第四章 次元の海を越えて(7)
僕たちはすぐにセレサルに移った。
もう僕にはストーミーは必要なかった。ストーミーができることなら、だいたいのことができる仲間がいるから。というより、能力としては、それ以上と言っていい。
「到着した」
僕たちを乗せた銀色の大きな鳥がサール・クレイ大聖堂の前で言う。僕たちが降りると、鳥は形を変えてシエルの姿に戻った。シエルの液化金属の体は不定形で、彼女が望むどんな姿にもなれる。
そして、彼女もまた、ムイムやストーミーと同じく、別の次元の生き物で、ストーミーが王都に飛んだ時の感触をつかんで、次元跳躍を習得していた。
僕はその場にいる顔ぶれを眺めた。
思えば、奇妙な一行だ。
コボルドの僕と。
フェアリーとインプのハーフ、フェリアと。
そして、インディターミネート・レジェンダリーという謎だらけの異次元生物、シエル。
ここにはムイムはいない。ノーラと話し合って今後、主様か、ボスか、どちらに仕えるのかの結論を出すように頼んで、王都に残してきた。合流してくるかどうかは、僕には分からなかった。
「夜分に失礼します」
コーレン司祭は夕食中で、幸いなことに、聖騎士レンスや、アルフレッド、僕と一緒に高等訓練を受けた先輩たちもいた。先輩たちは、僕と同じように、まばゆく輝くカレヴォス神のシンボル入りの鎧を着ているのを、誇らしげに見せてくれた。
二人とも正規の聖騎士になれたのだ。僕たちは互いに喜び合った。
「そちらの二人を、我々にも紹介してくれないかね」
コーレン司祭に促されて、僕はフェリアとシエルを皆に紹介した。先輩たちに、
「もう弟子持ちか!」
と猛烈に悔しがられた。
「流石ラルフだね」
アルフレッドが笑った。
「二人とも女の子なのが気になるとか、カレヴォス神の聖堂の関係者エリアに堂々とケリエス神の神官服を着た子を連れてくる度胸がすごいとか、いろいろ言いたいところはあるけれど、とにかく元気そうでよかったよ、ラルフ」
「立派になって」
聖騎士レンスは泣いていた。
コーレン司祭は僕たちに夕食を一緒に食べないかと誘ってくれて、僕は、フェリアとシエルにすこし休んでほしかったから、その言葉に甘えることにした。
大聖堂の皆に今は何をしているのかと聞かれたので、
「実はそのことで話があるんだ」
と、僕は皆に大聖堂に寄ったわけを説明した。
「今、別の次元から来たアンティスダムという種族のひとに協力しているんだ。彼の種族は子供たちの未来に関わる問題が起きていて、僕たちは彼に協力して、ほかの次元の探索に出ようと思っている。長い探索になる。それで、皆とは会えなくなるから、今日はその挨拶に来たんだ。僕たちがこの次元から旅立ったら、僕たちの消息はみんなに届かなくなるけど、必ず元気にしていると約束するから、どうか心配しないでほしい」
僕がそう説明すると、皆、静まり返った。
それから、コーレン司祭がぽつりと言った。
「そうか、頑張ってくるんだよ」
それを口火に、皆が僕たちを激励してくれた。
「誇らしい、本当に誇らしい。それこそまさに献身と自己犠牲の精神です」
聖騎士レンスはもう号泣して、自分が何を言っているのか分かっていないようだった。
「寂しくなるけど、もしぼくの力が必要だったら、戻ってきて呼んでほしい」
アルフレッドはそう約束してくれた。
「次に会うときまでに俺も弟子を持つぜ」
「君より立派な聖騎士になってやるから、ここは任せておけ」
先輩たちはやっかみ半分に頼もしいことを言ってってくれた。
誰も引き留めようとはしなかったけれど、皆、僕たちとの別れを惜しんで泣いていた。この暖かい人たちに囲まれて訓練したからこそ、今の僕があるのだと確信した。
どんなに長い旅でも、きっと歩いて行ける気がした。
僕たちは夕食を終えると、長居はせずにセレサルを後にした。ストーミーがそうだったように、シエルの次元跳躍は一度も行ったことがない場所でも、場所を違うことなく飛べた。鳥になったシエルの背に乗り、僕たちは見たことがない漁村のそばの砂浜にいた。
カレドサーグは小さな漁村だった。村の住宅からは魚を焼く香ばしい匂いが流れてきていて、夕食を終えたばかりの僕も、もう一度お腹がすいてきそうな気分になった。
