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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第二章 大氷穴の前で(8)

 ゲルゴに案内されて大氷穴の中を歩く。

 途中、大氷穴の中の探索をしてくれているコボルドの一隊に会ったので、案内役が見つかったら、各隊、探索を終了してもらうように伝言をお願いした。

 僕はノーラに小さい声で聴いた。

「話に出てきた異次元の生物が彼ってことで合ってる?」

「そう」

 ノーラは頷いた。やはりそうか、と納得する。だから、僕はゲルゴに別の話を始めた。

「ところで、大氷穴の中に次元のひずみが固定化されていると思うのですが、あなたのものということで良いでしょうか」

「そうだが、どうかしたのかね」

 ゲルゴはあっさり認めた。僕は、事情を説明した。

「実はこの付近にオークの居住地があるのですが、次元のひずみの影響を受け、アストラル体が減退する問題が起きています。できれば撤去をお願いしたいのです。いかがでしょうか」

「なんと。そのようなことが。これは何とお詫びして良いか。大変申し訳訳ない。この次元の方に迷惑をかけるわけにはいかぬ。すぐに撤去しよう」

 ゲルゴは頷き、すぐに承諾してくれた。

「重傷者はいる様子かな?」

「はい、かなりの重傷者がいるようです。それで、厚かましいお願いなのですが」

 僕が答えると、ゲルゴは皆まで言わなくとも大丈夫、という声で言った。

「ふむ、安定化物質が治療に必要だね。それもすぐに届けると約束しよう」

「ありがとうございます。大氷穴の外に、オークの長で、ラグゥという人物がいます。詳しい話はその者としていただければと思います」

 これで問題がまた一つ解決した。僕はほっとしながら、ノーラに聞いた。

「アンティスダムって、どんな次元の生物なのかな。知っている?」

「……」

 ノーラは答えず、何故か顔をゆがませて僕から顔を背けた。何か聞いてはまずいことだったのだろうか。僕には分からなかった。

 ゲルゴの家にはそれほど時間がかからずに辿り着いた。

 繭のような不思議な感触の、弾力がある壁で覆われた、丸みを帯びたそれは、外見では家というより巣と言ったほうがしっくりするものだったけれど、中に入ると、思いのほか広くて、小部屋や廊下に分かれていた。出入口以外にドアはなかった。

 入口すぐも小部屋になっていて、やはり弾力がある不思議な素材で作られているものの、本棚やテーブル、椅子なども置かれ、間違いなく家と呼ぶにふさわしい内装だった。

「廊下をまっすぐ進み、右手に並んだ、三番目の部屋に調査隊の方々がいる。それと、左側、手前二番目の部屋は空いているからそこを使ってもらって構わない。左手三番目の部屋には私の次元にしかない素材が置いてある。この次元の生物にどんな影響があるか分からないので入らないよう願いたい」

 ゲルゴがそう説明してくれた。ひとまず僕たちは調査隊の人たちに会うことにした。彼らは元気で、足を捻挫しているなどの怪我はあったけれど、それ以上の問題はなさそうだった。

「レイダーク卿自ら探しに来られたのですか」

 と彼らに偉く恐縮されてしまった。僕は彼らからほかに体に異常はないかを詳しく聞き、シエルや次元のひずみの影響がないことを確認すると、ゆっくり療養してもらうように言い、部屋を出た。

 そしてゲルゴに言われた空き部屋に移動して、床に輪になって座った。

 家具が置いていない、がらんとした部屋だった。

「それで、シエルの治療の内容を教えてほしい。僕たちはどうしたらいい?」

 と、僕はノーラに切り出した。ノーラは頷いて、説明を始めた。

「最初に、私はここで、精神界へのポータルを開いて、それを維持するわ。そのポータルを通って、ラルフとフェリアは精神界に入るの。入るときは一緒でいいけど、二人の役目はそれぞれ別々だから、気を付けて」

「なるほど、アストラル体の問題だから、アストラル界で治してあげる必要があるのか」

 僕は唸った。僕はまだアストラル界に入ったことがない。以前友達のアルフレッドが言っていたことを思い出す。アストラル界での行動はマテリアル界ほど自由にはいなかいものだと、彼は言っていた。

