第四章 次元の海を越えて(4)
「それにしても、ついてきていたんだ」
何故彼がついて来ようと思ったのかが分からず、僕は彼に聞いた。
「助かったけど、どうしてついて来ようとしたの?」
「ボス、ピカピカの剣くれた。でも俺ボスの役立ってなかった。俺役に立ちたい」
ボガア・ナガアはしゅんとして言った。
「でも追い返される思った。だから俺隠れてついてきた」
そういう事か。確かにこうしてみるまで彼の実力は分からなかったし、たぶん言葉でついてきたいと言われても、僕は断っていただろう。
「そうだね。それにしても、すごいタイミングで出てきたね」
「俺ずっと隠れて見てた。ボス罠の細工うまい。でも鎧の指やりにくそう。時間かかってた。だから俺、危ない思った。間に合わない思った」
ボガア・ナガアの判断は正しかった。僕があのまま罠いじりを続けていたら、誰かが脱落していただろう。彼がこっそり尾行してくれていたことに、感謝しかなかった。
「ありがとう。助かったよ」
「俺、ボスの指やる。俺罠はずす。工具貸してほしい」
と、ボガア・ナガアが工具を手に言った。僕はもちろん頷いた。
「助かる。それも君が持っていてくれ」
そして、ふと気になった。
「ムイム、聞きたいんだけど。彼がいることに君は気が付いていた?」
「いえ、恥ずかしながら、誰かいる気はしていたんですが、所在までは。そういえば、アストラル界から見た時も、分かりませんでしたね。気配を消す達人であれば、私がアストラル界から見ても分からないことはあります」
ムイムは首を振った。何という事だろう。彼の修練の賜物か、天性のセンスか。たぶん両方なのだろう。
「なんて隠密技術だ」
「あー、そういやそうだな。こいつら一回隠れると見つからなくてなあ。俺たちもしょっちゅう逃げられてたっけな」
レグゥが言う。
「待てよ。こいつら言葉さえ教えりゃすげえ有能な斥候なんじゃねえか? 遊撃隊もありだな。うちで一緒に傭兵やってくれねえかな」
「俺たち、ボスがやれいうならやる。たぶんみんなやる」
ん? 僕はふと首をひねった。
「あれ? 通訳魔法って、まだ有効なの? ボガア・ナガアとレグゥが、まだ普通に会話できているんだけど」
ムイムに聞いた。
「む? いやいやいや、私のは解かれない限り永続ですよ」
ムイムはそう言って、少し考えた。
「もしかして、お気づきでない? 初めてお会いした時にボスにもかけたんですが。ひょっとして、私と普通に言葉が通じると思われていたとか。いやいやいや、まさかですよね」
「ムイムが僕たちの言葉を理解しているのかと思っていたけど」
初めて知った事実だった。全く気が付かなかった。
「もう少し魔法の修業しましょう、ボス。それは非常に危険です。魔力感知くらいはできたほうが良いです。抵抗もしないから妙だとは思いましたが、まさか気が付かれていなかったとは」
痛いところを突かれた。ムイムの言うとおりだ。僕は正直魔法には疎い。
「ほかに掛けたのは?」
僕が聞くと、
「フェリアとシエルには掛けました。二人とも気が付いていましたよ。気が付かなかったのはボスだけです」
ものすごくあきれた声で、ムイムがそう告げた。
「敵意があって使われる魔法の魔力はすぐにちゃんと感知できるんだよ。練習はしたんだ」
僕が首をひねると、
「ああ、なるほど」
ムイムが合点がいったように頷いた。
「それならば問題ないでしょう。なるほど、そのように特化することが可能なんですね。あまり例を見ない特化技術なんで、いずれ、どのように練習されたかを教えていただいても?」
「簡単だよ? 殺気も魔力も基本は一緒だよ。空気の匂いで分かるよ」
僕が言うと、
「なんだそりゃ」
と、レグゥが笑った。
「それで分かるのはたぶんボスだけです」
ムイムに心底あきれたように言われた。
