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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第二章 大氷穴の前で(7)

「興味が、なかった」

 フェリアが、語気を荒げて言った。

「あんな恐ろしいことになっていたのに、この女は全部知らないふりをして確かめもしなかったってことですか?」

「あなたも、あのトンネルでリーベラを見かけたことはなかったでしょう? それがすべてよ」

 ノーラはフェリアの問いに対し、油を注ぐように答えた。

「リーベラは、私のことを最後まで石だと思っていた? 孵ったのも知らない?」

 次に、シエルが言った。彼女の声は珍しく震えていて、彼女は自分の中に生まれた波にどうしていいのか分からないようだった。

「ええ、知らないわ。あなたを利用していたのはネビロスで、その女はただ、騙されるままにあなたを魔法の石だと思って安置してただけ。あなたの卵の正体を疑いも確かめもしなかった」

 ノーラがその問いに頷いた。

「少し待ってくれ」

 僕は冷静でいようと思っていた。だから、話の中に気になる点があることに気が付いた。

「なぜ彼女は出入口を閉鎖しなかったのかな? 僕は入れたし、通り抜けられたよ」

「流石ね。いい着眼点だわ。そう、彼女はトンネルをなかったことにしたけれど、封鎖はできなかった。理由はもう一度私の話を思い出して」

「そうか。彼女の魂も、あのトンネルに捕らわれていたからか。そうか、それでシエルを取り返しに来たのか。リーベラの魂は、シエルの中なのか!」

「その通り。だからリーベラはシエルを連れて行かれると困るの。死んでしまうから」

 ノーラの言葉に、僕はまた少し考えた。何か引っかかる。何かのつじつまが合っていない。

「待って。そうだ。リーベラはシエルが生物だって知らなかったし、孵ったのも知らなかったんだよね? じゃあ、なぜここにいるシエルの中に自分の魂があることが分かるんだろう」

「それはこの女がすでに半分死人だからよ」

 と、ノーラが笑った。ものすごく晴れやかないい笑顔だった。

「死人は自分の魂の所在に引かれるわ。いいざまだと思わない?」

「なるほど。それじゃさらに一つ、僕が見た時、タンクの中身は今でも空になっていなかった。何故だろうか?」

 僕はもう一つの疑問をぶつけた。

 ノーラはちょっと笑って言った。

「あれは、シエルから奪った力を使って自動的に生成されていたの。奪った力は必要ないものだけど、放置しておくとタンクがパンクするから、消費させるのにもちょうどよかったのね」

「そうか。あとは、その異次元の生物にコンタクトをとれば、ある程度のことは僕でも調べられたのかな」

 僕はそれが気になった。

「不可能よ。確かに彼はまだこの地にいるけれど、何が行われていたかは知らない。知ってるのは村人が不死だってことだけ」

 ノーラは首を振った。

「じゃあ、あと一つだけ教えてほしい。君についての、疑問だ。君は、全部見ていたんだよね? フェリアのお母さんがどんな目にあっていたのか、フェリアやシエルがどんなに苦しんでいたかも、全部」

 僕は聞いた。僕がノーラを見ると、彼女は顔をこわばらせて声を詰まらせた。

「あ」

 そして、後ろめたそうに頷いた。

「正直言って僕にはちゃんと分からない。けれど、君が彼女たちを助けたんじゃいけない理由が何かあったんだろうね。僕には想像することしかできないけど、きっと、ただ見ているしかなかったんだろうね」

 僕は、ノーラの横で、彼女の頭に手を置いた。ノーラの怒りの理由が分かったから。

「つらかったね」

 それから、僕はフェリアとシエルに告げた。

「ノーラを責めないであげてほしい。彼女は未来を知っていて、だからこそ、彼女が手を出してはいけなかったんだ。それがより悪い未来につながることも知っていたから。だから、フェリアのお母さんやフェリアやシエルを彼女が助けてあげられなかったことを、どうか許してあげてほしい」

「分かっています。そんな気がしていました」

 フェリアはそう言ってくれた。シエルも無言で頷いた。

「無責任にすべて放り出して逃げようとしたこの女とは違うと」

 フェリアが、またリーベラを睨んだ。

「ノーラさん、私はこの女を殴ることができません。殴り方を知らないから。だから、私の代わりに、一発殴ってもらえないですか?」

「私の分も」

 と、シエルも続けた。

「私がやると、きっとこの女は楽に死ねてしまう。私は加減をまだ知らない。そのくらいの手出しは、あなたにも許されていいはず。だから、死なない程度に、思い切りぶん殴って」

