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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第六章 レインカース(2)

 どうせなら、ということで、シエルに巨鳥になってもらい、間に合わせの拠点にできる場所を探して飛んでもらうことにした。

「おかしい。絶対におかしい」

 エレサリアはまだ僕たちのこっそり終わらせてこっそり帰る案に納得していないようだった。フェリアは自分なりに何が正しいのか考えようとしているらしく、僕の頭の上でしきりにウンウン唸っていた。

「まず、シーヌに問題が起きて話が伝わらなかったのではないということは確認しておきたいな。もし問題が起きているなら彼女も助けないと」

 僕は地上を見下ろしながら、ムイムと今後のプランを話し合っていた。水の精霊を解放して終わりになってくれれば一番面倒や危険が少なくてありがたいのが本音ではあるけれど、そうでなかった場合に後になって重大な見落としがあることが分かるという状況だけは避けたかった。

「シーヌが自分で軍に連絡を入れるとは思えません。となると側近以下軍部までの伝達系統の間に、伝達が途絶えた原因が潜んでることも十分に考えられますね。ボガア・ナガアの腕慣らしのためにも、探りを入れてみましょうか? ボガア・ナガアがいれば万が一何かの陰謀だった場合、証拠を持ち帰れるかと」

 ムイムが答える。彼の視線は僕ではなく、僕の背後を見ていた。何があるのだろうと視線を向けて見ると、風に煽られて、僕の尻尾がゆらゆらと揺れていた。

「尻尾がどうかした?」

「あ、いや。普段あまり無防備に揺れてるところを見ないので珍しくて」

 ムイムがわずかに笑った。そんなに不思議なものだろうか。僕としては生まれてからの付き合いだし、別に気にしたことがなかったから、そう言われると妙な気分になる。

「なるほど」

 僕はそんなものか、と首をひねった。僕だって四六時中気を張っていたら倒れてしまう。

 無防備に尻尾が揺れているようなときくらいある。

「たぶん僕は、君が思ってるよりは普通にコボルドだよ」

「そのようで」

 ムイムはおかしそうに笑った。

「正直に言うと、とんでもない生物に仕えたと今まで泡を食ってたところがあります。しかし今頃気付きました。私のボスはコボルドでした」

「お互い様かもね」

 僕は正直なところをムイムに告げた。

「僕は僕で、君一人いればよくて、僕はいらないかもしれないと思っていたよ」

「それはないです。あー、すみません」

 と、謝って。

「私の思考力レベルはボス由来です。知識は以前から方々に行ってたんでありましたが、以前は知ってただだけです」

 ムイムが驚きの事実を口にした。

「……? あ! 君、僕の頭の中を覗いたのか!」

 なんてことだ。正直知りたくなかった。けれどムイムは完全に開き直っていた。

「致し方なかったんです。退治されまいと必死だったんですよ、こっちだって。命の瀬戸際に手段なんか選んでられますか。相手が自分より瞬間的な判断力が上なのが分かり切った状況で、なんとか交渉しようと思ったら、同じ思考力を手に入れるしかないでしょうに」

「だからと言って。勝手に人に魔法はかける、勝手に人の頭は覗く、そんなやりたい放題されたら僕だってさすがに怒るよ」

 僕が言うと、

「え、ムイムさんって、最初から仕えてたんじゃないんですか?」

 フェリアが驚きの声を上げた。そういえば、今いる一行には、見習い時代の僕を知っているのは、ムイムしかいない。

「そうだよ。もとは見習い時代に戦った敵方から、命乞いをして寝返って来たんだ。命を助ける代償に向こうの情報全部を売ってくれたから助かったなあ」

「そんな……ムイムさん最低です」

 フェリアが汚らわしいものを見る視線をムイムに向ける。足元からシエルの軽蔑の声も上がった。

「すっごい裏切り者。最悪」

「ボス、事実ですが、言い方ってもんが」

 ムイムが非難がましく言い返すと、それを聞いたエレサリアが、

「事実ではあるのね」

 とつぶやいた。そんな皆の様子を眺めながら、僕は声を上げて笑った。

「今はとても頼りにしているし、信用も信頼もしているよ」

「いつ裏切るか分かりませんけどね」

 と、ムイムが愉快そうに笑う。

「君が僕を裏切るわけないことは分かっているよ。主様に誓ったものな。覚えているよ」

「ふむ。残念ながらその誓いはもう無効です」

 ムイムは横目で僕の尻尾を眺めたまま、意地の悪い笑みを浮かべた。これまでの付き合いで彼のことが僕にも分かってきていた。こういう顔をするときは、本気で言っているわけではない時だ。

