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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第六章 レインカース(3)

 僕たちは丘の中腹のなだらかな場所に拠点を構えた。テントを設営しようか迷ったけれど、レインカースに長居するつもりはないのでやめておいた。雨が降っているので焚火も燃えない。土が腐り始めている影響は丘にも出ていて、あまり喜ばしいことでないけれど、手ごろな倒木はいくらでもあり、それをベンチ代わりに運んできた。

「なんだこれは。誰が頼んだの! 正直に言って!」

 それが終わるなり、丘の斜面に僕の声が響く。僕の頭の上には今もフェリアがいて、拾った葉っぱを傘代わりにして、自分と僕の頭の雨避けをしてくれていた。

 倒木をボガア・ナガアと取りに行って戻ってきたら、シエルが平たい簡易のテントのような姿になっていた。その下に切り株があって、誰かが集めてきたらしい木の実などが乗っていた。女の子を雨避け代わりに使うなど、失礼極まりない。

「シエル、いいからこっちへおいで。そんな言いつけは従わなくていい」

「だめだった? みんな喜ぶかと思ったけど」

 シエルは人型に戻ると首を傾げた。自発的にやったのか。

「ごめん! 誰も悪くなかった! シエルが自分で考えてやったみたいだ!」

 僕はもう一度叫んでから、シエルに言った。

「駄目ではないよ。みんなのためを思って考えたのは素晴らしいし、その思いやりは間違っていない。でもね、よくお聞き。そこまで体を張ることは誰も求めていないんだ。女の子に体を張らせておいて、いやあ、助かるね、なんて平然と雨宿りするような奴は、僕はぶん殴らないといけない。僕はそんな奴はこの中にはいないと信じているし、君にもそんな体の張り方はしてほしくないんだ」

 僕はなるべく丁寧にシエルに話した。十分に伝わるかどうかの自信はないけれど、自分の思いを詳しく伝えたかった。

「どうしたの?」

 雨をしのげるものを探しに出ていたエレサリアが大きな葉を何回か抱えながらやって来た。僕の声が思ったより大きかったようで、驚いて戻ってきたようだった。

「ああ、ごめん。シエルが自分の体をテント代わりにしようとしていたから、そんな風に体を張らなくてもいいと教えていたところなんだ」

 何があったのかを僕が説明すると、

「まあ」

 とエレサリアは驚いた声を上げた。それから持っていた葉を倒木のそばに置くと、シエルの上腕に右手を添えて、左腕でシエルを抱き寄せた。自分の顔をシエルの顔に当てて、愛おしむようにエレサリアは言った。

「ラルフのと言う通りよ。女の子がそんなことをしてはいけないわ。心配りがどんなに素晴らしくてもね。あなたは金属の体で、私たちよりも丈夫なのかもしれないけれど、だとしても、体というものは、複雑で繊細なものなの。自分の体は大切にしてあげなくては駄目よ」

「分かった」

 シエルは頷いた。彼女の表情は変わらない。どんな顔をしていいのか分からないままに、彼女は答えた。

「ごめんなさい」

「俺思う。誰も怒ってない。謝るのはいらない」

 丸太を転がして位置を調節しながら、ボガア・ナガアが言った。

「皆こっち来て座るといいぞ。それでシエルが何思ったかも聞くといいぞ」

「まあ」

 と、エレサリアがまた驚きの声をあげる。彼女はシエルから離れて、手を引いて言った。

「その通りだわ。頭ごなしにごめんなさい。座りましょう。あなたがどう思ってそうしようと思ったのかを教えてちょうだい」

「ありがとう、ボガア・ナガア。シエルの気持ちを考えないで行動を否定するのは確かに良くなかったよ」

 僕はボガア・ナガアに礼を言って、ため息をついた。確かにボガア・ナガアが言うことが正しい。ひとの面倒を見るのは本当に難しい。エレサリアとシエルは並んで丸太に腰掛け、話し始めた。僕は並行して転がされた別の丸太に、彼女たちと向かい合って腰を下ろした。

