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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第一章 聖騎士見習いとして(4)

 それから大聖堂での生活や、見習いの訓練について、いくつかの説明を受けたあと、僕は応接室を出た。

 自室は先に案内されていたから、一人でも迷う心配はないとはいえ、いきなりコボルドが一人で大聖堂内を徘徊するのはまずいので、聖騎士レンスが部屋まで付き添ってくれた。おかげで部屋までの移動中に特にトラブルはなかった。

 自室は南向きに窓が一つあって、西の壁際にベッドがひとつ、そのとなりにクローゼットが用意されている。東の壁際に机と本棚が並んでいて、小さなキャビネットもあった。十分な広さがある、快適な部屋だ。

 自室に戻り、聖騎士レンスと別れた僕は、机に向かって初日をどうやって過ごすかをぼんやり考えることにした。やっとひとごこちついた瞬間だった。

 けれど、そう思った矢先に、いきなり扉がノックされる音で休息はすぐに破られた。

「すこし、いいかしら」

 ついさっき聞いた声だ。顔を合わせないように配慮してもらう話はどうなったのか、そもそもどんな用があって来たのか、僕はすくなからず面食らった。

 とはいえ、そのまま無視をするわけにもいかず、僕は机から離れて、扉を開けた。

「くつろいでるところ、失礼するわね。どうしてもはっきりしておきたいことがあったから」

 セラフィーナは、白銀色の長い髪の子で、薄く紫がかったグレーの目をしていた。年齢は、たぶん一四、五才くらいだろうと思う。

 彼女は腕を組んで廊下に立ったまま、部屋に入ってこようとはしなかった。口では謝っているけれど、すこしもそんなことは思っていない声だった。

「あなた、自分の家から木剣を持ってきてるわね。少し手合わせをお願いできるかしら」

「何故……」

 僕が問いかけると、心底不快だといいたそうに、セラフィーナはため息をついた。

「これは失礼。私は、セラフィーナ・シルキア。このレウダール王国で、代々騎士を輩出している由緒ある家の者よ。だから、あなたのようなモンスターと訓練を共にすること自体、血族に汚名となるかもしれないの。ましてやあなたのようなコボルドが、同期の聖騎士になるなんて、わが家名にかけて絶対に認めない。それを実力で分からせてあげるってことよ。あなたのその小さい頭でも理解できたかしら?」

「そう言われても、僕はあなたの実力が、どの程度のものなのか知らないし、着いたばかりで自己訓練の決まりもちゃんと理解できていないのです。これは決闘になりかねない。だから受けられません」

 僕はもちろん断った。彼女が僕を嫌うのは自由だけれど、それでどちらかが怪我をするのは真っ平だった。

「つべこべ言わずに来る。でなかったら、荷物をまとめてさっさと帰って。実力が分からないというのなら、説明してあげる。私は三年間実家で国仕えの戦士から剣の指南を受けて、聖騎士にスカウトされたわ。こちらでの訓練はまだ半年だけど、まあ、どう考えても私のほうがあなたより経験があるってこと。これでいい?」

「そんなに腕比べが重要ですか? ……分かりました。それであなたが納得するなら、お相手します」

 断りたかったけれど、口で言っても引いてくれそうにない。僕は拒絶をあきらめ、訓練場で剣を合わせることにした。

 ほかに見習いがいて止めてくれることを期待したけれど、訓練場には誰もいなかった。見習いは僕たちを含めてあと二人いるという話だけれど、彼らにはまだ会ったことがない。初日にいろいろ詰め込まず、後日に、ということなのかもしれない。

 完全に一対一の構図で、僕とセラフィーナは対峙することになった。使うのは訓練用の木剣。僕用の木剣は正式にはまだ届いていないので、家で訓練に使用していた自前のものを使うことにした。

「ノールから子供を守ったっていう話だもの。少しは自信があるでしょ? どのくらいの実力か見てあげる。コボルドに期待はしてないから、弱くても泣かなくてもいいわよ。とにかく、この大聖堂で聖騎士を目指すなんて間違いだって理解してくれれば、それでいいから」

