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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第一章 聖騎士見習いとして(6)

 街の人が僕のことを知っていると分かると、とても心強い気がした。ご婦人と別れた後も、道行く人たちから何度も声をかけられた。

 だいたいの人が、僕のことを受け入れてくれていた。中には顔を背ける人、足早に去っていく人もいたけれど、思ったより多くなかった。

 トラブルもなく、住宅地区と市場地区をつないでいる門に着いた。門の手前で転びそうになった小さな子を抱きとめた程度で。

 コボルドが小さな男の子を抱える絵は、誘拐にしか見えないかもしれなかったけれど、男の子も、そばにいた両親も、騒ぐことはなくて、お礼すら言ってくれた。

 いよいよ門のそばに着くと、僕は足を止めてしばらく見上げていた。大きい門だ。門を眺めていると、門を守っている兵士の一人が近づいてきた。

「コボルド君、あまりおのぼりさんみたいにしていると、スリ被害にあうから注意するように。嘆かわしいことにこの街にもコソ泥はいる。もっとも聖騎士を目指して訓練中のコボルドなんていう猛者を標的にする度胸が、奴らにあるかは怪しいがね」

「ありがとうございます。こうして地面に立って見上げると、とても立派な門で、思わず見入ってしまいました」

 本で見た絵では分からない、馬車の中からでは全容が見にくかった、大門の荘厳さに、僕は自分が信じられない場所にいる、と感じていた。

 半ば腐った廃屋を住処としていたコボルドの群れに生まれ、人間の集落への襲撃の見張り役をしていたコボルドの子供が、今では人間に交じって都市の大門を見上げている。とても不思議な気分だった。

「そうか、我々が美しいと思う門は、君が見ても美しく感じるのだな」

 兵士さんの言葉に、僕もすこし泣きそうになった。本来なら敵対しか選択肢がない僕らも、同じものを見て、美しいと同じ感想を持てることが、とても素晴らしいことのように思えた。

「はい。とても美しいと思います。っと、用事があるので、忘れないうちに行きます。ありがとうございました」

「ああ、気を付けてな。もし困ったことがあれば兵士を探すように」

 兵士さんと別れ、僕は門をくぐった。市場地区は農産物や肉、魚介など様々な食材を扱う店や、織物などを扱う布屋、金物などを扱う雑貨店などが多く集まっている。僕は大聖堂でもらった街の地図を背負い袋から出し、目当ての店を回った。

 とにかく白金貨を手元から一刻も早く手放したい思いで、さっさと支払いのある店を回る。思ったよりも楽に済み、持たされたお金を盗まれたり、失くしたりすることもなく、無事にすべての支払いの用事を済ませることができた。

 次に、注文を入れなければいけない店を回る。これは少し手間取った。特に野菜の注文がたいへんだった。トマトに品種があるなんて聞いていない……店の人にいつもはどれを仕入れているのか調べてもらい、なんとか事なきを得たけれど、これについては、ちゃんと品種を言ってくれないと分からないと帰ってから指摘できるように、メモを取っておくことにした。

 ようやく大聖堂で頼まれた用事も終わり、自由時間になる。僕が見たい店は、ほとんど冒険者向けの品物で、交易地区へ行く必要がある。けれど、交易地区は街の外から来た旅人なども多い地区だ。大聖堂に足蹴く通ってお祈りしている街の住人が多い市場地区以内とは違い、用心が必要な場所になる。僕は荷物やお金を盗まれないように、十分に背負い袋やコイン袋のひもと、それから、腰に下げた、カレヴォス神のシンボル入りのさやに納まった短剣を確かめて、門へ向かった。

 そして、門を抜けていくらも歩かないうちに、早くも問題に突き当たった。

「おい」

 明らかに警戒した声がかかる。

「モンスターがなぜうろついている」

「はい、このシンボルのとおり、大聖堂の一員なので」

 来た、と思った。僕は大聖堂で預かった支払い用のコイン袋を見せながら答えた。

 遠巻きだけれど、囲まれている。人数は五人だろうか。

 交易区域での冒険者同士のトラブルも結構頻繁にあるのか、人通りは結構多いのに、周囲の人は気にも留めていないようだった。

「コボルドが? 文字もろくに読めないんじゃねえのか?」

「いえ、それは勉強しました。読めますし、書けます」

 そう答えると、口笛の音が返ってきた。

「マジかよ。すげえなお前。大聖堂ってことは神官の見習いか? まさか聖騎士じゃねえよな」

「そのまさかなんですよ。自分でも驚いていますけど、僕は聖騎士の見習いなんです」

 腰のシンボル入りのさやを見えるように上げ、答える。すると、急に剣呑な空気が消えた。

「なんてこった。とんでもないやつだな。あー、脅してすまなかった。そりゃそうだわな。ただのモンスターが市場地区からくるわきゃねえわな。悪かった」

 無精ひげを生やした男の人が歩いてくる。金属片を繋げた鱗鎧を着て、大きな鉾槍を担いだ男の人だった。

 少し遅れて、遠巻きに僕を囲んでいた人たちも警戒を解いて近づいてきた。

 巻き上げ弓を手にした、背の高い人間の男の人が一人。長い杖を持ち、革製の胸当てを付けたエルフの女性が一人。短刀で武装し、フード付きの革鎧の小柄な人間の女性が一人。ローブ姿に仮面で風体を隠した、性別や種族不明の人物が一人。さらに、男の頭の上に、虹色の髪のフェアリーの女の子が飛んできてとまった。五人でなく六人いたようだ。実際フェアリーの気配は気づきにくいので仕方ないなと、そこはあきらめた。

