第四章 次元の海を越えて(5)
予想通り、一五体のほうは何の問題もなく制圧した。そして、いちばん奥の部屋の前に着いた僕たちは、作戦通り扉の前に待機し、ムイムだけが転移のために消えた。
部屋の中から騒ぎの声が聞こえてくる。それを合図に、僕たちは一斉に踏み込んだ。
そして、僕たちが見たのは、ムイムに跪くラクサシャ達の姿だった。驚きながら、ラクサシャ達の間を抜けて、ムイムのそばに行くと、ムイムのそばで倒れている首領と思しきラクサシャの姿が目に入った。
「どういうこと? どうなったの?」
「はい、思いのほか首領が弱かったようで、一発殴ったらこうなりました。コボルドの群れなどと一緒ですね。ラクサシャの社会は、王を倒した一番強い者が王として君臨する社会のようです」
ムイムがそう言って、周囲を見渡した。
「四〇名ですか。ふむ。少しお時間をいただいても? 我々の次元に連れ帰り、使役することにします」
それから僕に許可を求めてきた。当然断る理由もないので、僕は彼の提案をのんだ。
ムイムがラクサシャ達を連れて消え、部屋の中ががらんとする。
「釈然としないけど、これで終わりかな」
僕が言うと、もっと釈然としない顔でレグゥが言った。
「妙だな。次元華がねえ気がしねえか?」
確かに。言われてみれば、見かけなかった気がする。そんなとき、ボガア・ナガアが床の一部を叩いて言った。
「ボスここ。階段ある」
よく見るとその床は開くようになっていた。僕たちはその下の階段を降り、施設の地下に向かった。
施設の地下には、かなりの数の次元華が保管されていた。けれど、ラクサシャ達が占拠して正しく管理されていなかったからだろう、見たこともない大きさのクローラーが無数に這いまわり、次元華を貪っていた。
「これは! 片っ端から駆除しなければ! 急ごう!」
次元華をなるべく傷めないように。
僕たちはクローラーを斬って回った。それでも、クローラーの数は多く、斬っている最中にも無数に地面から穴を開けて這い出てきた。
きりがない。僕はそう判断した。
「レグゥ、ボガア・ナガア、可能な限り次元華を回収するんだ。ここはおそらく放棄するしかない。数が多すぎる」
「それしかねえな」
邪魔なクローラーだけを倒し、無事な次元華を回収する。ムイムが戻ってきて、状況を見るなりすべきことを理化してくれて、回収に加わった。
「ムイム、レグゥ、ボガア・ナガア。一回ゲルゴの家に行こう。状況を説明して、ゲルゴやフェリア、シエルにも回収に加わってもらった方がいい」
「承知しました。確かにそのほうがよさそうです」
ムイムが頷く。皆すぐにムイムのそばに集まった。
真っ黒い渦が僕らを包み込む。次の瞬間、僕たちはゲルゴの家の前にいた。
「ゲルゴ、いる?」
声をかけると、すぐにゲルゴは扉を開けて出てきた。そして、次元華を両手抱えた僕たちを見ると、すぐに中に入れてくれた。
「悪い知らせがある。盗賊団は撃退したけれど、貯蔵施設の地下室がクローラーでいっぱいだ。次元華を食い荒らしている」
「なんと」
ゲルゴはすぐに話を理解してくれた。
「フェリア、シエル、来てくれ。掃除は中止だ。手伝ってほしいことができた」
僕は家の奥にいるであろう二人に声をかける。二人は疲れ果てた顔で、箒を手に出てきた。
「貯蔵施設の地下に保管されている次元華がクローラーに食い荒らされている。おそらくラクサシャに施設が占拠され、適切に管理できていなかった弊害だ。クローラーが次から次へ湧いてきて、駆除はとても無理だ。だから、無事な次元華のほうを回収してくる必要がある。一人でも人手が欲しい。手伝ってもらえないか?」
僕はゲルゴ、フェリア、シエルに状況を説明した。ゲルゴは自分たちのことなので当然回収すると言ってくれたし、フェリアやシエルは、掃除を終わりにしてくれるなら、と承諾してくれた。
すぐにムイムの転移で、全員を連れて貯蔵倉庫に戻る。僕たちはそうやって、まだクローラーに食い荒らされていない次元華を、ゲルゴの家に退避させ続けた。
