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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第五章 サンドランド(6)

 エレサリアの家に戻った僕たちは、彼女の自室のさらに奥の部屋に招かれた。そこは彼女が『仕事部屋』と呼んでいたので、僕たちがこの五日間入るのを遠慮していた部屋だった。

 部屋の中には、赤く塗られた木製の棚の上に、円形の鏡のようなものが取り付けられた調度品が置かれていた。鏡は棚と同じ木製の枠で吊るされていて、鏡の縁には緑色の石がびっしりと並んでいた。

一見するとドレッサーのようにも見えるそれの前に座り、エレサリアは鏡に背を向けてこちらを見た。

 彼女は床に置いた紫色のクッションに座っている。僕たちにも同じものを用意してくれたから、僕たちも同じようにクッションに座っていた。僕とムイム、ボガア・ナガアはそれぞれ別のクッションに一人ずつ座り、フェリアだけは一人で座らず、僕の頭の上にいる。

 まずは紹介したい人がいるとエレサリアが言っていたので、僕は僕たちの次元でいう、聖騎士らしい格好をした方がいいかを確認したうえで、聖騎士の鎧を着こみ、盾を携えておくことにした。

「これからみんなに会ってほしいのは、レインカースの最高指導者である女性なの」

 エレサリアは前置きとして、そう話し始めた。

「レインカースには国家は一つしかないわ。私たちは、その国家をガーデンと呼んでいる。そして、ガーデンは代々、聖女と呼ばれる最高指導者が、聖宮という宮殿で民を導いている。聖女は世襲制ではなく、先代の聖女の使命によりその地位に着くの。聖女が次代の聖女を使命することなく辞するか亡くなった場合、民の合議で次代の聖女が選出されることになっているわ。これからみんなに会ってもらうのは、現在の聖女、シーヌという女性よ」

「分かった。失礼のないようにするよ」

 僕が頷くと、

「その心配はしなくていいわ。理由はすぐわかる」

 エレサリアは柔和に笑って僕たちに背を向けた。複雑な手順で緑色の石を指で触っていく。見て覚えられそうなものではなかった。

 しばらくそうしていた彼女は、最後に鏡に嵌められた緑の石を一周なぞっていった。指が触れた石が青色に変わり、すべての石が青に染まると、鏡の中にどこかの部屋が映った。赤いじゅうたんが敷かれ、エレサリアが使っているものと同じようなクッションが見える。

「大写しにするわね」

 エレサリアがそう言って、鏡を裏返すと、壁を鏡が照らし、鏡に映っていた映像が壁に大きく映し出された。

「シーヌ、シーヌ。いますか?」

 呼び捨て? 最高指導者を? 僕はすこし訝しんでから、彼女がそういう立場だとしたらどういう地位だろうと考えた。

 ムイムが肩までやってきて、

「彼女は資料館でも、聖女専用の寝所、と言いました。聖女様専用の寝所、でなく。その言い方をできる地位といえば、おそらく一つしかないと思われます。そして、現在の聖女を呼び捨てにできるのも、一人しかいないと思われます」

 と僕に耳打ちしてくれた。

「先代の聖女とか?」

 僕があんぐりと口をあくと、

「ご明察」

 それだけ答えてムイムが離れて行った。

「いないのかしら」

 無人の部屋だけを映し続ける映像を眺めながら、エレサリアは首をひねった。

 しばらくすると、パタパタという足音が聞こえてきて、なんとも名状しがたい奇怪な生き物が映った。まず、形容や比喩でなく、目が文字通り円だ。そして口がない。というか、顔に目以外のパーツがない。顔はほぼ楕円で、頭の上に太い触手のようなものがうねうねとくねっていた。顔は水色で、半ば透き通っている顔の中身はきれいさっぱり何もなかった。

「軟体系クラゲ的生物?」

 思わず口から言葉が漏れた。フェリアに文句を言われた。

「失礼ですっ」

「ご、ごめん。つい」

 口から第一印象の感想が漏れだしていたことに、やっと気が付いた僕は素直に謝った。全面的に僕が悪い。

「シーヌ、時間をあげるからちゃんとしてちょうだい。お願いだからもう一度鏡を見てきて」

 エレサリアが額をおさえた。成長していない、のぼやきが聞こえてきた。シーヌと呼ばれた生物は、最初から丸い目をさらに丸くして、慌てて映像の範囲内から姿を消した。

 しばらくしてから戻って来た女性は、さっきとはまるで別人だった。顔は確かにまだ丸みを帯びているけれど、くりっとした目と、かわいらしく開いた大きめな口、肌は白く、透き通ってはいない。クラゲというよりも、ナマズか何から進化して人間になったらこんな感じかなという印象の女性が座っていた。かなりデフォルメされたナマズ人間の人形のようだった。