ケリエス神の神殿はすぐに見つかった。僕は扉の前に着くと、ひしゃげた聖印のペンダントと、フォーナの砂を包んだ布を背負い袋から出した。
僕が神殿の扉をたたくと、二〇才くらいの若い神官が扉を開けて出てきた。
「何の御用でしょう?」
「こちらに、二〇年ほど前にフォーナという名のフェアリーの神官がいたと聞いて、お話があって参りました」
僕が言うと、神官は怪訝そうに僕たち一行を眺めまわし。
「確認してきますので、しばしお待ちを」
と引っ込んでいった。それからしばらくすると、老年の神官と、三〇才代くらいの神官が三人ぞろぞろと出てきた。
「フォーナのことをお聞きになったと伺ったのですが、どのようなお話でしょう」
老年の神官が言い、はた、と僕の手元のものに気が付いたように言葉を詰まらせた。
「フォーナです」
僕は彼らに告げた。それからフォーナの神官服を着たフェリアに前に出るように促し、僕は彼女を神官たちに紹介した。
「フォーナの娘さんで、フェリアと言います。探索の途中で、この子と、フォーナだった砂と出会ったので、こちらにお知らせに参りました」
僕が言うと、三〇代くらいの神官たちが泣き崩れた。老神官は、
「彼らは、見習い時代、フォーナに教育をうけた者たちなのです」
と、教えてくれた。それから、フェリアの姿を眺めまわし、
「この姿は……まさか」
と、悲しそうに首を振った。
「詳細を説明しても、つらい思いをするだけでしょうから、こちらからは深くは申しません。ただ、これだけは。フォーナの精神は、確かにこのフェリアが受け継いでいます」
僕が敢えて詳細を省略すると、
「いえ。どうぞ中へお入りください。むしろ詳しい話をぜひお聞かせいただけますか」
神官たちは、僕たちを神殿の中に招いてくれた。
神殿の中の食堂で、僕たちは向かい合って座った。彼らが僕の話を待っていると感じたので、僕は前置きなしで話を語った。
「フォーナは、サレスタス盆地で命を落としました。僕は探索の途中で、捕らえられているこのフェリアと、フェリアの母であったフォーナの、この砂の山を発見しました。見ての通り、このフェリアはフォーナがインプから暴行を受けた末、生まれた子です。ですが、フォーナはフェリアを愛していたと、そう言い残されていました」
僕がいうと、神官たちは口の中でお祈りをしながら、頷いた。
「また、もう一人。こちらの彼女はシエルといいます。フェリアもそうですが、名づけはフォーナです。彼女もまた同じ場所で捕らわれの身となっていました。そして、フェリア同様、フォーナに愛されて育ったと言います。この二人は、フォーナの大切な愛娘なのです」
「分かります。彼女は厳しくも愛情深い子でした。そして、いつでも信念だけは曲げない一本筋なところがありました。自分でこうと決めるとどんな危険も顧みない向こう見ずなところもあったので、いつか無茶をするのではないかと心配していたものですが、まさか現実になってしまうとは。何と惨い」
老神官が力なく答えた。僕は、聖印を手に先をつづけた。
「彼女たちを苦しめたのは名もない悪魔と、たいした力も持たない女魔法使いでした。彼らには、僕が、しっかりと断罪を与えました。それで、こちらにお知らせに来た方が良いかと思い、聖印をお持ちしました」
「ありがとうございます」
老神官は僕が差し出したそれを受け取ってくれた。
「それともう一つ。彼女はフェアリーです。フェアリーは死ぬと砂になり、風に溶けて自然に帰ると言います。彼女の原点であるこの神殿の、村が見渡せるバルコニーで、彼女の砂を、娘さんたちと一緒に、風に流したいと思っています。お許しいただけますか」
僕が尋ねると、
「ぜひそうしてください。私たちにも一緒に流すことお許しいただけますか」
神官たちは快く僕たちをバルコニーに案内してくれた。僕たちは一掴みずつフォーナの砂をもち、それぞれに祈りの言葉をつぶやいて、海から吹いてくる夜風に流した。
「フォーナの魂が、安らぎの中にありますように」
僕がケレヴォス教団の鎮魂の祈りを口にすると、
「母の魂が、安らぎの中にありますように」
フェリアとシエルは、僕に続いて祈りの言葉を囁いた。
フォーナの声は聞こえてこなかった。