粗方終わるころになると、ゲルゴの家の空き部屋は次元華でいっぱいになった。
けれど、それは地下施設に保管されていた量からすると、わずかな量でもあった。
「なんたることだ」
ゲルゴが嘆く。
「当面は大丈夫だろうが、これでは今後生まれてくる子供たちを助けられぬ」
「これはあなたの次元にもともと自生している花なの?」
僕が聞くと、ゲルゴは短く首を振った。
「分からぬのだ。少なくとも現在の我々の次元では根付かせることができなかった」
「それでもだ、足りないのであれば増やすしかない。僕も一度王都に戻って文献を漁ろう。なにか情報が見つかるかもしれない。次元華を一本預かってもいいかな」
僕は言った。
「とにかくこれは急務だ。それと、見て分かったと思うけど、別に綺麗な保管場所を用意する必要がある。それもゲルゴの次元の人たちと協議すべきだと思う」
「次元華は一本であればお持ちいただいて問題ない。新たな保管場所については仲間と協議しておこう。いろいろと世話になるね。本当にありがとう」
ゲルゴは頷いた。
それから、僕はレグゥに言った。
「いろいろ協力してくれてありがとう。助かったよ。僕たちはいったん王都に戻るから、すまない、ここでお別れさせてもらうよ」
「ああ、こっちこそ世話になったぜ。また会おうぜ」
バタバタした別れの挨拶になったけれど、オークの長であるレグゥを王都に連れて行くわけにいかないから仕方がない。それから、僕はボガア・ナガアにも顔を向けた。
「本当に助かったよ、ボガア・ナガア。先代ボスに伝えてくれるか。群れは任せる。達者で暮らせって」
「分かった、ボス。俺伝える。ボスも元気で」
ボガア・ナガアは何度も頷いた。それから僕があげた二本の短刀を見せ、
「俺、大事にする。ピカピカの剣大事に使う。これ忘れるとボス困る。返す」
と言った。返すと言って差し出してきたのは、僕の工具だった。返してもらうのを忘れるところだったので、正直助かった。
「あ、ボス」
思い出したようにボガア・ナガアが言った。
「テント。テントどうする?」
忘れていた。テントを張りっぱなしだ。何だか、昨日のことなのに、テントを張ったのが随分前に感じられた。
「私が回収してまいりましょう」
ムイムがそう言って消えた。
ムイムが返ってくるまで少し時間ができた。僕はフェリアとシエルを呼んで話を始めた。
「そういえば二人には言っていなかったから、少し説明するね。僕はこの国の王都で、王家の別邸に今、厄介になっている。これから帰るのはその場所だ」
「え」
フェリアが言葉に詰まった。理解が追い付いていない顔で、
「あの、その。それは、あの。こんな格好で、大丈夫でしょうか」
しどろもどろのことを言った。
「お母さんの形見をこんな格好というもんじゃない。大丈夫、ノーラもいるから」
僕は笑って答えた。
「でも、すぐに別の街に行くことになるかもしれないから、長居できないかもしれない」
「そうですか」
「残念」
二人は残念そうに僕を見た。僕はそんな二人を順番に見て、謝った。
「だから、家の人に君たちを紹介する時間はないかもしれないけど、許してほしい」
二人は頷いた。僕はそれから、もう一つ付け加えた。
「それから、別邸にはノーラとそっくりなエレという女の子がいる。驚くかもしれないけど、いい子だから安心して」
ムイムが戻って来た。テントはしっかりたたまれている。どこかで覚えてきたのだろう。
ゲルゴから丁寧に布で包まれた次元華を預かり、荷物に入れる。王都への帰還の準備ができたので、僕たちはゲルゴの家の前に移動した。
「ストーミー!」
僕が叫ぶと、大氷穴の中だというのに、場所を間違えることなく、ストーミーは空間を斬り裂いて現れた。
「セレスティアル・ホースか」
ゲルゴが感心したような声を上げた。
「実物は初めて見る。なるほど素晴らしい馬だな」
「セレスティアル・ホースってなんですか?」
フェリアが首をかしげて言った。
「一言で言うと、神馬かな。ノーラの馬だよ」
僕が答えると、フェリアは、ノーラの馬なら何となくわかる気がする、と頷いた。