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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第七章 ミスティーフォレスト(1)

 翌日。

 朝食を終えた僕たちは、十分に練習を積んだというシエルが開いた次元の亀裂を抜けて、さっそくミスティーフォレストへ移動した。

 移動した先はいびつにねじくれた樹木が生えた森の中で、名前の通りうっすらと霧がかった空気に包まれていた。森を見回すよりも早く、僕は腰の剣を抜いた。ひんやりとした空気の中に、複数の気配が蠢いていた。

 右手側に四つ、左手側に三つ。

 どういう状況かは分からないけれど、何者かがいる場所に、僕たちは出てきてしまったらしい。

「おい」

 左手側から声がかかる。

「どこから迷い込んだか知らんが、そこにいると危険だぞ」

 右手側からも声が聞こえてきた。

「何者かは知らないが、巻き込みたくない。この場から去ってくれ」

 何が起きているのか分からない僕は、

「すまない。状況が分からないんだ。邪魔をしたなら謝る」

 と、答えた。剣は抜いたまま、皆に手だけで少し下がろうと合図をした。僕たちはその場から少しだけ下がり、状況を見守った。あたりを見回してみたものの、ねじくれた木と霧が邪魔で、右手側にいる者も、左手側にいる者も、姿までは確認できなかった。

「それはかまわんが、そっちのモンスターどもに襲われないうちに立ち去ったほうがいい」

 と、右手側の何者が。

「わしらはわしらの森の鳥獣を勝手に盗っていかない者を、むやみに攻撃したりはしない」

 左手側の誰かが反論した。

 どうも剣呑な空気だ。七体の気配は一団の集団ではなく、対立している者同士のようだ。

「俺たちは鳥獣を盗っていないが襲われたぜ。こいつらの言葉など信用するな」

 なかなかややこしいことになっているらしい。何やらこじれた対立関係を感じる。

「間違っていたら訂正してほしい。今の状況は僕たちから右側にいる者たち四人が、僕たちから左側にいる三人に襲われそうになっているところに、僕たちが飛び込んでしてしまったと理解したけれど、間違いはない?」

「おおむねその通りだ」

 右側の者が答えた。

「そいつらは危険なモンスターだ。気を付けろ」

「なるほど、左の君たちに聞きたい。自分たちの森の鳥獣を右の者たちが狩るからだと言っていたけれど、右の者たちを襲う前に、自分たちの鳥獣が襲われないための対策は講じたのか?」

 僕は、モンスター発言は一旦聞き流し、左の者たちに問いかけた。左手側の者はその問いには答えなかった。

「お前は部外者だ。なぜお前に説明せねばならぬ。これはわしらと奴らの問題だ。お前に明かせば解決するとでも言うつもりか」

「そうは言わない。それでも微力とはいえ戦力になることはできる。僕は、無理を通し力でねじ伏せる者は看過できない。このままでは僕は右の者たちの意志がどうあれ、左の君たちを討伐せざるを得ない」

「ならば私らはそれで良い。お前を、森を荒らす敵とみなそう」

 先ほどから左側の一人だけ言葉を発している人物は取り付く島がなさそうだ。けれど僕は気になった。

「ほかの二人はそれでいいのか。僕はそれが森を守ることになるとは思えないけれど、そんな無駄死にで満足なのか?」

「異論はない」

 二人のうち一人はそうきっぱりと答えたけれど。

「待ってください」

 もう一人はそう言ってほかの二人の言葉に異論を唱えた。

「わたくしはこんな死に方は嫌です。わたくしたちは森を荒らされたくないだけなのです。けれど人間たちは木々を傷つけ、鳥獣を無遠慮に狩り荒らします。このままでは森が死んでしまうのです」

 そう言って、左手から僕たちの前に女性がひとり姿を現した。枯れ木の色の肌と緑の目。髪も枯葉のように生気のない色をしていた。木の幹の革のような見た目の薄いドレスを着ていた。

