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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第八章 ふたたびのレインカース(3)

 そのあと、司令部テントでフェリアがエレサリアに謝り、エレサリアも仕方がない事情だったと許してくれた。エレサリアの口添えもあり、ランディオも見なかったことにしてくれた。本来なら陣営からたたき出されても仕方がない問題だっただけに、二人の寛容には感謝しかない。

 僕たちは翌日のことは特に何も言わず、そのあと自分たちのテントを設営して休んだ。

 翌朝になって、僕はランディオやエレサリアに都で脱出のためにまだ戦っている兵たちの救援に向かおうと思う、という話をして、ランディオの了承を得ることができた。

 何人か護衛のためにランディオたちに同行させようかという話もしたけれど、

「こちらの戦力よりも、都の兵がどれだけ脱出できるかが肝要だと思っている。そちらに戦力を集中してほしい」

 と、ランディオに言われ、結局全員で都に向かうことにする。フェリアが前日に作ったマッドゴーレムをただの泥に戻すのを見届けてから、僕たちは脱出してきた部隊と入れ違いになるのを懸念して、徒歩で街道を進んだ。僕とボガア・ナガアが並んで歩き、僕の頭上にフェリア、シエル、ムイムの三人が浮いていた。シエルは本来の姿でなく、人形フォルムをとっている。

 都に向かう道中では、襲撃はなかった。敵は都の占拠に戦力を集中させているということだろうか。都が見えてくる。レインカースに来た初日は門で追い返されたこともあって、よく見なかったけれど、改めて見ると不思議な外観の街だ。

 粘土質の素材を固めたような建物が並ぶ街で、雨が多いためか、建物の屋根は皆傾斜が付いていた。屋上に水がたまらないようにする工夫だろう。半面、強く風が吹く日は少ないのか、建物は縦長で、窓が大きい建物が目立った。窓板は目張りがついたはめ込み式で、風や土埃などといったものを避けるよりも、雨が降り込まないことに重点が置かれているようだった。

「レインカースの建物素材は、一見粘土に近いものに見えますが別物で、粘性よりも吸水性と耐水性に優れる性質があります」

 ムイムがそう教えてくれた。雨が降り続いていた、湿気の強いレインカースで雨から屋内を守るための知恵なのだろう。

「そんなことより。赤髪の女悪魔が出てきたら私に任せてください。昨日は食い尽くす前に逃げられちゃったから、今度こそ全部奪ってやらなくちゃ」

 フェリアが相変わらず意地が悪そうな声で笑う。どのくらいの強さの悪魔を取り込んだのかは知らないけれど、少なくともインプよりは高位の悪魔の魂の影響を受けて、邪悪に傾いているのではないかと心配になる。

「そんな顔しないで、師匠。大丈夫ですよ、フェリアはフェリアです。あら?」

 気まぐれに笑うフェリアが少し怖い。フェリアは突然勝手に先行していってしまった。

 慌てて走って追いかける。

「フェリア」

 シエルも心配して飛んで行ってしまった。

 走っている前方には箱を積んだ急づくりの櫓があって、その上や周囲を二〇人のニューティアンの兵が固めていた。脱出口である都の門を死守しているのだ。けれど、兵士たちの様子がおかしい。ぐったりとして片膝をついている。

 その頭上には真っ赤な頭髪と、どす黒い角と蝙蝠の翼が目立つ女性が浮いていた。

 僕とボガア・ナガアが門に近づく前に、フェリアはその女性のそばに飛んで行った。そして、ようやく門のそばまで僕たちが着いた時には、二人の決着はすでについていた。

「あなたの魂、全部くださいな」

 フェリアがにやにや笑いながら、女性に手をかざしている。女性の手足はボロボロに崩れていっていて、もはや女性は言葉も発していなかった。完全に白目をむいている。

「そう、あなたデルピュネっていうのね。さよなら、デルピュネ。ただの半インプだと侮って、原初の闇の怒りに触れたことを、あなたは後悔しながら消えていくの。ステキでしょう? うふふ、ムーンホロウの螺旋孔の最奥で。永久に覚めない悪夢の中で。ナイトメアとエンプーサが踊るの。とっても素敵な牢獄よ。存分に楽しんでね」

 フェリアの言葉が僕には全く分からなかった。瞳が禍々しく真っ赤に輝き、角は黒を通り越して闇色に光っていた。コートを裂いて無数の闇色の棘が突き出ている。それは首から下を完全に覆う殻から生えていた。紫色の蝶の翅は腐り落ちようとしていた。

 赤髪の女性は塵になって消えた。ほんのひとかけらの真っ赤な石を残して。フェリアは自分と同じくらいの大きさのその石を空中で受け止めると、両腕でそれを抱きしめて砕いた。

