第四章 次元の海を越えて(2)
「すぐに行くの構わぬが、一つだけ問題がある」
ゲルゴのその一言がきっかけだった。
すぐに行こう、と言ってからもう三〇分以上も喧々諤々の議論が続いている。
「私が次元間を運べるのは五人までなのだ」
という発言が発端だ。それはゲルゴを含めて五人という意味だった。
この場にいるのは。
僕。
レグゥ。
ムイム。
フェリア。
シエル。
そして、ゲルゴ。
六人いた。誰かが残らなければならないということを意味していた。
まず、僕とムイムは確定だった。ムイムが行かなければ帰って来られないし、僕が行かなないのであれば協力する筋合いはない、とムイムが告げたからだ。
「私を置いていくなんて薄情なこと言わないですよね、師匠」
と主張するフェリア。
「私は戦力になる、先生」
と主張するシエル。
「筋肉馬鹿は置いていけばいい」
二人がそう暴言を吐くのを、
「フェリア、シエル! こら! なんてことを言うんだ!」
叱りつける僕。
「言われ慣れてるからよ、そんなに怒鳴ってやるなよ」
と仲裁するレグゥ。
明らかに収集が付かなくなっていた。
ある程度は僕のせいでもあるのだけれど、もとをただせばフェリアとシエルのわがままだ。僕は強制的に議論を終了させることにした。
「時間の無駄だ、僕が決める!」
しん、と静まり返る。
「まず、僕。それと、ムイム。あとはレグゥ。この三人で行く、以上」
僕はきっぱりと言った。
「ゲルゴさん、すみません、僕たちを施設に送った後、二人をあなたの家まで連れ帰ってもらえますか?」
僕がゲルゴに聞くと、
「かまわぬが」
彼は意図を測りかねるように、釈然としない声で答えた。
「どうしてですか」
「横暴」
抗議する二人に、僕は眉間にしわを寄せながら言った。
「フェリア、シエル。二人には他人に暴言を吐いた罰として、ゲルゴの手伝い、そうだな、ゲルゴの家の掃除を命じる。しっかり反省するように。どんな理由があれさっきの暴言を見過ごすことはできない」
それからまたゲルゴに言う。
「ゲルゴさん、そういう事なので、二人にはあなたの家の掃除をさせてください。こき使ってもらって構いません」
「ふむ、確かに何らかの軽罰が必要な、軽率な発言であったことは確かだね。了承した。二人はお預かりしよう。しっかりと働かせると約束する」
ゲルゴも了承してくれ、フェリアとシエルは残って連行されて行くことになった。これで人数については解決したわけだ。
次元転送は少し広い場所のほうがいいと言われ、オークの居住地の外、少し離れた場所で行うことになった。
よさそうな場所をレグゥに案内してもらい、ゲルゴが問題ないと判断した場所で、転送を行ってもらう。
問題ない場所はすぐに見つかった。
ゲルゴが集中に入り、地面に光でできたサークルが浮かび上がる。それがまばゆく輝いた時。
僕たちは気が付いていなかった。一人の乱入者がサークルの中に飛び込んできていたのを。
ともあれ、転送は無事に成功し、僕たちはゲルゴが貯蔵施設と呼んだ巨大なドームから百メートルほどの岩陰に立っていた。ゲルゴの家と同じ材質でできているらしい、かなり大きなドームだった。
「私自身は出入口までしか入ったことはないのだが、中はそれなりに複雑な構造になっていると聞いている。気を付けて探索してほしい」
ゲルゴはそう言って帰って行った。
周囲を見渡す。細かい砂で覆われた地面と、ごつごつとした岩の塊ばかりの不毛な大地だ。
見える範囲に植物は見当たらなかった。
ドームのほうを伺うと、見張りと思しき大柄の人影が立っていた。人間の体格に近いけれど、体は獣毛で覆われている。頭は猫科を思わせる見た目をしていた。
「ラクサシャだ」
僕はレグゥとムイムに告げた。屈強な戦士で、個体によっては魔法も使う。主に湾曲した双刀を用いる連中だ。
「どうするよ」
とラグゥに言われた時には、僕はすでに短弓に矢を番えていた。
「ちょっと派手に行くよ」
そう言って、矢を放った。
宙を裂いて飛ぶ矢が、途中で火を噴きだす。矢は赤々と燃えながら、扉の右側のラクサシャに突き刺さった。毛皮が燃え上がるのが見える。
突然燃え出した相方に左側のラクサシャが混乱している間に、僕はそちらにも同じ矢を放った。
「ファイヤーアローたぁなかなかシャレたもん持ってるな」
レグゥが燃え上がる二体のラクサシャを眺めながら、感心したように言った。
「と言っても高いからね。五本しか持っていない」
僕は苦笑した。つまりあと残り三本だ。
僕はドームの様子を伺いながらタイミングを伺った。
中からぞろぞろラクサシャが出てくる。数は八体。上出来だ。
「まずは外で片付けられるだけ片付けよう。囲まれないように気を付けて。足を使って攪乱しながら戦うんだ。突撃しよう」
僕の合図に合わせて、岩の鎧を纏ったムイムと、大剣を担いだレグゥが走る。ラクサシャ達が二人に気づくのに合わせて、僕は一本しかない貴重な矢をドームの出入り口付近に撃ち込んだ。
爆発。
至近距離からの爆風をもろに浴び、五人のラクサシャがまともに跳ね跳んだ。その代わり、騒ぎを聞きつけて、更に六人のラクサシャがドームの中から飛び出してきた。
「エクスプロージョンアローは一本しかない。あとは白兵戦で片をつける」
僕が言いながら走り出すのに合わせて。
「二人は体力温存いただいてかまいませんよ」
ムイムが消えた。次の瞬間、ラクサシャの背後に出現して三体まとめてなぎ倒す。
急なことに驚いたラクサシャが足を止めて振り向いた時には、ムイムはすでにいない。
さらに背後に出現したムイムは、二体を殴りつけた。一体はもんどりうって倒れたけれど、一体は踏みとどまった。体を回転させてムイムに反撃の一撃を叩き込もうとするそいつを、走る勢いそのままに、頭の上からの豪快な一撃を、レグゥが叩き付けた。
レグゥが叩き飛ばしたラクサシャは、更に二体のラクサシャを巻き込みながら飛んでいき、ドームの壁にたたきつけられると、三体まとめて動かなくなった。
「つれねえこと言うなよ。俺にも楽しませろ」
「これは失礼」
僕が遅れてたどり着いた時にはすでに粗方終わっていた。変幻自在に転移を繰り返して敵を打ちすえるムイムと、真正面から轟々と敵を粉砕するレグゥ。全く正反対の戦い方の二人は、けれど互いの死角を補いながら、全く危なげなくその場を制圧してしまった。
気が付けば、その後もドームの中から現れ続けた増援も含めて、実に三五体ものラクサシャが倒れていた。
驚くべきことに、僕たちはまだ貯蔵施設に足を踏み入れてすらいないのだ。
「まあ、ざっとこんなもんだろ」
息を乱した様子もなく、レグゥが笑う。
「いややいや、良い殲滅戦でした。ストレス発散にはこれですね」
ムイムがものすごく爽やかな声で言った。
そんなムイムの姿に、よく勝てたな、見習い時代の僕、と背筋が寒くなった。