第五章 サンドランド(3)
エレサリアの家で場所の説明を受けた後、僕はフェリアとシエルを連れたまま、資料館と呼ばれる施設に足を運んだ。念のため剣だけは持っているけれど、鎧と盾はエレサリアの家に置いてきた。アンティスダムの集落の中で戦闘が起きるとも思えないからだ。
二人を連れてきたのは、世界というものを全く知らない二人にはいい勉強になるだろうと思ったからだ。そういう意味ではボガア・ナガアも本当は参加させた方がいいのだけれど、エレサリアとの時間を邪魔したくなかったのと、オールドガイアの基本的な言語を習得するのが先だろうと感じたので、敢えて連れてこないことにした。
「すみません」
と断って資料館の中に入る。中は意外に広く、所狭しと書架が並べられていた。入口付近に狭いカウンターがあって、こちらを向いてアンティスダムが一人座り、せっせと何かを書いていた。
「どうされました?」
僕が入口付近で立ち止まっていると、アンティスダムは手を止め、僕に声をかけてきた。
「あ、すみません。次元華が自生しそうな場所の探索を、アンティスダムの代わりに行うことになった者です。危険が少なそうな次元から回りたいと思っているため、そういった情報がないものかとお邪魔しました」
僕が答えると、
「ああ、それでしたら、所長を呼びますので、こちらへどうぞ」
と、カウンターから立ち上がり、応接ソファーがある場所に案内してくれた。
「こちらでお待ちください。すぐ来ると思いますので」
「ありがとうございます」
僕たちはソファーに座って待った。僕とシエルが並んで座り、フェリアは僕の頭の上だ。そして、念のため持ってきた次元目録を三人で眺めていると、紐で綴じた資料を携えた、比較的大柄なアンティスダムが現れた。
「はじめまして。所長のムガロと申します」
彼はそう言って向かいのソファーに座った。
「初めまして。ラルフ・P・H・レイダークと申します。お忙しいところありがとうございます」
僕が名乗りながお礼を言うと、ムガロは首を振った。
「いや、お礼を言うのはこちらの方です。ゲルゴから話は聞いております。不甲斐ない我らに変わって次元華を栽培できる次元を探していただけるとか。そのような親切な方に協力せず、何の資料館でしょうか。だいたいの御用向きは受付の者から伺いました。比較的安全な次元がないかをお知りになりたいと」
「はい、お恥ずかしながらこちらも冒険に不慣れな者が多いのです。戦闘経験のない者にいきなりドラゴンを倒せと言っても不可能なこと、まずは身の丈に合いそうな場所で経験を積ませたいのです」
事情を説明すると、僕は手元の次元目録を見せて言った。
「あまりにも載っている対象が多くて、調べきれないのが実情で」
「事情は分かりました。こちらに我々の仲間が訪れたことがある次元について綴じた資料があります。こちらのファイルは我々が危険度D以下、つまり、平和であると判断した次元のものになります。そちらが持っている目録と照らし合わせてみてはいかがでしょうか。ただ、逆に言えば我々が一度次元華を植えたことがある地になりますので、次元華が栽培できる可能性は低いことだけはご了承ください」
僕はその言葉に、けれど異論があった。だから僕の異論が正しいかを確かめるため、ムガロに質問を投げかけてみることにした。
「失礼ながら、こちらの次元でのゲルゴの行動などを見た限りの感想ですが、アンティスダムの方々の方針として、現地の生物とは積極的に交流は持たないようにはされていませんか?」
「はい。その通りですが、それが何か?」
ムガロが怪訝そうにう僕を見た。僕が説明する前に、僕の頭の上でフェリアが言った。
「それだとその次元にどんな土地があるかを、ちゃんと把握するのって無理じゃないんですか?」
「うん、その通りだと思う。いい意見だ、フェリア」
彼女の素朴の疑問を僕が褒めると、フェリアは少し嬉しそうに、
「私にだってそれくらい分かります」
と照れ隠しを口走った。僕は短い笑い声をあげてから、ムガロに対して僕たちの考えを伝えた。
「サンドランドのように変化のない土地であればそれでも十分ですが、オールドガイアなどジャングルから砂漠、湖沼や海洋、火山、氷山まであるような次元だと、現地の者とのコミュニケーションなしに適切な施行はできないと考えています。そのため、一度アンティスダムの方が訪れた地でも、再試行の余地は間違いなくあると考えています」
