して斥候に徹していた。ひょっとして、一番役にたっていないのは僕ではないかと思う。

 ボガア・ナガアが戻ってくる。

「三軒先、右側。生き残りいる」

 僕は頷いてその建物に向かった。かなり大きな建物で、ホールか何かなのかもしれない。周囲に敵の姿がないのを確認してから、僕は建物の扉をノックした。

「ランディオに協力している者だ。脱出の救援に来た」

「その声は……一昨日門に来た蜥蜴人か?」

 聞き覚えのある声が建物の中から聞こえてきた。一昨日僕たちが街に立ち入るのを止めた門番だ。

「そうだ。怪我人がいるなら教えてくれ。僕らの中に治療できる者がいる」

 僕が答えると、扉が開いた。僕たちが素早く建物の中に入ると、扉の脇に控えた兵士たちがすぐに扉を閉め、机などを押してバリケードにしていた。

 中にいたのは兵士が一〇人と、住民三〇人ほどだった。皆疲れた顔をしていて、あちこちに怪我人の姿が見えた。こちらにもラクサシャ達もいるので、そこそこ広いホールだというのに、少し狭く感じた。

「怪我人を見せてください」

 本来の姿を晒しているのにもかまわず、シエルが進み出た。その姿を見た都の市民たちの間にどよめきが起こった。

「一昨日天使様見せてくれれば顔パスだった」

 と、一昨日の門番に言われたけれど、

「いろいろあってね、あの時はまだ天盤の使者はいなかったんだ」

 僕はそう答えて笑った。兵士は理解に苦しんだ顔をした。他の兵士から声がかかった。

「都の門はどうなっている? 連中悪魔をけしかけてきやがって、俺たちもまともに勝負にならん。門のほうに向かっていったから門を固めてる連中が落ちたんじゃないかと懸念している」

 少しだけ豪華な防具を着ている。おそらく部隊長なのだろう。

「私に昨晩ちょっかいかけてきたので返り討ちにしました。今頃闇の底で後悔してると思いますから、安心してください」

 フェリアが僕の頭上で浮かびながら、兵士に手を振った。にこやかに笑う彼女だったけれど、兵士たちは怯えた表情になった。

「一昨日あれを見せられてたら問答無用で攻撃してた」

 と、複雑そうな顔で門番だった兵士に言われた。

「悪魔も一昨日はいなかった。安心してくれ」

 と答えると、一体何だコイツ、と言いたげな顔をされた。

「失礼な。助けてあげてるのに!」

 フェリアが腕を組んで文句を言うと、それを聞いた兵士が頭を掻いた。

「いや、その通りだ。すまん」

「分かればよろしい」

 悪魔の魂を取り込んだばかりだからだろうか、フェリアの言動が妙に上から目線なのが気になる。あとで叱っておこうと決めた。

「治癒は一通り終わりました。一旦門のところまで護衛しますか?」

 治療を終えたシエルが戻ってくる。僕は少し考えてから答えた。ここで情報をもらえれば、少なくとも闇雲に街の中を走り回る必要がなくなるはずだ。

「その前に、兵士たちに確認したいことがあるから少し待ってくれる?」

「分かりました」

 シエルは頷いて、市民から声を掛けられているのに対応するために戻って行った。本当に律儀だ。

「それで、確認したいことというのは?」

 部隊長に声を掛けられて、僕は頷いた。

「実は、都に入ったのがはじめてで、土地勘がないんだ、街の構造を知りたい。あと、生き残りがいそうな場所に心当たりがあれば教えてほしい」

 なるほど、と部隊長が言った。

「街の構造は簡単だ、聖宮を中心に、螺旋構造に一本道が続いている。敵は聖宮を根城にしている。そのため、半数以上の部隊は、市民の市民が完了するまで、バリスタなどの大型兵器を用いて敵の本隊を足止めしてくれている。ここから先、身を隠せる場所といえば、神殿くらいだ。そこに誰もいなければ散り散りになっているか、もう生存者はいないと考えるべきだろう」

「ありがとう、了解した」

 神殿は先に確かめておいた方がいいかもしれない。僕はムイムとボガア・ナガアを呼んだ。

「ムイム、ボガア・ナガア、別行動を頼みたい。神殿に生き残りがいるか確かめておいてくれないか?」

「分かった、ボス」

 ボガア・ナガアはホールの壁にある柱をするすると登ると、二階の高さの窓から出て行った。ムイムもふわふわと浮かんでそれに続いて出て行く。まさかそんな場所から出入りが可能だったとは、と、兵士たちが呆気に取られていた。

「都の外に向かおう」

 兵士たちがバリケードを外し、僕たちは先に通りに出た。見回したところ、敵の姿はない。建物の中に合図して、兵士たちと一緒に市民を守りながら、僕たちは都の外に向かった。ラクサシャ達はホールで待機している。あとでムイムが連れてくるということだった。

 都の外に着くまで二回ほど敵の追撃があったものの、市民には被害はなく、殿を買って出てくれたシエルとフェリアの二人が撃退してくれた。最初はフェリアの姿を不安がっていた市民たちも、二度の襲撃を経て、市民たちの無事を心配する彼女の姿に、認識を改めたようだった。

 無事に都の外に着くと、門を守っている部隊は完全に復活していた。何人かのカルトの狂戦士が倒れており、しっかり門を守っていてくれたことが分かった。兵士側にも負傷者が出ているようで、目ざとくそれに気づいたシエルが癒しに行った。

 門の外に出た市民たちは、シエルではなくフェリアに殺到していた。第一印象で怖がったことへの謝罪と、狂戦士の襲撃から守ってくれたことへの感謝を、皆、口にしている。フェリアは対応に困りながらも、とてもうれしそうな顔をしていた。

 そんな彼女を眺めていると、ボガア・ナガアとムイムがラクサシャ達を連れて合流してきた。僕は市民や兵士から少し離れた場所で報告を聞いた。

「正直、これほどひどい襲撃現場はなかなかないレベルです。おぞましいという表現が一番しっくりくる状態でした」

 全滅と表現するのも生ぬるい状態だったそうだ。また、神殿から逃げ出そうとした者も少なくなかったようで通りにまで死体が転がっていたそうだ。どの死体も執拗に攻撃された痕跡が残っているという。

「なるほど」

 残念だけれど、こういう事態であれば、そういうことも覚悟しなければいけない。僕は脱出部隊の部隊長を探して、ムイムとボガア・ナガアの偵察結果を伝えた。

「分かった。足止め部隊にはこちらから連絡を回す。軍事行動については訓練などもしていないだろうから、規律と迅速さが要求される撤退戦では君たちの安全も保障できないから、あとは我々軍人に任せてくれ。ご協力感謝する」

 確かに僕たちのような素人がお節介を焼くと、かえって兵士たちを危険に晒すことになる。僕はその言葉に頷いた。

「ありがとう。よろしく頼む。ランディオたちの陣営までは僕たちも引き続き市民たちを守るために同行しよう」

 こうして、僕たちの初めての都の市街戦は大きな問題もなく終わった。


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