「俺は、ディル。そっちの弓持った奴がスティンだ。エルフがライナで、そこの胡散臭い二人がケイとグロード。俺の頭の上の生意気そうなのが、ロージーいてっ」

 最初から姿を見せていた男の人、ディルが、全員を紹介してくれるなか、最後に紹介されたロージーがディルを小突く。

「誰が生意気そうだ。ええと、そんなことないからね。優しい優しい可愛い妖精さんですよお」

「皆さん、冒険者のお仲間でしょうか。にぎやかでうらやましいです。僕はラルフといいます。サール・クレイ大聖堂で聖騎士になる訓練を受けている見習いです。街の中を堂々とコボルドが歩いていたら警戒しますよね。すみません」

 僕が名乗ると、ディルの頭の上のロージーが、ディルの頭をもう一度小突いた。

「ほらご覧よ、だからモンスターの侵入じゃないって言っただろ。あんた街の人たち敵に回す気かい。まったくこのどうしようもないノータリンのロクデナシが……はっ、なんでもないですよお。可愛い可愛い妖精さんはそんなこわいこと言わないですよお」

「いえ、たぶんもういろいろと手遅れです、姉さん。とりつくろうのはあきらめましょう。話が進まないですし、まずは謝らないと」

 フード姿の女性、ケイがため息をつく。

「さわがしくってすいやせん。見ても通り、あたしら流れの冒険者で、いえね、ラルフのぼっちゃんのことは宿でも聞いてたし、街の中じゃ誰でも知ってるちょっとした噂話なんすよ。でもさ、一応そうじゃないコボルドだったらってうちのリーダーがね。ほんとすいやせんでした」

「いえ、大丈夫です。モンスターに警戒するのは正しい反応ですから、気にしないでください」

 僕は少し彼らの勢いに気後れしながら、笑って見せた。だいぶぎこちない笑顔だったかもしれない。それに、ふと気になったけれど、僕が笑って見せて、人間から見て笑顔だって認識してもらえているのだろうか。

「優しい。ねえ、このリーダー放り出して、この子リーダーにしませんか? うちのロクデナシよりずっといい子なんですけど」

 エルフの女性、ライナが冷ややかな目をディルに向けると、仮面の人物、グロードが、低い笑い後を漏らした。

「そうしたいのは我もやまやまだが、われらのような流れ者のリーダーを未来ある聖騎士見習い殿に押し付けるのは、忍びなかろう」

「そりゃ違いない。だってよ、ディル。追放は免除してやるってさ。みんな優しくてよかったねえ……とはいったものの、この子はどう見ても外れだね。どうしたもんかねえ」

 苦虫をかみつぶしたような顔をしたディルを無視して、ロージーが困ったように言う。その言葉が、気になった。

「何かあったんですか? 良かったら……いえ、何でもないです」

 手伝えることがあれば、と、言いかけてやめた。彼らは冒険者だ。こういう言い方をするということは、間違いなく何かの依頼をこなしている最中なのだろう。それを見習い程度の腕前で手伝ったところで、足手まといになるだけだ。

「えらいな、君」

 ロージーがうなずいた。彼女の目はまっすぐに僕を見ていた。髪と同じで、虹色をしていた。

「よく言いかけて止めた。あんたいい冒険者になるのに、惜しいねえ。真面目に堅苦しい聖騎士見習いなんてやめて冒険者に鞍替えしないかい? あんた自分の実力じゃあたしらを危険にさらすだけだと思って今言いかけたのをやめたろ。そいつはいいセンスだよ。そいつができない奴はいつだって余計なことをしてパーティーを全滅させる」

「はい、覚えておきます」

 僕はそう言って彼らと別れた。

 そのあとは、予定通り、手入れの練習用にロープやランタンといった冒険用品をいくつか買い込み、大聖堂に持ち帰った。少なくとも僕の初めての外出は命の危険が起こることもなく、無事、大聖堂に帰り着き、頼まれた用事もすべて終わったことを報告した。野菜の品種の件は想定外の対処する練習のため、わざとだったことを知った。

 それから数日がたったある日。

 偶然、ディルのパーティーが、彼らと会ったあの日を最後に、探索から戻ってこないという噂を聞いた。お祈りに来た街の住民が立ち話をしているのを耳にしたのだ。

 噂話を耳にしたのは、ひどい雨の日だった。

 あの時、僕が彼らの探索に手を貸していたらどうなっていたのだろうと考えた。答えは出なかった。

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