第六章 レインカース(8)
サンドランドに戻った僕たちは、すぐにエレサリアの家へ向かい、自分たちの荷物をまとめて、家を出た。
エレサリアとあれだけの意見の相違があったからには、今後も顔を合わせて過ごすというわけにはいかないだろうと思ったからだ。ただ、そのまま消えるだけというのは気が引けるから、書置きだけは残しておいた。
次元華の栽培に適しているかもしれない場所が聖宮の離宮である限り、レインカースで試すわけにはいかなかったし、まだ何も取り掛かれていないから、一ヶ所くらいは試そう、ということで僕たちは意見が一致した。
もう一度資料館で探すか、ミスティーフォレストに行ってみるかと話し合った結果、全員、ミスティーフォレストに行ってみる、という意見で一致した。
それでもレインカースでのドネの解放で皆疲れていたし、それは翌日にして、どこかでひと晩休むことに決める。
ゲルゴの家を訪ねたところ、幸い在宅だったので、軽く事情を説明し、一泊だけ泊まれる宿屋を紹介してもらった。
基本的には次の冒険に向けて順調に準備が進んでいた。
サンドランドにも夜がある(というより夜がない次元のほうが少ないらしい)。日が暮れると、僕たちは宿屋の食堂に集まって夕食の時間にした。サンドランドはあまり旅人が多くないらしく、食堂の中には食事をしている者の姿はほかになかった。
サンドランドならではの、味気ない虫と小動物がメインの料理を食べながら、僕たちはドネの話を聞いていた。ドネの話は興味深く、勉強になる。ドネは水の魚の姿に戻っていて、それがドネにとって一番楽な姿らしかった。
「そもそも次元転移は次元宇宙のモデルがきちんと把握できていれば一度も行ったことがない場所でも問題ないのですよ」
今はムイムとシエルに次元転移と次元跳躍の共通点や相違点を説明してくれていた。
「そのあたりは次元跳躍の行き先が一度も行ったことがない場所でも問題ないのと一緒です。君たちが使う次元転移は転送型でなくトンネル型なので、猶更だいたいの座標を特定できれば問題ありません。少し練習すればコツはつかめますし、格段に探索効率が上がるはずです」
これが非常によく知っていて面白い。僕もフェリアも一緒になって聞いていた。ボガア・ナガアだけが、
「エレサリア、無茶してないか。残れば良かったか」
と、テーブルの上の水が入ったタンブラーを眺めていた。僕は見かねて言った。
「ボガア・ナガア、心配するくらいなら、今からでもムイムに送ってもらってレインカースに戻るべきだ」
「でも俺、ボスの役立ちたい」
ボガア・ナガアは迷っているようだった。
「それに俺、街入れない」
「僕が言うのは本当はいけないんだろうけど」
僕は答えた。
「君一人ならこっそり入れるからなんとでもなるだろう? 君の潜入能力はきっとエレサリアの強力な武器になるはずだ。彼女が大切なら行ってあげなければ駄目だと思う」
ボガア・ナガアはタンブラーの水を一気に飲み干した。
「ボスありがとう。俺行く」
「よし、行ってこい」
僕は頷いて、ムイムを呼んだ。
「ムイム。ボガア・ナガアが覚悟を決めたよ。エレサリアに合流させるため、レインカースに送ってあげてくれるか?」
「やっとですか」
ムイムがにやりと笑って。
「承知しました。お任せください。すぐ行けますね?」
ボガア・ナガアを見た。
その問いにボガア・ナガアが頷くと、ムイムはすぐに亀裂を開いた。ムイムとボガア・ナガアがその中に消えていく。亀裂はすぐに消え、テーブルのそばには静けさが戻った。
「すばらしい」
ドネが大きく感嘆の声を漏らした。
「愛ですね」
「そうだね、ボガア・ナガアとエレサリアは本当にそうだと思う」
僕はボガア・ナガアがエレサリアの力になると決めてくれたのがうれしくて、ドネの言葉に思わず頷いた。けれどドネは、
「そうでなくて、皆さんのことですよ」
そう僕の言葉に否定を返し、僕たちのことを満足そうに眺めた。