「なるほど。ふむ。いや、確かにそうですね。そんなにも施行する地域によって変わるものですか」
アンティスダムには想像がつかないようだった。どこまで行っても砂と岩の地の住民では仕方がないのだろう。
「はい、植物とは少し違いますが、例えば、我々の次元オールドガイアに、フェアリーとピクシーという外見がほとんど同じ種族がいます。この二つの種族はよほど詳しい者か、独自の区別手段を持つ者でないと判別がつきませんが、全く別の生態を持っています。フェリアの同族であるフェアリーは森林のみで子供を成し、一方、彼女たちの親戚ともいえるピクシーという種族は、草原でのみ子供を成します。両者は子供が生まれる環境の条件が異なるため、住む土地を交換しようものなら種として子孫が残せずに滅んでしまうのです。そのように、現地の者でないと分からないことはあるものです」
僕がムガロに説明すると、驚いた声が別の所から上がった。
「そうなんですか?」
なんということだろう。自分に関わることなのにフェリアが知らないのは意外だった。
「そうだよ。ピクシーはとても不思議なひとたちだ。彼等は子供が欲しいと強く望んだ時、ピクシーストーンと呼ばれる小さな宝石のような球を、草原に咲く花を通る風から生成する。これには子供を持つことを望む一対の男女が必要だけれど、そのうちのどちらかがピクシーであれば生成できるといわれていて、ピクシーと人間の組み合わせなどでも生成できるんだ。そしてそのピクシーストーンを一定期間愛情をもって大切に守ることで新たなピクシーが生まれるんだ。たとえピクシーの男性と人間の女性の組み合わせでも、必ずピクシーが生まれるよ。もちろん、ピクシーの女性は他の種族と同じように体内で新たな命を授かることもできるけれど、その場合には必ず相手の種族の子供が生まれ、ピクシーが生まれることは絶対にない。そしてその場合に限り、草原の花の風は必要ないので、土地柄は選ばない。けれど、あまりにサイズが違う相手の子供を身籠ってしまうと、嬰児の大きさが、母体の体内で成長させられるサイズを超えてしまい、不幸な結果にしかならない」
僕が説明すると、フェリアは言葉にならない不思議そうな声を上げた。それから彼女は、
「フェアリーはどうなんですか」
と、興味深そうに聞いてきた。僕は、フェアリーについて、詳細にフェリアに説明すべきかを迷ってから、正直にすべてを話すことにした。
「フェアリーの命の授かり方自体は他の種族と変わるところはない。ただ一つだけ条件があるんだ。それは樹木の気が濃い場所であること。つまり森林に囲まれた土地でない場合、絶対に子供を授かることはない。逆に森林に囲まれた地であれば、屋内や地下であっても子供を授かることができる。ただ、とても奇妙なことに、ピクシーの男性と、フェアリーの女性の間では、フェアリーの女性が子供を身籠ることはないんだ。そして、フェアリーの男性とピクシーの女性の場合、必ずピクシーかフェアリーのどちらかで生まれることになるから、ピクシーとフェアリーの混血は存在しない」
僕の話に、フェリアは複雑そうな顔をした。無理もない話だ。もしフォーナが捕らえられたのがサレスタス盆地のような森に囲まれた場所でなければ、ハーフインプの子供が生まれてくることはなかったということのだから。
「フェリア、君は今、フェアリーとインプのハーフとして君が生まれたことが、不幸な偶然だと思っているね。でもそれは違うよ」
「そうは思っていません。ただ、よっぽどの必然だったんだなって。だから母は私を愛してくれたのかなって思うんです」
僕はまたフェリアが自分を否定するのではないかと心配したけれど、彼女は彼女なりに自分を受け入れ愛そうとしているようだった。フェリアはフェリアなりに成長しているのだ。
「ううむ」
と、ムガロが唸る。僕たちの会話は、ムガロの探求心をいたく刺激したようだった。
「先ほどの話、あとでもう一度詳しくお聞かせいただいてよろしいでしょうか。非常に興味深い生態です。ゲルゴから受け取った報告と一緒にぜひオールドガイアの次元情報として残しておきたい貴重なお話です」
その言葉を聞いて、
「私も詳しく教えてほしいです。お願いします」
フェリアもその話題に食いついてきた。
結局その日は、僕からムガロとフェリアに、ピクシーとフェアリーの詳しい説明で時間を費やすことになり、次元目録とアンティスダムが持つ次元の情報の照らし合わせはできなかった。