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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第二章 大氷穴の前で(5)

 妙だな、と僕は考えた。

 どうもおかしい。口には出さないように気をつけながら、僕は聞いた話を整理することにした。

 一八年前にフェリアのお母さんが捕まった。その時にはすでに悪しき計画は進んでいて、アストラル体を生物から抜き出す行為が行われていたことになる。話の内容からすると、その時にはすでにインプがいたことになり、それが意味するところは、おそらくは対象者に苦痛を与えるものだったのだろうと推測される。計画自体はそれより何年前から始めっていたのかは、分かっていない。

 その後、シエルがカオス・スポイルとして卵から孵る。卵はいつごろからあったのかは分かっていない。それと同時に、生物からアストラル体を抜き出す計画は凍結、フェリアのお母さんが対象者にならなかったことから、フェリアのお母さんが捕まったのと同じ年の出来事だろう。

 シエルが受けていた仕打ちは彼女が持っている力を吸い取るため。おそらくアストラル的な力なのだろう。そして彼女が死なないよう、野菜の絞り汁を……液化金属の体に野菜の要素が必要なのか?

 そんなことはないだろう。ではなぜそんな意味のないことをしたのだろう。フェリアやシエルの話を聞く限りそれは十数年続けられていたことになる。効果がないというのは分かっていたはずで、こんなに長く続けているのは何故だ。

 だいたい僕やレグゥが見た時、野菜の絞り汁はまだ注がれていた。フェリアの話では最近はもう施設の者たちは来ていないと言っていた。ではいったい補充しているのは誰だ。

 そんな風に考えている時だった。

《ボス。思案中失礼します》

 ムイムからのテレパシーが届いた。テレパシー自体はムイムならできるだろうと思っていたので驚かなかった。

《まだ調査に行く前の連絡で申し訳ないとは思いますが緊急です。危険です。レグゥとボガア・ナガアにシエルのそばから離れるよう、すぐに言ってください》

《なんだって? まさか、いや、そうか。そういうことか!》

 僕はやっと自分が何を見落としていたのかを飲み込めた。

「レグゥ、ボガア・ナガア、いますぐこの場を離れてくれ。状況が変わった」

「なんだってんだ?」

 レグゥがけげんな表情をするのを、僕は手短に答えた。

「シエルが君たちのアルトラル体を吸い出している!」

「え?」

 自覚がないのだろう。シエル本人が僕の言葉に一番驚いていた。けれど、レグゥはすぐにただ事ではないと理解してくれ、ボガア・ナガアを担いで、またその場を離れて行った。

《ムイム。僕のアストラル体はあとどのくらいは持ちそう?》

 頭の中でムイムに問いかけると、

《ああ、ボスは大丈夫です。何か……む、これだ、竜の護符がはじき返しています》

 ムイムが伝えてきた。

《フェリアは?》

 僕は彼女の名前が呼ばれなかったのが気になっていた。

《彼女には残ってもらわねばなりません》

 ムイムはそう断言した。

 そして、さらに報告を続けた。

《シエルがアルトラル生命体に近いというのはご明察です。それだけに、アストラル生命体である彼女は周囲からその力を吸収し、生命を維持しています。そして、今の彼女はその吸収が際限なく行われています。このままいくと彼女は飽和状態を超えて爆発し、巨大なエネルギーをまき散らします》

 ムイムの言葉はこう締めくくられた。

《次元の穴が開いても不思議はないほどに》

《原因は何だ?》

 僕が聞くと、ムイムはすぐに答えた。

《原因はふたつ。ひとつは彼女のアストラル親和能力が未熟すぎることです。そのため、彼女はアストラル界の力を取り込む能力が制御できません。そしてももうひとつ、これこそが最も深刻な問題で、それこそがフェリアが残らねばならない理由です。彼女は長年シエルと同じ施設内に閉じ込められていたのです。そのため、彼女の魂の半分はすでにシエルの中です。それをシエルは無意識に理解していて、シエル自身自覚しないまま、吸い込んだアストラル体を取り込むことを拒否しています。そのため力の枯渇状態が改善されません。このいびつな状態は非常に不安定で危険です。彼女も、世界も》