「大丈夫、私がサポートするわ。不自由はさせないから安心して」

 よほど僕は不安な顔をしていたのだろうか。ノーラはそう言って微笑んだ。

「ラルフ、あなたの役目は精神界からシエルに呼び掛けること。彼女は精神生命体に近いのに、精神界を知覚したことがないから、自分の精神体を制御する能力が未熟な状態なの。だから、あなたはシエルが精神界を知覚する手伝いをしてあげて。ただ、シエルに呼び掛けると、彼女の記憶のかけらがあなたにもまとわりつく。彼女の苦しみを追体験するおそれがあるから、怒りや憐れみと言った感情に流されないように気を付けて。感情的になると、あなたは精神体をシエルに吸収されて死ぬことになるから、肝に銘じて。それと、フェリアもそうだけど、シエルに近づけば近づくだけ危険だから、それも気を付けて、接触はできるだけ避けて。よほど強い意志でもなければ、吸収されるわ」

「分かった。冷静に、だね」

 僕は頷いた。ノーラは、当然できるよね、と言いたげな顔をしただけで、次にフェリアを見た。

「次にフェリア。あなたは自分の精神体の半分を、シエルの中から引きずり出してあげる必要があるの。あなたは、あなたが言う弱い心のせいで、弱ったフェアリーとしての精神体を手放してしまった。それを取り返してくるの。あなたの中には、今インプの精神体、負の精神体だけが残っているわ。あなたは自分の中のフェアリーが上手に愛せなかったから。けれど、今はきちんと自分を認めてあげることができる。だから、あなたはフェアリーであることを取り戻すことができるはずよ。けれど、それでもまだあなたの中のインプがきっと邪魔をするわ。あなたはそれを乗り越えなくちゃならないの。あなたの中の悪魔に負けないで。それでももし、負けそうになったら、あなたのお師匠さまに言われた言葉を思い出して。あなたの素敵なお母さんを馬鹿にするなって、心の底から叫ぶの」

「はい、大丈夫です」

 フェリアが力強く頷いた。

 ノーラも頷いて言った。

「そうね、あなたは強い子だもん。大丈夫」

 それから、ノーラが最後にシエルを見た。

「シエル。あなたには一番大事な役目があるわ。それは気持ちを楽にすること。大丈夫、あなたの先生と、あなたの大切なお友達を信用してあげて。怖がらなくていいの。あなたはラルフの声が聞こえたら、声のする方に意識を向ければいい。そうすればあなたは精神界の景色をすぐに見ることができるようになるわ。あなたにとって全く未知の話のように感じるだろうけど、あなたには最初からその力があるから。自分も信じてあげて。はじめは何も見えないと思う。はじめは何も感じないと思う。でも、それは空っぽじゃないの。それでも不安になったらあなたの先生が教えてくれたことを思い出して。あなたの中に、ちゃんと最初のひとかけらがあることを思い出すの。思い出し方は覚えてるよね?」

「大丈夫。私も頑張る」

 シエルが、フェリアの姿を眺めて、答えた。

「お互いの役目が分かったところで、じゃあ、ポータルの設置に入るから、それまでみんな、気分を落ち着けて待っていてね。大事なのは全員同じ。平常心。ね?」

 ノーラは笑っていたけれど。

 一番不安そうな声をしていたのは、ほかでもないノーラだった。そして、不意にノーラからのテレパシーが届いた。

《ラルフ、ちょっといい?》

 この距離でテレパシー? 僕が驚いていると、ノーラがその理由を教えてくれた。

《二人に聞かれたくない、あなただけに伝えておきたいことがあるの》

《分かった。教えてくれ》

 僕は頭の中で答えた。声に出さないように注意しながら。

《あなただけは、必ずネビロスの邪魔が入るわ。あなたはシエルの精神体のそばでなく、ネビロスの迷宮に転送される。要するに私が一緒に行く前に、あなただけを引きずり込んで倒してしまおうというあさましくも短絡的な悪知恵よ。シエルのほうは私が何とか時間を稼いでおく。だから、先にお願いしておくわ》

 と、ノーラは伝えてきた。

《ネビロスを倒してきて》

《分かった。シエルも心配だから、手早く済ませて来るよ》

 僕は頭の中で、できるだけ自信ありげに届くように、答えた。

 当然、自信など、微塵もないのだけれど。


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