「ドリアードだ」

 僕はつぶやいた。森の精である。彼女は枯れた木々で、死に向かう森だった。誰かが手を貸さなければ死んでしまう状態であることは明白だった。

「森の精の君がそんな姿になるほどということは、森の活力がほとんど失われているということだね?」

 僕が聞くと、彼女は頷いた。それから僕は右手の木々の奥に視線を向けた。

「右手側にいる君たちは人間なのか?」

「そうだ。我らはこのあたり一帯を治める領主様直属の警邏部隊だ」

 という声が返ってくる。僕は水各唸ると、彼等に聞いた。

「森の精がここまで衰えるほどなら、相当の乱獲伐採を行っているはずだ。森が死んでしまうことへの危機感はないのか?」

「無論危機感はある。だが管理しようにも、モンスターどもに邪魔されては調査もできんのだ」

 返ってきた答えに、それは当然だな、と僕も感じた。人間側の者は続けた。

「密猟者どもを返り討ちにしてくれる分には好きにしてもらって構わんし、むしろ助かるくらいだが、そうでない者まで攻撃されてはかなわん」

「なら争っている場合ではないと思う。森の保全が第一で、人間を攻撃していても森が死ぬばかりだよ。人間たちと協力しなければ君たちが滅びるだけだ」

 ドリアードに向かって僕が呼び掛けると、彼女は顔を伏せて首を振った。

「わたくしたちには密猟者とそうでない者の区別はつきません。わたくしたちが人間をすべて見逃せば、森は再生不可能なところまで傷つけられてしまいます」

「なるほど。人間側としてはモンスターと協力する用意はあるのか?」

 僕が聞くと、人間側の者は、

「人間に友好的な種とは協力できるだろう」

 と、答えた。

「ドリアードの彼女とは協力できる。だが、ほかの二体は駄目だな。少なからずそいつらからの被害が出ている以上、駆除の対象として認識されている。すでに覆すのは難しい状況だ」

 こじれにこじれて修復不可能な状態というわけだ。となると森を守るための選択肢は多くない。

「分かった。ドリアードの森は誰かの私有地だったりするのか?」

 モンスターに私有地などという考えがあるとは思えないから、そちらは問題がないだろう、と考えながら僕は聞いた。

「それはないが……どうするつもりだ」

「この森を僕の所有地として宣言する。そのうえで、人間も、モンスターも、僕の私有地への侵入をいったん禁止し、立ち入った者はすべて排除する。次に、僕の私有地の管理、警備や森の保全への従事者を僕の名前で募り、人間であれ、モンスターであれ、その者たちの侵入のみ許可をする。ドリアードの君はそれでどうだろうか?」

「わたくしは、保全してもらえるのであれば、それでもかまいませんが……少し暴力的ではありませんか?」

 ドリアードが少し心配そうな声を上げた。

 僕の身を案じているというよりも、より状況を悪くするのではないかと不安なのだ。

「暴力的で結構。僕は救われるべきは君だけだと判断した。他の者の利益、不利益は自業自得の産物だ。あいにく僕も人間たちの言うモンスター、コボルドだから、自業自得の不利益まで助けはしないよ。……ムイム」

 と、僕はムイムの名前を呼んだ。彼は僕の頭上で僕を見下ろした。

「なんでしょう?」

「確認したい。サンドランドで使役を始めたラクサシャは君の言うことを聞くんだよね?」

 要は彼等を当面の森の警備に当てようということだ。ムイムは察してくれたらしく、笑いながら頷いた。

「ああ、そういうことですか。もちろんです。警備はお任せください」

「しかしそうはいっても突然占拠されれば領主様が黙っていない。討伐の対象になるぞ」

 それは分かる。人間たちからすれば、面白くない話なわけだから仕方がない話だ。

「それは森が死んでしまうということをどこまで本気で考えるか次第だ。森には今すぐに利益や主義にとらわれない、中立な立場の管理者が必要だ。これはそれに同意するかどうかという話だ」

 僕はそう言ってから、ドリアードに聞いた。

「万が一提案が受け入れられなかった場合、君の森の苗木を持って、君の新たな森にできそうな場所を探そうと思う。それでもいい?」

 ドリアードは頷いた。彼女は苗木が一本でも残っていれば死ぬことはない。僕は彼女に死んでほしくないだけで、彼女さえ無事ならそれで良かった。

 人間も、モンスターも、もし彼女の命を顧みないのであれば、彼女さえ生き延びられるように、今の森は捨てるべきだろうと。


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