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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第五章 サンドランド(7)

 シーヌが、エレサリアを見て、それから僕を見る。そしてもう一度視線をエレサリアと僕の間で往復させた。

「あの、エレサリア様。私にも、心の準備というものが。先におっしゃってくださらないと、困ります」

 それから、シーヌは僕に声をかけてきた。

「ラルフ様、とお呼びすればよろしいでしょうか。お見苦しいところ見せ、大変申し訳ございません。なにぶん、その、驚きまして」

「興奮のあまり卒倒した私に比べれば十分まだ冷静よ」

 エレサリアがクスクスと笑い声をあげる。

「卒倒したのですか? 大丈夫ですか?」

 シーヌは狼狽えたように目を丸くしてから、自分を落ち着かせるように咳ばらいをひとつした。

「聖騎士ラルフ様。どうか聞いていただきたい話があります。よろしいでしょうか」

「レインカースに関し、何か頼み事がおありとは、エレサリア様からお聞きしています。僕でご期待に添えるかは分かりませんが、どうぞ詳細をおっしゃってください」

 僕は膝を折ったまま答えた。この礼儀がないとすると、たぶん面を上げるよう声がかかることもないのだろうなと正直少し困っていた。略式で一礼すればよかった。

 軽く咳払いが聞こえる。エレサリアの声だ。

「ラルフ様、配慮が至らず申し訳ありません。楽にしていただいて結構ですよ」

 まさに天の助けだ。僕はほっとしながら座りなおした。

「お客様に礼をさせたまま話を切りだすのは失礼ですよ」

 エレサリアがため息交じりにシーヌを叱る。ボガア・ナガアを抱きかかえいるときと、同一人物とは思えない風格だ。

「す、すみません」

 二人の力関係はもう十分よく理解できた。頭が上がらないというのはまさにこういう事だろう。二人の過去に何があったのかまでは分からないけれど、エレサリアがよほどシーヌの世話を焼いていたのだろうことは、容易に想像ができた。

「大丈夫? 自分で説明できますか? もし不安なら私から説明しますよ」

 エレサリアが言うと、シーヌは半分泣きそうになりながら、

「大丈夫です、務めは果たします」

 と弁解していた。それなら、と、エレサリアが静かに口を閉じた。

「あ、その、レインカースは、ずっと雨が降りつづいていて、皆困っていまして、その、あ、そう、土壌が水分を含みすぎて、駄目になりつつあり、え、あ、う」

 シーヌがそんな調子で説明を始める。正直言ってしどろもどろで何を言われているのかさっぱり分からない。エレサリアの目が気になって話が整理できていないことは明白だった。堪りかねたようにエレサリアが途中でストップをかけた。

「全く分かりません。最初から、落ち着いて。順序だてて」

「ごめんなさい」

 うなだれるシーヌに、エレサリアはもう一度ため息をついた。

「私がいると緊張するなら、席を外しますよ」

「それはやめてください! いてくださらないと困ってしまいます!」

 シーヌが悲鳴を上げた。それを聞いて、ついにエレサリアが匙を投げた。

「私たちの住む、レインカースの次元は、かつてはレインガーデンと呼ばれる、美しい次元だったと伝わっているの。その頃から確かに雨の日が多い次元ではあったそうだけれど、同じだけお日様が差す日もあったと聞いているわ。それどころか、日照りの年もあったという記録すら残っているの。今のように雨が降り続くようになったのはここ五〇年くらいのことなのね」

 エレサリアが場を仕切って話す中、映像の向こうでシーヌがさめざめと泣いている。

「誰しも得手不得手はあるもんですよ」

 と、ムイムが慰めになっているようでなっていない声を画面越しにシーヌに掛けていた。あれでちゃんと話もしっかり聞いているところがムイムの恐ろしいところだ。

「雨が降り続くようになった原因を、代々聖女が引き継いで調査をしているのだけれど、今も原因は分かっていないわ」

 エレサリアが困り果てたように語る。随分手を尽くしたのだろう、達観にも似た空虚さと、深い徒労感を抱えた目をしていた。

「そして、時間の猶予はもうあまりない。雨が降り続きすぎたせいで、最近は土壌が腐り始めているの。私の代からその兆候があったから、方々の手を尽くして私も調査したけれど、原因も解決方法も分からないまま、ついには私自身、水が触れると肌がただれる体質になってしまう始末で。それでも頑張ったのだけれど、体質のせいで調査もままならなかった私は、結局、何の手掛かりも得られないまま、五年前にこのシーヌに代を譲り、聖女を退いたって経緯があるの」

