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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第二章 大氷穴の前で(6)

 二人を撫でる手を離すと、ノーラは両手を打ち合わせた。

「よし、それじゃあ……と言いたいところだけど」

「ああ。シエルを連れ去られるのは、よほど困ると見えるね」

 僕も剣を抜いて答えた。

 ゴブリンが六人。そして、その真ん中にエルフが一人。リーベラがゴブリンを引き連れて現れたのだ。

 その瞬間を待っていたように、ノーラは右手を高く上げ、指を鳴らした。

 不可思議な色のドームが広がり、その中だけ風景が一変する。真っ平で、何もない場所に僕たちは立っていて、何色とも形容しがたい色のドームが僕たちを取り囲んでいた。

「ええと、リーベラだっけ。ここなら『奴』にも聞こえないわ。ラルフに助けを求めるなら、今しかないけど、どうする?」

 と、ノーラは、すべてを知っている笑顔を浮かべて、僕たちと一緒にドームに閉じ込められたリーベラを見た。

「私はどっちでもいいんだよね、部外者だから。『奴』と一緒に討ち死にしたいならそれでいいし、洗いざらい話して楽になりたいならそれでもいいわ。選ぶのはあなた。どっちがおすすめ、とかないから、好きにして。でも、シエルが可哀想だから、決めるなら早くしてね」

「私は」

 口を開きかけたリーベラに対し、

「ああっと、言い忘れたわ。何が原因か私は全部知ってるから。あなたが一つでも嘘をついたら、あなたがやったこと私の口から全部ぶちまけるわ。それだけ気を付けてね」

 ものすごく残酷で無邪気な笑顔をノーラは向けた。ノーラが怒っている。きっとそれだけの内容を、彼女は見てきたのだろう。

「私はゴブリンたちの村の町長としてあの村を守らなければいけ」

「もういいわ」

 ノーラがリーベラの話をまた遮った。

「そうよね、こうなるのよね。分かってたわ。全部私は知ってるんだもの。だから私は来たの。最初に言っとく。ごめんね、ラルフ。あなたは自分の力でここで何があったかを突き止めたかっただろうけど、それは今ではもう不可能なの。だからあなたを助けに来たわ。ごめんねラルフ。私が、ここでのあなたの冒険を、全部知ってることを、あなたは知ってるから、私に介入はされたくないよね。分かってるの。本当にごめん」

 ノーラが泣きそうな顔で僕を見た。

「そうなんだ。大丈夫だよ。君が知っていることを、僕が知るべきことを、全部教えて」

 だから、僕は笑って答えた。

「この女は嘘つきで、この地の問題を、ずっと自分が蒔いた種であることを隠してきた。村のため? 違うでしょ? あなたはあなたの保身しかしていないの。お生憎さま。あなたは信じなかったみたいだけど、私は本当に全部知ってるのよ。全部ね」

 僕にうなずいてから、ノーラはぶしつけに吐き捨てた。そしてフェリアとシエルを見た。

「フェリア、シエル。拳の握り方は分かるかしら? 私が抵抗させないから、この女を殴る準備をしておいて。これはそういう話だから」

 それから次に僕を見て、ノーラは言った。

「ラルフ。これはあなたが思っているような複雑な話じゃないの。ただ単に馬鹿な女が悪魔の口車に乗って馬鹿なことをしでかしたってだけの話よ。問題はその失敗を隠ぺいするため、その女がすべての資料を処分して、何食わぬ顔でしらを切り続けてるってことなの。だから真相に行きつくための手掛かりなんて、もうどこにもないのよ」

「そうなんだ。そうか。そういうことなんだね、分かったよ、順番に君が見てきたことを聞かせて」

 僕はどこか納得した。何も残っていない施設。放置されたままのカオス・スポイル。好き勝手にふるまっていたインプ。ただインプたちに無意味に痛めつけられるだけのフェアリー。それは蓋が閉められて開けられることがなくなった箱の中の話。そういうことだ。

「まず事の起こりは三〇年前。一人の馬鹿な女魔術師がいたわ。そうね、名前はリーベラって呼んでおくわ。稀代のくそったれな名前よ。彼女はサレスタス盆地のはずれにあるエルフの集落に住んでいた。彼女はモンスター、特に人型モンスターの知能について研究していた。彼女はたびたび分地に足を運んでは、盆地に住むコボルドやゴブリン、オークを観察していた。そんな時、女は盆地の中で一人の男に会った。そうね、名前は、ネビロス、でいいでしょう」

