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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第二章 大氷穴の前で(4)

「まずひとつめ。そもそもなぜあの施設にインプがいたのかだ」

 僕はまず、そう切り出した。

「僕が予想するに、アストラル体を抜き出すための実験を行っていたけれど、結局思うよな結果が出なかったか、もっと効率がいい方法が見つかったため放置されたんだとみている。どうだろう?」

「はい。おおむねその通りです。私の母の話では、本来あの施設は、生物からアストラル体を引きずり出ための場所だったそうです。母は、行方不明者の捜索の依頼を受けた探索の末、あの施設に辿り着き、逆に捕らわれてしまったそうです。でも、母のアストラル体が引きずり出されることはなく、その前にその企み自体が放棄されたと言っていました。そのあと、放置されたインプたちの暇つぶしのために与えられた母は、止める者もなく、やつらの玩具にされたんです」

 フェリアは頷いた。実際に言葉にされると、あまりにも惨い話だ。僕は細く息を吐いて、気持ちを落ち着けた。そして、フェリアの声が冷静だったから、僕も話の腰を折らずに済んでいた。

「おそらくその効率のいい方法というのは、シエルから力を吸い出していたあの行為だった、と僕は思っている。それがふたつめの確認したいことだ。シエルはどう見てもこの次元ではほぼ見られない体構成の生物だ。たぶんシエルは別の次元の生物で、ひょっとしたら僕たちと違い、アストラル界との親和性が高いのではないかと思う」

「はい、母がインプたちに与えられたのは、ちょうど卵だったシエルが孵化したころだったそうなので、手段が変わったのは、おそらく間違いないと思います。こう見えて、シエルは私や、そしておそらく、あなたよりもお姉さんなんですよ」

 フェリアがシエルを見上げて笑う。それはそうだろう。

「だって僕はまだ七才だ。人間年齢に換算するとだいたい一四才くらいだけど。だからたぶん、フェリアだって僕よりお姉さんだよ」

 僕も笑った。そんな何でもない話で、何となく気持ちが楽になった気がした。

「でも、何故シエルが私たちよりアストラル界と親和性が高いと思ったんですか?」

「それは、カオス・スポイルのような状態でも生きていたということだよ。通常あんな状態で生まれてきて、一〇年以上も生き続けていられる生物はまずいないよ。だから逆に考えてみたんだ。インディターミネート・レジェンダリーの場合、あくまで液化金属の体は入れ物に過ぎなくて、本質はアストラル生命体に近いんじゃないかって」

 僕はそう言って、シエルを見た。彼女の体はあまりにも特殊で、普通の生物の常識とかけ離れていた。

「僕の推論に過ぎないけど。そもそも、カオス・スポイルの正体が発育不良のインディターミネート・レジェンダリーだってこと自体、僕が見たことがある文献には載っていなかったくらい、カオス・スポイルについては分からないことだらけだ」

「発見だってことですか? だとしたら、あなたは世の中に発表するんですか?」

 一端シエルを見てから、フェリアは不安そうに僕を見た。不安の理由は自分でも分かっていない様子だった。

「いや、しないかな」

 僕は言った。

「こんなに簡単に分かるんなら、過去にその事実を見つけた人はいると思うんだ。でもその情報が残っていないということは、たぶん、世に出すべき話じゃないんだと思う」

「どういうこと?」

 シエルが首を傾げた。自分のことだけに、気になっているようだった。僕は彼女の疑問に詳しく答えることにした。

「僕は、君がカオス・スポイルの状態であった時にも意思があったということが、重要なんだと思う。君はカオス・スポイルでいる間、相当苦しんだはずだ。自力で動くこともできない塊として生きるなんて、相当の孤独と苦痛だからね。そして、君が力を奪われるのを止めたらインディターミネート・レジェンダリーになれたように、十分な発育を補助してあげたカオス・スポイルが、インディターミネート・レジェンダリーになれた例は、過去にもあったんだろうと思う」

「それは発表したほうが良い情報ではないんですか? そんな気がしますけど」

 フェリアも首を傾げた。

「確証がないから、詳細調査が必要になるんだよ。学者たちはインディターミネート・レジェンダリーを確保して、くまなく調べたがるだろう。君はやっと自由を手に入れたインディターミネート・レジェンダリーに、檻に入れなんて言えるかい? それは相当酷い仕打ちだよ」

 僕がそう言うと、フェリアは納得したように言った。

「でも、それで多くのカオス・スポイルが助かるのであれば、協力してくれる者もいたんじゃないでしょうか?」

「そうかもしれない。だから、僕が知らないだけで文献はあるんだと思う。だからこそ、リーベラたちは、シエルをあんな状態にできたんだ。そして、インディターミネート・レジェンダリーとカオス・スポイルの関係の情報は、今回のリーベラたちの所業の通り、良い結果だけでなく、悪い結果も招くんだ」

