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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第三章 黒い涙、そして、小さな魂(8)

 ゲルゴの家でベッドを借り、しばらくすると、ノーラとフェリアは眠りに落ちた。僕は何となく目が冴えてしまって眠れなかったので、そっと家を抜け出し、戸口の前で素振りをして体を動かしていた。ゲルゴの家は大氷穴の広い空間にあって、十分な広さがあった。

「ボス」

 ムイムが姿を見せた。

「ゴブリンの村の調査の報告がまだ済んでませんので、失礼します」

「ああ、そうだったね。ごめん」

 僕は素振りをやめ、ムイムの話を聞いた。

「ネビロスの偽物が打倒されたことで、ゴブリンにとり憑いていた亡者は解放され、あの村は無人の村と化しました。昨日までの生活感はそのままに、村人だけが消えてしまった、一種異様な空間になっています。残念ながら、奴隷として使われていたコボルドもまた全滅していました」

「そうか」

 本当に残念だけれど、あの村にいる限り、シエルの影響からは逃れられなかっただろうから、仕方がないのだろう。僕はため息をついた。

「地下トンネル内部ですが、フェアリーたちが捕らわれていたと思しき部屋の隣に、隠し部屋を見つけました。宝箱が一つ。中には女性のフェアリー用の神官服が、乱雑に入れられていました。状態が良かったため、フェリアに渡すべきかと思い、持ち帰りました。また、ケリエス神の聖印をかたどった、同じくフェアリー用のペンダントもあったので、そちらも。ただ、ひしゃげてしまっていて、身に着けるのはお勧めしかねる状態です。それと、折れた錫杖もありましたが、すでにほとんど粉々に壊され、持ち運べる状態ではありませんでした。武器を破壊され、抵抗の術をなくして捕らえられた状況が伺われます。惨いもんですよ」

 ムイムはそう言って、僕にフェアリー用の神官服とペンダントを渡してくれた。それを受け取ると、僕は無言で祈りをささげた。それから言った。

「おそらくフェリアのお母さんの装備だね」

「同意見です」

 僕たちが頷きあったとき。

 戸口が開いて、シエルが出てきた。

 シエルは戸口から一歩出てくると、両手を広げて、その中にいた人物を差し出してきた。

フェリアだった。

「母の、装備ですか?」

 フェリアは言葉を詰まらせて、僕の所に飛んできた。それから、僕の手の中にあるものを見て、おそるおそる、それに手を伸ばした。

「おかあさん」

 彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 確かに状態は良いようだった。フェリアが神官服を指で撫でても、崩れたり、破れたりはしなかった。一八年も前のものとは思えない。

 フェリアは服を広げてみて、穴が開いていたりもしていないことを確認すると、おもむろに身に着け始めた。

「すこし、小さいです」

 そう言いながら、彼女は涙を流した。

「これ、もらってもいいですか?」

「もちろん。君のお母さんの形見だ。もともと君のものだよ」

 僕が言うと、彼女は僕に頷いてから、ムイムを見た。

「持ってきてくれて、ありがとうございます」

「いやいやいや、礼には及びません。むしろ、遅くなって申し訳なく思ってるくらいで」

 ムイムは首を振って答えた。そして、

「さて」

 と前置きした。

「シエルには、これを。どうにもおかしいと思ったんですが、なんともはや、酷いことをするもんです」

 そう言いながら、ムイムが差し出したものは、瑪瑙に似た色の、直径一センチほどの球だった。

「これは?」

 良く分かっていないようで、呆然としているシエルの代わりに僕が聞く。

「レジェンダリー・スピリット。通称コアと呼ばれています。インディターミネート・レジェンダリーの種の記憶とも呼べる情報が詰まった記憶器官です。これなくして、インディターミネート・レジェンダリーは自らの素性を知ることはかないません。おそらくシエルを徹底的に無力化するために除去されたものかと」