 ノーラは僕たちを見回した。誰もが彼女の言葉を聞いていた。リーベラも青い顔をして押し黙っていた。

「ネビロスはリーベラに聞いたわ。モンスターの知能を調べてどうする、と。彼女は答えたわ。モンスターの強さを正しく知ることができる、と。男は言ったわ。モンスターの知能や性質は指導するものによって異なる。リーベラは聞いたわ。ゴブリンやコボルドであっても善良になるということか。ネビロスは答えた。そうだ。私はその方法を知っているし、君ならできそうだからやってみないか。女はその誘いに乗ったわ」

 ノーラはゆっくりと、細い息を吐いた。そして僕たちに告げた。

「馬鹿な奴。泡を食ってガリガリやってる。ちょっとからかってくるから待っててね」

 ノーラは一瞬姿を消した。それから戻ってくるまでに一秒もかからなかった。

「私が誰か気が付いたみたい。逃げてった」

 それから、少し考えてから話を再開した。

「ええと、それで彼女はネビロスに言われた通り、今の村の地下あたりに、いくつか部屋があるトンネルを掘ったわ。作業者はネビロスが貸してくれたからお金はかからなかった。それができると、ネビロスに言われて、モンスターに高い教養を与える魔法の石を安置して、今もゴブリンたちがいる村を開拓した。ネビロスが言った通りゴブリンたちは彼女が指導すると文化的で、よく働いた。村は今から二〇年前に出来上がり、順調に発展した。ネビロスは彼女に石が盗まれないようにトンネルに警備のモンスターを置いた方がいいと助言した。彼女はその通りにした。モンスターはネビロスが都合してくれた。その中にインプが混ざっていることにリーベラは不安を覚えたけれど」

 と、そこでノーラはフェリアに意味ありげな視線を向けた。そして、言った。

「石の力で善良になるから大丈夫だと、ネビロスにいわれから受け入れた」

 ぎりっと、フェリアが奥歯をかみしめる音がその場に鳴り響く。ノーラは先を続けた。

「けれど、インプたちは善良にはならなかった。リーベラは怖くなった。なぜうまくいかないのか、リーベラはネビロスに助言を求めた。ネビロスはインプたちに善良な者のサンプルを見せる必要があると助言した。リーベラはその言葉に従い、研究者という名目で地下のトンネルに善良なサンプルを送り込んだ。インプは檻の中に入れられていて安全なはずだった。翌年、今から一九年前には、ネビロスが言った通りインプは完全におとなしくなった。彼女はうまくいったと思った。すべては順調だと。そんな時に偶然、盆地に時空のひずみができて、異次元の生物が現れた。その目的はその生物の次元ではびこる奇病から、子供たちを守るための隔離だったけれど、その生物がこの盆地に広がる不穏な気配に気が付いた。彼はリーベラに接触して、騙されていると警告した。そこで目が覚めていればまだ傷口は少なかったかもしれないけれど、リーベラはネビロスを心酔していたから、信じなかった。彼女は異次元の生物を追い返した」

 鼻で笑うと、ノーラは腕を組んだ。彼女の目は完全に冷め切っていて、凍てついた視線をリーベラに注ぎ続けた。

「それから一年がたった。盆地は平穏だった。村は文化的で、気をよくしていたリーベラはオークとの間で演習の真似事まで始めた。それに至りついに堪忍袋の緒が切れた異次元の生物が彼女を捕まえて、強制的に彼女の村を精神界から見せた。そこで見えたのは、ゴブリンに憑依した死者が蠢く魔境だった。その時になり、ようやくリーベラはネビロスに騙されているという話が本当だと悟った。異次元の生物は村で行われている内容を話すように彼女に迫ったけれど、彼女はそうしなかった。異次元の生物は完全に彼女を見放して去った。ここで行われていることは解明されなかった。そして怖くなってリーベラは逃げ出そうとした。けれど、すでにリーベラの魂は石に捕らわれていて、村から離れては生きられない状態になっていた。彼女は地下トンネルに関する資料をすべて破棄し、地下トンネルをなかったことにして、すべてを隠して事態の収束を図った。何の解決にものならないのに。そこにフェアリーが一人入り込んでいることに、彼女は気が付いてすらいなかった」

 腕を組んだノーラは、それから、大きくわざとらしいため息をついた。

「放置されたトンネルはもはやネビロスの思うがままだった。善良なサンプルたちは、すでにネビロスが降霊した亡者の器になっていた。彼らはネビロスに使役され、石が魂を吸い寄せるのを加速させる装置を設置した。入り込んだフェアリーは捕らえられ、ネビロスには興味がなかったから、檻に繋がれてインプに与えられた。翌年、石は孵化してカオス・スポイルになった。それで、亡者たちも必要がなくなり、破棄された。ネビロスは異次元の生物に見破られないように、村にアストラル界から情報を読み取られないような結界を張った。そのあとは、まあ、フェリアたちが知っているわね」


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