「なるほど」

 僕は唸った。大変な事態だ。土壌が死んでしまえば、だれも住めなくなる。

「聖女だったころの私は藁にもすがる思いだったから、魔術的なものにもずいぶん頼ったわ。魔術師による調査も行った。けれど、分かったことは、魔力的には何もおかしなところはないということだけだったわ。それでも、私には、最後に縋ったものがあった。当時の私は相当参っていたのだと思うわ。占いにまで頼って。そして、その時に言われた予言と思われる言葉に縋った。私自身が水に触れられない体質になってから聖女をやめるまでは、そればかり追いかけていたわ」

 エレサリアは静かにその文言を口にした。確かにそれは予言の言葉に聞こえた。

「雨に呪われた庭に陽光を欲するなら、竜の加護を受けた聖騎士を呼べ。その者が魔を正す時、望まれぬ水は去り、庭に花咲く日が戻るだろう」

 内容的には簡単だ。雨をやませたかったら竜の加護をもらっている聖騎士が何とかしてくれるから連れて来い、というものだ。非常に分かりやすい。ただ、エレサリアたちの僕に対する驚きようを見れば、なぜこの予言が実行されなかったのかが分かる気がした。

「レインカースには、聖騎士なんて言葉がない。当然それがどういう存在を差すのかも知らないから、探しようがなかったのか」

 ひょっとして、と思う。

「この世界が次元宇宙という集合体で、ほかに人が住んでいる異次元があるということも知らなかった?」

「次元宇宙? という言葉が何を指すのか分からないけれど、他に次元があるなんて考えもしなかったのは当たりよ。だから、外の次元に誰かが出て行って、その言葉の意味を探すなんて、考えもしなかったわ。アンティスダムに会って、私も初めて別の次元というものがあることを知ったの。そのあとで、一度はアンティスダムに相談したのだけれど、彼等からは、異次元を認識していない種族は、異次元にどんな脅威が待っているかも知らないから、無責任に他の次元に連れて行くことはできないと断られたわ。アンティスダムに異次元のことを習おうにも、彼等は彼等で問題を抱えていて、そんな余裕はなさそうだったし、私が行こうにも、その体質でそんな旅は絶対に無理だとアンティスダムに止められたわ」

 当然だろう。雨に降られるだけで焼けただれて死にかねい人物を、誰が過酷な次元探索の旅に送り出すというのか。

「この次元間通信技術も、私がレインカースを離れる直前に、シーヌとの連絡手段のために無理を言ってアンティスダムから譲ってもらったもので、使い方以外私たちにはさっぱり分からないくらい、私たちは何も知らない。アンティスダムにも聞いたけれど、彼等も聖騎士という言葉は知らなかった。それで私は逆に考えたの。ここで待っていたらアンティスダムが異次元の人を、私の時のように連れて帰ってくるかもしれないから、私はその世話役を買って出て、聖騎士という言葉を聞こうと」

 そう言うと、エレサリアは口を真一文字に閉じた。おそらくそれから五年間の時間を噛みしめているのだろう。今日までここで世話役として過ごしてきて、今日レインカースに伝えているということは、逆にいえば、これまで聖騎士を知る者が現れることがなかったということを意味しているからだ。

「これまでも何人もの次元の旅人がここには来たわ。それでも聖騎士が現れることもなくてね。もうここ一年ほど、落胆するのが怖くて聞くこともできなくなっていたの。レインカースを思えばそんなことではいけなかったのだけれど、私は限界だったのだと思うわ。きっと疲れ切ってしまったのでしょう」

 分かる気がした。そうでなければ僕たちが来た初日に、真っ先に彼女から聞かれていたはずだから。

「でも、それだと相手が知っていると嘘をつくこともあるのでは?」

 僕はふと気になって聞いた。エレサリアは頷いて、

「実際あったわ」

 と答えた。

「けれど、占いの結果には、予言の言葉と一緒に確かめることができる言葉もまたあったのね。それで偽物を偽物と見抜くことはできたのよ」

「なるほど」

 僕は思い出した。僕が竜の加護を受けている聖騎士と分かった時に彼女が何を僕に頼んだか。

「もし竜の加護を受ける聖騎士を得たならば、水の呪いを退けることを確かめろ。その者が呪いを退けたならば、真に聖騎士である」

 エレサリアがそう言って頷いた。

「ラルフは、私に掛かった水の呪いを解いたでしょう? それで私は確信したの。私はようやく聖騎士を得ました」

「なるほど、事情は呑み込めました」

 僕は胸の前で手を組んで言った。カレヴォス神のシンボルが彫られた鎧が、分かっているな、と言っているように鳴った。

「解決に向けて全力を尽くしましょう。エレサリア様と、シーヌ様のために。あなたたちは救われなければならない」


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