第二章 初めての探索(1)
部屋に駆け込んできたセラフィーナからの依頼は単純なものだった。
妹の救出。
文字にしてみれば、たったそれだけだ。実家から遊びに来るはずだったセラフィーナの妹が乗った隊商の馬車が、セレサルまであとわずかという街道上で山賊に襲われたのだと、とセラフィーナは語った。
今日起こったばかりの事件ではあるけれど、隊商の主が命からがら逃げ延びてきたことから、事件の知らせがすぐに届いたらしい。
すぐに現場に兵士が派遣されたけれど、生存者の姿はすでになく、死体の中に女の子も見つからなかったという話で、おそらく何らかの理由で攫われたのだろうとみられていることまでは分かった。
セラフィーナはまだ高等訓練に進んでおらず、彼女の力では妹を取り戻すことができないことは明白だった。
「隊商を襲えるほどの頭数の山賊から捕らわれた人を救うとなると、最少人数での潜入か、大人数での突入しかないな。どちらにせよ、兵士に妹さんが捕らえられているだろうことはもう訴え出たんだよね?」
「ええ……むしろ私が兵士から聞かされた話よ。ただ、人質解放のために軍を出すとなると数日はかかると……その間に、妹がどんな目に合うかと思うと、とても耐えられない」
セラフィーナの気持ちはもっともだ。僕でもそんなには待てないと思う。こうしている間にも、状況は悪化しているおそれがある。
「少しだけ待って。部屋から装備を持ってくる」
僕はそう言って歩き出した。迷っている暇はないはずだから。
「待ってくれ……君が行くっていうのか?」
でも、アルフレッドに呼び止められた。アルフレッドの心配は分かる。正直、救出を成功させる絶対の自信なんか、僕にもなかった。
「これは危険すぎる。だから聞きたい。セラフィーナは君に出て行けとまで言った子だよ。それに対して、今まで謝ったことすらないのに、そんな子のために君は、命を懸けられるかい?」
「助けを求めている人がいるってこと以外は些細なことだよ」
僕はそれだけ答えて、部屋を出た。
廊下を駆け抜け、部屋に戻る。何度かすれ違う神官にとがめられたけれど、緊急事態だから、とだけ答えて説教はあとにしてもらった。
部屋に戻ると、装備を出す。
本来は壊しても困らないような手入れの練習用のものだから、品質に不安があるのは確かだけれど、ないよりはましだ。
最初に、手早く鉄鋲付きの革鎧を着る。実際には市販のものに僕の体格に合うものがないから、特注になってしまったから値が張ったものの、作っておいて正解だったと思う。
それから、背負い袋を開き、カンテラ、携帯食糧、くさび十本、鉤爪付きロープ、油差し、まきびし、工具、護符型の追跡用の魔法のビーコンと受信オーブ(用途はあまり思いつかないけれど、その護符の所在がオーブ側で分かるというのが面白くて、安かったからと買ったものだ)、それと針と糸が入っていることを確認する。背負い袋のフックに水袋をひっかけて、背負う。
次に十二本の矢が入った矢筒を取り、腰の後ろにベルトで身に着け、その上に短弓を括り付ける。その紐は、短弓を引っ張るだけでほどけるように結び方は十分練習済だ。
左腰に剣を下げる。僕には長剣サイズだけれど、リーチは人間でいうところの短剣並みだ。
最後に、背負い袋の上から木製の円形盾を背負うと、部屋を出て、コーレン司祭の執務室に戻った。
「危険すぎる。冒険者に頼めないのかい?」
部屋にはいると、アルフレッドがセラフィーナに詰め寄っていた。気持ちは分かる。
「誰が報酬出すのよ。家に報酬をだしてくれるよう掛け合っていたら妹が死んじゃう」
この場合、正論はアルフレッドだけれど、判断はおそらくセラフィーナが正しい。前金なしで危険な救出依頼を請け負ってくれる冒険者はまずいない。今から冒険者を頼るための資金を用意するのであれば、妹さんはあきらめたほうがいいだろう。
「ひとまず僕が行ってくる。大丈夫、僕はまだ聖騎士じゃないし、正々堂々と名乗りを上げて突入するつもりはない。隠れてコソコソ卑怯に這いまわわるのなら、コボルドには朝飯前だ。言い方は悪いけど、集落から家畜を盗み出すのと、大差はないよ。見つかったら命はないのも含めてね」
部屋に入るなり、僕は笑って見せた。あまりうまい冗談でないことは分かっていた。
「でも、家に掛け合って冒険者を雇う資金を工面したほうがいいのは間違いない。できるだけ早く、冒険者にも依頼を出してくれれば、僕の生還確率も上がるよ。できるね、セラフィーナ」
「分かったわ。ありがとう、ラルフ」
セラフィーナの言葉に、手を振ってこたえる。
「任されたよ。今回の依頼は僕向きだからきっと大丈夫」
「本当に行くのだね」
コーレン司祭が僕の姿を見て言う。
僕はうなずいた。
「もちろん。さて、時間がないんだ。最終確認をさせてほしい。セラフィーナとだけ話をさせて」
それから、セラフィーナ以外、静かにしてもらうように頼んだ。それから、一気に分かっている情報を確認する。
「妹さんの名前は、ロッタ。あなたとよく似た色の髪の、一二才の子。間違いない?」
「ええ」
「襲撃現場は、西街道、街から十五キロ行ったあたり。間違いない?」
「そう」
「生存者の話では襲撃人数は一五人から二〇人くらい。全員人間サイズ。道の北側から飛び出してきて、襲撃後の逃走方向は不明。合っている?」
「そう聞いたわ」
「了解、それだけ分かれば……あっと、ごめん、もうひとつだけ。ロッタは、大聖堂にコボルドの僕がいるって話は、知っている?」
「あ……ごめんね、知らない。実家にそんな話が知られたら、何を言われるか怖くて。それに、コボルドに負けたことを知られるのも怖くて……伝えてない」
「そんな扱いをしておきながら、君は困った時だけ彼に……」
アルフレッドが非難の声を上げるのを、僕はもっと大きな声で止めた。
「アルフレッド! いいんだ。それは今大事なことじゃないって言ったろう。セラフィーナ、先に分かっていれば、きっと対処できるから大丈夫。ありがとう、行ってくるよ」
確認を終え、僕は部屋を飛び出した。