 ムイムはそう語った。

「これを体につけると、お父さん、お母さんを思い出すってこと?」

 シエルは良く分からないながらも、自分なりに理解しようとしているのか、不思議そうに聞いた。

「それだけではありません。自分が卵として産み落とされたとき、自分の一族が、どの次元の、どの土地にいたのか、といったことも、思い出せるようになります」

 ムイムは、答えた。

「私の、ふるさと」

 シエルがつぶやいた。

「知りたい。でも、知るのが少し怖い」

「コアの情報は劣化しないと言われています。知りたくなる時までは、身につけずに持っておくだけにしておくという選択もあります」

 ムイムはすらすらと提案を言い、僕にコアを渡してきた。それはとても小さくて、握りしめると壊れてしまいそうなくらいのものに見えた。

「ひとまず、ボスに預けておきますんで」

「そうする。預かって、くれる?」

 シエルは少し不安そうに僕を見た。

「大丈夫、しっかり預かっておくよ」

 僕はそれを背負い袋にしまった。指輪のこともあるし、小袋を買い足しておいた方がいいだろう。

「みんなあ……どうしたのぉー?」

 眠そうな目をこすりながら、ノーラが出てきた。結局全員起きてきてしまった。

「問題が起きたわけじゃないよ」

 僕は笑った。

「ムイムが地下トンネルから、フェリアやシエルの大切なものを持ち帰ってくれたんだ」

「ああ……聖印とかねえ……ラルフー……フォーナから……カレドサーグのー……ケリエス神のぉ、神殿の話は聞いてるんでしょーう……? 神殿自体はねー……今でも……あるからねー……聖印だけでもー、届けてあげなさーい……」

 まずい。

 寝ぼけてノーラは自分が何を言っているのかちゃんと理解していない。突然の発言に、場が凍り付いた。特に、フェリアの顔が。

「師匠、母と話したって、どういう事なんですか?」

 震える声で、フェリアが言った。

「ごめん、何度も眠りについた話を聞かせるのはかわいそうかと思って、黙っていたんだ」

 僕はムイムに目配せして、フェリアの問いに答えた。

 ムイムは察してくれたようで、ノーラがこれ以上余計なことを言わないように、ゲルゴの家の中に連れて行った。

「ネビロスの迷宮でのことなんだけど、君のお母さんの砂が、不死として目覚めてしまったんだ。その時に少し、話をしたんだよ。でもわずかな間だけで、ネビロスの偽物が待つ部屋のそばまで行ったところで、彼女は砂に戻ってしまって、お別れしたんだ」

 僕は半分だけ本当の話をした。アストラル界でも話をしたなんてことは、伝えてはいけないことだから。

「そんな事が」

 フェリアは目を丸くした。

「彼女が先導してくれたから、僕はあの迷宮で、最奥までたどり着けた。彼女がいなかったらいつまで迷っていたか分からないな。きっといまだに迷っているよ。彼女は、僕の良くないところも叱ってくれた。君のお母さんは、フォーナは、とても素敵なお母さんだったよ。それにね」

 と、僕は彼女に会っていた間のことを語った。そのあとの話もその時のことにして混ぜたけれど、きっとフォーナは許してくれるだろう。

「彼女はケリエス神の神官だったんだね。僕に、治癒魔法の掛け方を教えてくれた。立派な人だったよ。たとえ魂のない不死であったとしても、少しの穢れもなかった。立派な神官だった」

「そうだったんですね。それで」

 フェリアが合点が言ったように微笑んだ。

「シエルから師匠が私のものじゃない魂を引き抜いた時、とても大切そうに魂を抱えたのが気になっていたんです。母のものだろうことは何となくわかっていました。でも、師匠があそこまで大切そうに扱う理由が、分かりませんでした。今、やっと理由が分かりました」

「うん。だから僕は言っただろう? シエルの中か魂を引っ張り出す前に、僕の意思なんかより大きな想いを預かって来たって」

 僕は、フェリアとシエルを見た。

「頼まれたんだ。娘たちをよろしくって」

「私のことも?」

 シエルが期待と不安が入れ混じった声で言った。

「そうだよ」

 僕は彼女に笑って見せた。

「そっか。それでなんですね。なんとなく、何となくわかりました。母は優しいけれど、厳しい人でした。だから、それで。私がシエルを助けられなくてうじうじしているときに、あんなに厳しかったんですね」

 フェリアが、半分笑い、半分泣いた顔で言った。

「まるで母のようでした。母はもっと厳しかったけれど」

「君ならできると思っていたよ」

 僕が言うと、

「どうしてですか?」

 フェリアは怪訝そうな声で聞いてきた。

「だって」

 僕は少しだけフェリアの姿を眺めてから、言った。

「フォーナが、君のことを、自慢の娘だと言ったから」

「そうなんですね」

 フェリアは、にっこりと、笑った。


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