「ごめんなさい」

「お客様の前で恥ずかしい。あなた、たまにあのまま人前に出ていないでしょうね」

 エレサリアの小言が始まった。それを遮ってムイムが言った。

「ヌークとは珍しいですね。まだ生き残りがいたとは」

 ヌーク。知らない言葉だ。シーヌの種族の名前だろうか。

「ヌークをご存じなのですか?」

 身を乗り出してシーヌが食いついてきた。彼女に聞かれると、ムイムは頷いて答えた。

「水の塊の次元、アクアディープで、かつて栄えていた種族です。あとから現れた半人半魚の種族、サハギンに追われ、随分昔に次元宇宙に散り散りになってしまってますが。繁殖力が強いサハギンが、その後、様々な次元に移住し居つくようになると、散った先でもサハギンの標的にされたそうで、最近では、ヌークはすでに滅んだ種族というのがもっぱらの認識です。ヌークは成熟するまでに何百年という時を必要とし、幼年期から成長期は人型生物に近い体型をしているものの、最終的には体長三〇メートルほどの水竜型生物に成長します。先ほどの姿は、成長期に見られる特有のもので、今我々が見ている姿から、水竜型の体に、あなたの体が変化しようとしている証拠ですね。水竜型の体に成長したヌークは非常に強大な魔力を備えますが、強大な種族でありながら、非常に穏やかで非好戦的、あるものはあるがままに、という、自然の流れに任せる性質を持つといわれてます」

「それがヌーク」

 シーヌは胸を詰まらせたようにつぶやいた。

「私はこのレインカースで孤児として育ったため、自分の種族のことをほとんど知りません。また詳しくお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」

「もちろん。私の知る限りの内容であれば、いつでも、すべてお話しします」

 そう言って、ムイムは立ち上がって深々とお辞儀をした。それからふと思い出したかのように、彼はさらに付け足した。

「そうそう、蛇足ながら。本来は知る者の間では秘密の話とされてるんですが、ヌークであるあなたになら明かしても非難はされないでしょう。コーラル・グリーンという次元に、マーマンとヌークのコロニーが現在もあるはずです。マーマンの抵抗が激しく、サハギンも移住を諦めた次元です。機会があれば、一度訪れてみてはいかがかと」

「ありがとうございます」

 シーヌがお辞儀をした。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「良かったわね」

 エレサリアはそう声をかけて、けれど、すぐに声色を正した。

「さて、シーヌ。今日呼び出したのはその話をするためではないの」

「はい、エレサリア様」

 とシーヌがエレサリアを様付けで呼んで。ムイムが僕に推測させた内容が、おそらく正解だという確信を得た。

「私も御相談したいことが」

「そうね。ごめんなさい、シーヌ、私の呪われた体質のせいで、あなたに大変な時代の重責を押し付けたこと、心苦しく思っています」

 エレサリアはゆっくりと頷いた。その両肩には、レインカースで雨に打たれると体がただれてしまう体質を、彼女がどれだけ恨んだかの思いが乗っているように見えた。

「はい、私はもう限界です。ごめんなさい、エレサリア様」

 シーヌが目を伏せて答える。そんな彼女に首を振って、エレサリアは答えた。

「まずは私の話を聞いてちょうだい、シーヌ。今日、私の体質の呪いが解かれました」

 その言葉を聞いて。シーヌの伏せられていた顔が、はた、と上がった。

「では」

「聖騎士と名乗る方が見つかったのです」

 エレサリアが肩越しに僕を見て頷く。僕は促されるままに、一度腰を浮かしてから膝を折ってから、僕は名乗った。

「お初にお目にかかります、聖女様。オールドガイアという次元で、聖騎士の職にあります、ラルフ・P・H・レイダークと申します。本日はご尊顔を賜り、大変光栄にございます」

 レインカースにはこうした礼儀スタイルがないのか、エレサリアが、

「まあ」

 と、驚いたように口元を手で覆いながら声を発した。シーヌは、というと、膝を折る僕を呆然と見つめて言葉をなくしていた。


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