「私は自分が思ってるほど強くなかった。全然だめだ」

 ぽつりぽつりとシエルが話している。

「私はばかだから戦いくらいは役に立たなきゃと思った。でも、先生やボガア・ナガアに相手をしてもらったら、それもできないと分かった。全然歯が立たなくて、すぐにどうしていい分からなくなって、全然だめだと分かった」

「そんなこ」

 僕がそんなことはないよ、と、声を掛けようとすると、フェリアに頭をポンポンと叩かれた。見上げると、フェリアは僕を見下ろしながら首を振った。

「いまは、さいごまで聞いてあげる時じゃないかって、思います」

 フェリアは小さな声でそう言った。

 僕は自分がまた間違えるところだったと知って、フェリアの言葉に従った。

「私には皆の役に立てることが、自由に形が変えられる自分の体しかない。だからこの体でできることなら何でもしたかった。皆に喜んでもらいたかった。先生は」

 シエルが僕を見る。表情のない顔ではなかった。そこには寂しそうな、何かをおそれているような、複雑な思いが浮かんでいた。

「今はまだ気にすることないって言ってくれるけど、自分は一日も休まずに歩いてく。会った日にものすごく遠く見えたのに、さらにどんどん先に歩いて行っちゃう。私には先生の背中が見えない。どうしたらいいのか分からない。おいてかないで」

「シエル、それは違うんだ」

 僕は答えた。そして頭の上を見る。

「フェリアはどう思う? どう感じた?」

「確かに、すごく遠いなって思います。師匠は私たちと会う前から、導きを得て歩いてたみたいなんで、仕方がないのかなって、思ってます。でもそれはそれが師匠の旅だから」

 フェリアは僕の頭の上から、シエルの膝の上に移った。僕の頭に雨粒が当たった。

「でも師匠はその旅の時間を私たちに分けてくれてます。だから私がいくら目を凝らしても師匠の背中は見えないんだって思ってます」

 と、僕を見上げて。その顔は、ちゃんと見えている、といいたげに微笑みが浮かんでいた。

「師匠は私の後ろで、私が歩けるように見てくれてるから。まだ始まったばかりの自分の旅が決められなくて迷走してる私を、手を伸ばしたほうがいいのか、見守ったほうがいいのか、たまに迷っておろおろしながらだけど、ちょっと不格好にだけど、見ててくれてるから。だからシエル、私たちはおいてかれる心配はしなくていいんだと思うんです。不安になったら、前に進もうともがくんじゃなくて、立ち止まって後ろを見ましょう? きっといつも師匠はそこにいるから」

「シエル、フェリア」

 と、二人にエレサリアが声を掛けた。とても優しい声で。

「そんなに難しい話に考えてはいけないわ。もっと簡単に考えていいのよ。難しく考えると、いろんなことが分からなくなるだけ」

「私、難しく考えてますか?」

 フェリアが不思議そうにエレサリアを見上げた。彼女の視線にエレサリアは、

「ええ」

 と答えて、それから静かに告げた。

「ラルフはいつもあなたたちのことを心配しているから、それだけを信じておけばいいのよ。そうすれば何にも心配はいらないわ」

「簡単に」

 シエルがつぶやく。それでも彼女にはまだ難しいのかもしれない。

「シエル」

 僕は彼女に言った。

「君のためという理由か、君が一人前になったと思えた時か、不慮の事故でもない限り、僕は君の先生でいるよ。信じてほしい」

 そして、同時に。

「それでも、もし君が僕を信じられない時はそう言ってほしい。どうしたらいいのか一緒に考えよう」

「でも先生はいろんな人のためにいろんなことをしてて、忙しいから。私がわがままを言ってばかりいたら、迷惑になる。それは嫌」

 シエルが首を振った。そんなことは気にすることはないのに。

「違うよ。僕は君やフェリアのお母さんと君たちの面倒を見ると約束したし、君達にもその約束をした。最初から、君たちのことは、僕のいろんなこと、のうちのひとつなんだ。君が相談してくれることで、君は、僕に約束のひとつを果たす機会をくれるんだ。何も心配いらないよ」

 僕はそう言いながら、少しだけエレサリアに嫉妬していた。僕にも、自分の中で、もっと簡単な話にかみ砕ければいいのに、と思った。

 きっと僕はそれができないから、フェリアやシエルを不安にさせてしまうのだろうから。


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