 それから、自分の姿を見回して、フェリアは言った。

「服、破けちゃった。ごめんなさい師匠。せっかく作ってくれたのに、大事にできなくて」

 それどころの問題ではない状態なのに、彼女が真っ先に気にしたのは服だった。

「いや、いいんだけど」

 僕はフェリアを見上げていた。何と声を掛けていいか分からなかったから。シエルもどうしていいか分からないように、ただ、フェリアから少し距離をとって浮いていた。

 ボガア・ナガアは兵士たちの状態を見て回っている。ムイムはラクサシャたちを引き連れていて、彼等にニューティアンたちに代わって門の警備をさせはじめた。

「うーん、アクシュミ」

 フェリアは僕の視線を気にしていないようだった。両手を眺めてあきれたように言っている。

「なんで悪魔の類ってこう趣味が悪いんでしょう。いやになっちゃう」

 そう言って、指を鳴らした。彼女の体はもとのフェリアの体に戻り、紫色のドレスを纏った姿になっていた。蝶の翅は腐り落ち、代わりに闇色の小鳥の翼が生えていた。闇色の角が大きくなり、竜の角のようにゆがみなく目立っていた。

「シエルは光で私は闇。バランスが取れている、のかな?」

「フェリア、あまり大っぴらには言わないでもらえますか。あなたを滅ぼさなくてはいけなくなりますから」

 シエルが近づくと、フェリアはにっこり笑った。笑顔からは邪悪さが抜けていた。

「シエルったら。師匠が悲しむようなことを、あなたにできるわけないのは知ってます。大丈夫、私も師匠に討伐されるようなことはしません。ムーンディープの影に誓って」

「フェリア……あなたは」

 シエルが戸惑いの声を上げた。彼女の言い回しのどこかに、彼女たちの間では通じる何かがあるのだ。僕には分からない何かが。

「人類の中で、妖精だけが、人間とも、エルフとも、ドワーフとも子が成せる。悪魔もまた同様に子が成せる。そして妖精と悪魔の間には子が成せる。それがすべての鍵だと気が付けばもっと早くに分かったのかしら。それこそが私の本質だと」

 フェリアはシエルに答えた。

「あの悪魔に支配されかかった私は、私たちの生まれた場所に意識が飛んだ。ムーンディープの影。それは闇の国。そこで私は知りました。古きフェイとデモンの話。妖精と悪魔はかつて一つで、純粋な夜の闇だった。けれど古きフェイは夜に月の光も愛した。古きデモンは光のない闇夜を求めた。両者は袂を別ち、古きフェイは妖精となり、古きデモンは悪魔となった。ムーンディープの影で私は知った。私はまだ完全でないと。フェアリーの私とインプの私はムーンディープの影が最も濃いところ、ムーンホロウの螺旋の穴で一つに溶けあった。フェイとデモンの溶け合った私は原初の闇に還った。ゆえに私はどちらにも支配されず、私は闇を支配する。フェアリーでもインプでもなくなった私は。古き闇そのままに今も生きる、妖精に似て非なる夜の夢になった」

 僕を見下ろして。

 そして彼女は言った。

「私はスプライト。妖精に似ながら妖精でない者。夜に踊る夢。闇の精」

 それから彼女は少しだけ笑った。

「本当は角とか消し去って、もっとそれらしい姿にもなれるんですけど、スプライトはこうでなくてはいけないという決められた姿はない無貌の存在だから。できるだけ闇の精っぽい格好にしてみました。師匠、私、ちゃんと闇の精っぽく見えますか?」

「ごめん、僕には闇の精らしさの基準が分からないよ。良く分からないけれど、君はどんな悪魔よりも、どんな妖精よりも高位の存在だから、悪魔にはもう支配されないということでいいのかな?」

 僕が聞くと、

「それだけじゃないけど、それでいいです。それに、それよりも今は大事なことが。さっきの女悪魔から少し侵略軍についての情報が得られました」

 と、フェリアは笑った。どうやって知ったかは聞かないほうがいいのだろう。

「女悪魔は召喚されただけみたいで、奴らの目的は分かりません。けれど、外世崇拝カルトの一派みたいだってことは分かりました。ミスティーフォレストで襲ってきた、あの鎧の連中です。次元宇宙内の者を殺す度に外世が近づくと信じてる狂戦士集団みたい。だから話しかけたとしても会話にならないですし、生き物を殺すことにもためらいがないです。街の人が心配です」

 フェリアの言葉に、僕も都の中の兵や市民たちの無事を祈らずにいられなかった。

 門を守っていた兵士たちは、頭を振って立ち上がり始めている。大事はないようだ。

「ここは大丈夫だろう。行こう」

 彼等が無事だと知って、僕は皆に声を掛けた。そして、僕たちは都に足を踏み入れた。


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