「あ」

 と、シエルが漏らした。

「わざと力を奪い、発育不良にすれば、インディターミネート・レジェンダリーは抵抗できないカオス・スポイルになる。情報に善悪はないけど、それはいつも表裏一体で、この情報は悪用の危険性がとても高いんだ。だからまっとうな心の持ち主は、このことを発見しても、記録として残さなかったんじゃないかと思う。僕もそうしたい」

 僕はそう言って笑った。シエルにこれ以上不幸になってほしくはない。

「それはともかく、あの施設のだいたいの目的は分かった。でも、一つだけいくら考えても答えが分からないことがあるんだ。三つ目の確認したいこと、いちばん謎のだと思っているよ」

「言いたいことは分かります。実はそれは、私たちにも分からないんです」

 フェリアとシエルは顔を見合わせて頷き合ってから、言った。

「施設の人たちは、なぜ消えたのか、ですよね。私たちも知りたいんです。その形跡が何も残っていないのは当たり前で、ずっと前から、あそこには誰も来ていないんです。シエルすら放置して、施設の人たちがどこに消えたのか、私たちには知る術がありませんでした。ただある日突然、彼等は誰も来なくなりました」

「日誌や記録などの書類なんかが全く残っていなかったあたり、あの施設は放棄されたと考えていいと思う。でも見た限り、あの施設で何か重大な問題が起きた形跡はなかった。あの施設が何故放棄されたのかが全く分からない」

 僕は頷いた。けれど、その疑問は、僕が本当に知りたいことのさわりでしかなかった。

「そもそも、あの施設の責任者はリーベラなのかな?」

「リーベラというのは女性ですか? あの施設で女性を見たことはないです」

 怪訝そうに、フェリアは首を振った。根拠はないけれど、僕はそんな気がしていたから、やはりな、と思った。

「シエルから奪った力はタンクの中にあるものだけだったのか。そうでないとしたらどこへ持って行ったのか。僕は今回の企みがリーベラの手によるものだと思っているけれど、その確証も実はなに得られていない。つまりこの地で進行中の企みの全容は、何も分かっていないに等しい。この恐ろしい数々の所業の裏で、どんな邪悪が笑っているのかを、僕は知らなければいけないんだと思う」

「なるほどな。確かにそうかもしれねえや」

 のっしのっしと歩いてくるレグゥが口を挟んできた。戻って来たらしい。ボガア・ナガアやムイムも一緒だった。

「ムイム。人使いが荒くてすまない。たぶん君のことだ、どこにいても僕たちの会話は聞いていたんだろうから、頼みたい。現在のリーベラの居場所の調査、リーベラの屋敷の地下に隠されたエリアがないかの調査、あの村の周辺に同様の施設、あるいは、関連するような施設がないかの調査、をお願いできないかな」

「そのくらいならお安い御用です。人使いが荒いというほどのことではありませんよ、ボス。むしろもっと頼っていただいても良いくらいです。小一時間もいただければ調べてきましょう」

 ムイムはそう言って、次元の亀裂に消えた。

「すげえ優秀な密偵だな、俺も一人欲しいぜ」

 感心したように、レグゥが唸る。

「私も、あのくらいお役に立てるようにならなくちゃ」

 と、謎の使命感にフェリアが燃えだした。

「待っていてくださいね、師匠。私もたくさん勉強して、すぐにお手伝いできるよう、頑張りますから」

「ありがとう。でも、その意気込みはまだ早いかな。あまり気負いすぎると空回りするから、気を付けて。君の安全のために連れて歩けなくなるおそれすらあるからね」

 僕は彼女の先行きが心配になったので、フェリアに少しだけ厳しめに言った。

「それに、今はまだ、君やシエルには、自分のために時間を使ってほしい」

 僕の言葉に、二人が頷く。

 その顔を見ていて、僕はふとシエルに聞き忘れていることがあることに気づいた。

「そういえば、君の名前は誰がつけたの? それに、言葉はどうやって覚えたの?」

「言葉はフェリアのお母さんが教えてくれた。名前もくれた。フェリアのお母さんは、インプの目を盗んで、世界を恨まないこと、未来を信じること、自分を諦めないことを私とフェリアに教えてくれた。だから、私にとっても、お母さん。ゼラチナス・キューブが生み出せたから、私もお母さんを助けたかったけれど、私の粘液は、飛んでいるインプには届かなかった」

 そう言って、シエルは目を伏せた。


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