「しっかりと、お互いにお互いを想っていることが分かります。どこかちぐはぐで不器用そうですが、とても暖かい。素晴らしいことです」
「私はみんな大好きですよ?」
テーブルの上で小動物の肉を細かく切り刻んで食べているフェリアが答える。その言葉に、フェリアが切りやすいサイズに皿に盛られた肉を切り分けて取ってあげているシエルも小さく頷いた。
「私も」
ムイムはなかなか帰ってこない。ひょっとしたらレインカースで何か起きているのかもしれないと不安になるけれど、エレサリアに拒絶された僕にはできることはないから、ただムイムの帰りを待つしかなかった。
「遅いですね」
僕の気持ちを代弁するように、フェリアが言った。
「何もなければいいけど」
シエルも心配そうにつぶやく。
「信じて待つのは難しいものです。だとしても待つしかない時は待つしかないもの。下手に慌てても何にもなりません。大事なことは、一度送り出したのなら、例え何かあったにしろ、なんとかできる力があるはずと、仲間を信じることです」
ドネはそう言って悠然とテーブルの上を泳いでいた。
「それでなければ、自分も一緒に行くか、止めるべきなのです。わたしは君たちの選択は素晴らしいと思います。ですから、君たちは、自分たちの素晴らしい選択を信じればよいのだと思います」
僕たちはゆったりとした動きで宙を泳いでいるドネを見上げながら、しばらく食事をつづけた。
静けさが流れる。けれどそれは重い空気ではなかった。ドネに信じればいい、と言われて、じたばたしても始まらない、と逆に開き直ることができた。
しばらく時間がたち、テーブルの横に次元の亀裂が出現した。それから、その中からムイムが現れる。彼は開口一番言った。
「えらい目にあいました」
ムイムの話では、どうやらエレサリアはあのあと都には入らなかったらしく、村のうちの一つの宿屋にいたらしい。そこでどのように聖宮を倒すか、プランを練っているのだという。
「ボガア・ナガアが戻って来たと知った時の彼女の喜びようと来たら。でも少し口が過ぎました。まあ、平たく言えば、エレサリアは、ボガア・ナガアがボスを見限って自分を選んでくれたのだと思ったみたいで」
それを聞いたボガア・ナガアが烈火のごとく激怒したそうだ。
「そこからはもう犬も食わない大喧嘩ですよ。いやまったくひどいもんです。参りましたよ」
結果、喧嘩別れでボガア・ナガアを連れ帰ることになりそうだとムイムは判断したそうだけれど。
「ところがどっこいいきなり抱き合って謝りあいを始めるし、もうさっぱりです。付き合いきれないので逃げ帰ってきましたよ」
とのことだった。ちなみに万が一の時に備え、ムイムとボガア・ナガアは次元越しのテレパシー会話ができるようにはしてきたとのことだった。用意の良さはさすがムイムだ。
「お疲れ様」
僕は笑った。その分なら二人はうまくやるだろう。
「さて、と。ドネ」
ムイムは一息つくと、ドネに向かって声を掛けた。
「もう少し次元転移について講釈をお願いしても? 明日丁度ミスティーフォレストに飛ぶ実証ができることですし、行ったことのない次元への転移のコツなどを教えていただいても?」
「もちろんです。君たちならすぐにできるようになるでしょう。どうせならこれから少し練習をしてみましょうか。シエル殿、君もいっしょにどうでしょう」
ドネは笑い声をあげ、ムイムだけでなく、シエルも練習に誘った。それを聞くと、シエルは首をかしげて聞いた。
「コアがなくても意味がある?」
「本来であればコアがあったほうが良いのは間違いありません。とはいえ、コアがなければ意味がないということはありません。コアがあったほうが覚えが早いといった程度の違いでしかありません」
彼女の疑問に丁寧聞答えると、ドネは静かに彼女にも言う一度聞いた。
「どうしますか? 君も練習してみますか?」
「それじゃ、やる」
シエルが頷く。
「いいお返事です」
ドネは満足げに笑い声を上げた。
ドネ、シエル、ムイムは一度宿から出て行き、戻ったのは夜半近くだった。