「分かった。預かるわ」

 ノーラは頷いて。

 僕が彼女の頭から手を離すと、ノーラはリーベラを指さした。リーベラは逃げようとしたけれど、魔法の光が彼女を縛り付けて、逃れることを許さなかった。

「このっ!」

 ノーラは吠えた。こんなに太くて低い声が出るのかと、僕も驚いた。轟くような大声だった。

「くそったれがあ!」

 渾身の拳がリーベラの顔面を打ちすえた。それでも魔法の拘束がリーベラに倒れることを許さない。続けざまに、さらに四発殴ると、ノーラは魔法の拘束を解いた。

「一発は自分たちが殺されたことを知らないゴブリンたちの、二発目は無駄に殺された善良な人たちの、三発目は無残に死んでったフェリアのお母さんの、残る二発はフェリアとシエルのだ。私は部外者だから、私の分は勘弁してあげる」

 そう吐き捨てて、ノーラは次元結界も解いた。

「行きなさい。そしてネビロスに伝えなさい。どこにも逃げ場はない、あんたをぶっ倒す聖騎士を連れてくから覚悟しろって。それと教えといてあげる。どうせネビロスに支配されてあなたは逃げられないんだけど。次にラルフの前に顔を見せた時が、あなたが死ぬ時よ。生き残りたかったら、私たちの前にもう現れないことね。無理だけど」

 リーベラは何かを反論仕掛け、諦めて、ゴブリンたちと一緒に去って行った。顔面は血だらけで、見るも無残に腫れていた。

 リーベラの姿が見えなくなると、ノーラはものすごく大きなため息をついた。

「ああ嫌だ、みっともない」

「お疲れ様。格好良かったよ」

 ノーラが怒ったところは初めて見たけれど、思ったよりも熱く怒るのだなと僕は思った。もっと静かに怒るのかと思っていた。

「ありがとうございました」

 ノーラの前にフェリアが飛んできてお辞儀をした。フェリアの顔はとてもすっきりした晴れやかなものとは言えなかったけれど、声は静かで明るかった。

 そんな風に話していると、僕たちのそばに、また、誰かが歩いてきた。今度は大氷穴の中からで、明らかに人間ではない姿をしていた。

 全体的に黒っぽい色をしていて、日の光に照らされて鈍くぬるりと光っている。全体的に甲虫類を思わせる姿をしていて、頭髪はなく、顔には四つの目があった。口元には大あごがあって、ギチギチと音を立てて動いていた。

「こんにちは。君たちは今まで見かけたことがないな」

 ゆっくりと僕たちの前まで歩いてくると、その不思議な生物は僕たちに頭を下げた。僕も本で見たことがない種族だった。

「私はアンティスダムのゲルゴ。見慣れぬ姿だろうから驚かしてしまったかな。だとしたらすまぬ」

「僕はコボルドのラルフ・P・H・レイダークと言います。ご丁寧にどうも」

 僕もお辞儀をした。すると、ゲルゴと名乗った生物は、柔和そうな笑い声をあげた。

「ふむ。こんな辺鄙な場所まで何をしに来なすったのかな。ここには森と洞窟しなかないよ」

「この周辺の調査をしていた調査隊が消息を絶ちまして、捜索に参りました」

 僕は簡単に経緯を説明した。アンティスダムのゲルゴは大きく頷いた。

「おお、やはり。そうではないかと思い声を掛けたのだが、正解だったようだ。彼等なら私の家に逗留している。洞窟に転がり落ちてきたのだ。幸い命に別状はなかったが、少々怪我をしているので、私の家で療養してもらっているのだ」

 と、ゲルゴが四つの目を細めた。僕は彼の視線の先がフェリアとシエルを見ていることに気が付いた。

「なんでしょう」

「そちらのお嬢さんたち、アルトラル体に問題を抱えているようだ。治療を急いだほうがいい。良ければ私の家をお貸しするが、いかがかな?」

 ゲルゴの言葉に、僕は正直助かる、と感じた。僕はフェリア、シエル、ノーラを見て頷いた。それから、ゲルゴに答えた。

「それはありがとうございます。助かります」


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