《そういうことか》

 僕はその説明に納得した。けれど、だとしたら。

《どうしたらいい?》

 僕は聞いた。世界のためではない。シエルのために、彼女は救わなければいけない。

《一番確実な方法は、シエルを殺すことですが、私だったらそんな方法はお断わりです。私はそんな場面は見たくないです、ボス》

《僕も同じだ。次を教えてくれ》

 当たり前だ。そんな仕打ちが許されていいはずがない。

《それは、おっと……しばしお待ちを。そちらに心強い援軍が到着されますよ》

 と、ムイムのテレパシーが止まった。

 そして。

「ラルフ、それはあなたの力だけじゃどうにもならないわ」

 次元の裂け目が空中に突然開いて、少女が飛び降りてきた。長い金髪、緑色の瞳。ノーラだった。今日は紺色のドレスを着ていて、白い花の飾りがついた、紺色の婦人帽をかぶっていた。

「分かっているよ。手を貸してほしい。シエルを助けたい」

 僕が言うと、ノーラはひらひらと手を振った。

「もちろんよ。と言っても、やるのはあなただけどね、ラルフ。サポートはするわ」

「どうすればいい?」

 ムイムにしたのと同じ質問をする。

 ノーラは苦い笑いを浮かべた。

「失敗したらあなたその子に魂を食べられて死ぬけど、覚悟はある?」

「やる前から失敗前提で考えるつもりはないよ。それで、僕は何をすればいい? とにかく彼女が危険なんだ。もったいぶるのはやめてくれ。邪魔するだけなら帰ってくれ」

 正直、僕は余裕がなくなっていたから、ノーラの言葉に棘のある言葉を返した。

「あ、自覚した? じゃあ、深呼吸」

 そんな僕に、ノーラは言った。

「え?」

 突然の彼女の言葉に思考が追い付かず、僕が聞き返すと、

「あなたが冷静でなくてどうするって話をしてるの。はい、深呼吸」

 ノーラはそう言って、僕の額をつついた。

「ね? 落ち着いていこう?」

 そうだ、今僕が余裕を失ってどうする。彼女の言葉に感謝しながら、僕は深く息を吸い、そして、吐いた。

「そうだね、ごめん。さあ、どうすればいいか順を追って教えてほしい」

「流石。レイダークの顔になったね。ええと、その前にそちらで面食らった顔をしているお嬢さんたちに自己紹介と、状況の説明をしないとね」

 と、ノーラはシエルとフェリアの前に行った。

「こんにちは。私はエレオノーラ。ノーラと呼んでちょうだい。ラルフの……仲間? 友達? 何なのかしら? まあ、知り合いよ」

「こ、こんにちは。私は」

 フェリアが名乗りかけると、ノーラがそれを手で制した。

「あなたたちのことは知っているわ。ハーフフェアリーのフェリアと、インディターミネート・レジェンダリーのシエルね。すこしあなたたちに聞いてほしい話があるの。聞いてくれる?」

 フェリアとシエルは、不安そうな顔で僕を見た。僕が頷いて見せると、彼女たちはノーラに言った。

「教えてください」

「私も聞く」

 二人の様子に、

「いい子たちね。ありがとう」

 ノーラは静かに笑った。

「怖がらないで聞いてね。まずシエル。ラルフが言った通り、あなたは今無差別に周囲の魂を食い荒らす状態なの。これからそれをラルフが治してくれるわ。ビックリしただろうけど、心配しないで」

 ノーラがシエルの頭に手を置いて、撫でた。彼女は実体を伴うアストラル体だというのに、影響を受けているようには見えなかった。

 シエルは完全に理解できたわけではない様子だったけれど、こくんと、頷いた。

 すると、ノーラは次にフェリアの頭にも指を乗せて、撫でながら言った。

「それからフェリア。あなたはシエルとずっと一緒にいたから、すでにあなたの魂の半分はシエルの中にあるの。それが原因でシエルは苦しんでいるわ。だからあなたはあなたの魂を持って帰ってきてあげなければいけないの。それがシエルを治してあげる一番の治療になるのよ。大切な友達のためだもの、頑張れるよね?」

「はい」

 フェリアは驚きながらも、大きく頷いた。


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