僕は釈然とした思いで、
「そうかなあ」
盾をひょいと掲げて、突然飛んできた氷の塊を天井に向けて弾いた。
「ほら、簡単だろう?」
倒れたまま魔法を唱えたラクサシャの所へ歩いて行って、とどめを刺す。
「一体生きていたね」
僕が言うと、ムイムとレグゥに盛大に笑われた。
「ボスすごい。俺にもできる?」
褒めてくれるのはボガア・ナガアだけだ。僕はだいぶ覚え方を間違えたのかと、不安になった。
「いや、特技だと思うぜ。すげえ特技だ。ただ、普通に魔力感知覚えたほうが絶対楽な、大道芸なだけで」
レグゥは笑いながら答えた。やっぱり間違っているんじゃないか。
「いやいやいや。しかしまあ、それがボスの個性なんでしょう。敵意がある魔法に反応できればやり方は問題ではないですよ」
ムイムがそう言って笑うのをやめた。
「ただまあ、私については、必要だったのはあの時だけで、すぐにこちらの次元の言語を解析しましたんで、無理はないかもしれません」
「君は本当に多芸だなあ。どこで身に着けたのかそっちの方が興味があるよ」
僕は考えてみるとムイムのことをそれほどよく知らないことに気が付いた。ムイムに尋ねると、彼は、少し黙り込んでから答えた。
「生まれつき、と言っていいでしょう。そもそもスケープ・シフターというのは次元渡りから来ている名称ではなく、視野同化、いわゆる記憶読取の能力からついた名称です。たいていの生命体であれば、記憶を少々覗かせていただけますんで、生息する次元の情報を短時間で学習することが可能です」
「すごい怖いんだけど」
僕が言うと、
「他人の記憶など、覗いて面白いものでもありません。必要がない限り覗こうとは思いません」
ムイムはそう言って笑った。
それから、僕はムイムと話していて、ふと気が付いた。
「そういえば、よく考えたら」
僕は少し気が付くのが遅かったかも、と思いながら言った。
「この探索って、ラクサシャがどこにいるか、一回りムイムに先に見てきてもらった方が早いんじゃ」
「必要であれば、今からでも」
ムイムが言うので、僕は頼むことにした。
「そうだね、頼むよ」
ムイムはしばらく姿を消し、それから、何かを持って戻って来た。
「良いものを見つけました。これを見ながら説明しましょう」
そう言ってムイムが広げたものは、この施設内の地図だった。それを皆に見せながらムイムが説明する。何故か一番見やすい位置にちゃっかりボガア・ナガアが居座っているのが少しおかしかった。
「まず、この並びにはもうラクサシャはいません。十字路に戻って問題ないです。逆側ですが、奥側二番目の部屋に一五体、出口方向にはいません。十字路から奥へ進んだ部屋に首領と思しき他の者より大柄なラクサシャが一体、その周囲に二〇体の手下。左右の部屋にも伏兵として一〇体ずつのラクサシャが潜んでいます。それで全部ですね」
「まずは一五体のほうかな。そっちは問題ないだろう。問題は首領含めて四一体との乱戦になる奥の部屋だね。負けることはないと思うけれど、ちょっと面倒だね。何かいい方法はないかな」
僕が腕を組んで唸ると、ボガア・ナガアが言った。
「俺思った。俺たち、部屋外で待つ。ムイム飛ぶ。敵のボス殴る。俺たち入る。敵混乱しないか?」
皆が顔を見合わせた。意味が分かったか、という顔だ。少し考えて、僕は、
「ああ、そういうことか」
と理解した。
「ボガア・ナガアはこう言っているんだ。一旦僕たちは部屋の外で待機、ムイムだけが部屋に転移して首領に奇襲。そのあと僕たちがなだれ込めば、混乱したラクサシャ達が勝手に瓦解するんじゃないかって」
「やってみる価値はあるやもしれません。万が一奇襲に失敗しても、再度転移して合流すれば危険は最小限度に留められます」
ムイムも頷いた。
それ以上に案も出なかったので、僕たちはその作戦で行くことにした。