「あの方かボスか、どちらに仕えるのかを決めろとおっしゃったのはボスです。ですから、今はすでにあの方との主従関係は消滅してるわけです」

「僕についてくるか、主様の所へ戻るか、明確にするように頼んだのは僕だったね」

 その話を思い出すと、まだたったの五日しか経っていないのに、オールドガイアをはるかに遠い時間に置き去りにしてきたような気分になる。もう帰らないと言われた話については、未だに実感はないけれど、それでも確かに五日前には名前も知らなかった次元に、今はいる。とても不思議な気がした。

「そういえば、僕についてくることにしたのは、君が決めたの? 主様に命じられたの?」

「私の意志はボスと共に旅に出てくることで決まってましたからね、あとはあの方にお暇をいただく許可を取り付けるだけでしたよ。もちろん、あの方も共に旅立つことに賛成してくださいました」

 たしかにあの子なら賛成するだろう。そんな気がした。

「それはまあ、そうと」

 ムイムが地上を見下ろした。

「今日明日にどうってことはないでしょうが、今のうちに止めなければ加速度的に異常は進行するでしょう」

「そんなに悪いの?」

 エレサリアも地上を見下ろした。自分ではおそらく分からないことで、だからこそ彼女にはとても不安なのだ。揺れている視線が、まるで自分にもその予兆の波のようなものが見つからないかと探しているようだった。

 その様子を眺めていた視線を遠くに移して、

「シエル」

 僕は名を呼んで告げた。遠くに丘が見える。そのふもとに小さな村落があった。

「あの周辺を少し遠巻きに飛んでくれないか。少し気になるものが見えた」

「気になるもの?」

 エレサリアが視線を地上から僕に移し、いっそう不安そうな声を出した。僕はすぐには答えずに、

「ムイム」

 と名前を呼んだ。

「君はどう思う? 長い年月のあいだ丘に降り続いた雨はふもとの村に被害をもたらす危険があるからだろうね、そのための対策工事のあとが見える。けれど、その工事の内容が、おかしいと思わないか」

「ふむ」

 ムイムも前方に近づいてくる村を眺めた。そして短く、

「ふむ」

 と声を上げた。

「エレサリア、ああいった工事はあなたたち聖女が細かく指示を?」

「そこまでは細かく見ていられないわ。嘆願を吟味して、計画と実施を指示するだけよ」

 エレサリアが村を眺めながら答えた。僕たちに見えているものが何なのかが分からないようだった。

「ならばもっとよく見てください、エレサリア。斜面の補強ではなく、治水工事のほうです」

 ムイムが告げた。彼が見ているものは僕と同じだ。

 シエルが村の周りを大回りに一周した。

 丘の斜面に、いくつも溜め池がある。それは丘に降った雨を集め、細々と村の外につながった水路に流れを逃がしていた。水路には水門がつけられていて、放出する水の量を調節しているようだ。

 溜め池がある斜面の下には農地が広がっていて、近くの川や溜め池から流れる水路から水を引いている。そして。

「あの溜め池、何故か農地側にも水門があるんだ。あの水門を開けると農地が全部駄目になるね。何であんなものを付けたんだろう」

 まったく理由が分からない。僕のような素人でもたぶんあんな馬鹿なことはしない。

「考えすぎかもしれませんが、私には」

 と、ムイムが言った。

「水門を開けられたくなかったら金を払えと、脅す手口にも見えます。まさかそんなすぐ露見する悪事を企てる馬鹿がいるとは信じがたいですがね」

「なるほど。あれだけあからさまな工事をしておいて露見しないとなると、視察する聖宮の高官も共謀か。村人は悲惨だな。あ」

 思わず考えていることを口に出してしまった僕は、慌ててエレサリアに謝った。

「ご、ごめん。言い過ぎた」

「いいえ。正しいわ。全くの正論よ」

 エレサリアは両手で顔を覆いながら首を振った。

「でもちょっと立ち直る時間をちょうだい」


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