 セラフィーナは、一方的に言いたいことだけを言うと、剣を構えた。

 対峙すると、セラフィーナが剣を構える姿勢は確かに綺麗だ。木剣を前に、木盾を斜めに。剣先を上げ、半身に構えた姿はどっしりとしていて、まさに騎士といった威風があった。でもなんだろうか、森で自己鍛錬していたときに襲ってきたモンスターたちのような怖さはない。

「ご指導よろしくお願いします」

 僕は低めの姿勢で木剣を構え、細く息を吸った。

 僕には人間サイズの剣は重すぎてうまく扱えないから、僕の剣はセラフィーナの剣よりずっと軽くて短い。僕にとっては長剣のサイズでも、人間からすれば短剣サイズだ。

 そして、僕は人間と比べてずっと小さくて、軽い。リーチを稼ぐために大きく構えることも試したことがあるけれど、それはうまくなかった。体が軽すぎてバランスを崩しやすくてむしろ危険だと実体験で学んだ。だから、僕はできるだけ小さく、俊敏に動ける姿勢で構える。木盾を前に、木剣は前に出さない。けれど、剣先が後方に向かないように、気持ち前に向けるように気を付けている。剣先は上げず、地面に向かって逆に下げ、左足を前に、右足を半歩後ろに。顔だけは正面からそらさずに、なるべく相手にさらす面積を減らす。視線は遮らないように体を盾で隠す。

 実際に正しく剣を学んだセラフィーナにどこまで通用するのかは分からない。それに、勝負を受けた瞬間は面倒なことになったと思ったのも確かだ。けれど、はじめて人間との腕比べに、実際のところ、少し僕はわくわくしはじめていた。

 自信満々に僕を潰すと言い張るあたり、上達はセラフィーナのはずだから、待ちは失礼だ。こちらから踏み込む。

 盾を下げず、盾ごと体当たりするくらいの気持ちでつっこむ。反応したセラフィーナが剣を右斜めから振り下ろしてきた。

 それは想定内の反撃だった。僕は、右から摺り上げるように盾を振り、逃がす。そして、その勢いのまま、剣を右から振り抜く。

 セラフィーナは落ち着いて僕の斬撃を盾で受け止めた。

「意外に速いじゃない。でも、軽す……」

 余裕を見せたかったみたいだったけれど、僕はそれを聞いていなかった。受け止められた剣をすぐに引き、左上に回すと次の斬撃に続ける。一瞬驚いた顔をしたセラフィーナは、その一瞬のせいで盾を向けるのが間に合わないと判断したのか、今度は剣で受けとめに入った。

 でも、僕の剣はそこにはなかった。

 僕の剣は軽い。重さで振り下ろす武器ではないことを逆に取り回しやすい利点と考えている。だから、素振りでも振ることよりも止める、ということを、僕は繰り返し意識して練習してきた。剣を打ち合わせる前に剣を引き、そのまま次の攻撃へ。

 剣で受け止める選択をしたせいで、セラフィーナの盾は後ろに下がっている。僕の剣先がまっすぐ、セラフィーナの胸元を捉えて止まった。

「あ」

 突きがきれいに入ったことに僕は驚いた。

「え?」

 セラフィーナの目にも驚きの色が浮かぶ。

 ここまできれいに誘いが決まることは実戦ではほとんどないし、こんなにすぐに勝敗が決まるとも思っていなかった。

「ゆ、油断しすぎた。……なによ、コボルドらしい姑息なフェイントを使うじゃない」

 そう言葉では強がって言っているけれど、セラフィーナの声色とくやしそうな目が、不自然に揺れていた。彼女はきっと油断などしていなかったのだ。

 それでもこれは自己鍛錬の手合わせという名目の勝負だ。セラフィーナはこれで終わりということにするつもりはなさそうだった。セラフィーナはすぐに構えなおし、僕もそれを見て剣を構えなおした。

 今度はセラフィーナから果敢に攻めてきた。体が覚えているのか、重みがある攻撃を、あらゆる角度から自在に繰り出してくる。しっかりと練習された正確な攻撃だった。

 でも、正直すぎた。少しでも僕が変化を混ぜた反撃をすると、途端に後手に回り始め、すぐに攻守の流れを崩していく。そうやって打ち合っている間に、セラフィーナに怖さを感じない理由に、僕は合点がいった。実戦経験が少なすぎるため、動きがお手本通りをなぞっているだけなのだ。

 それでも習熟はしているから、さっきのようにこちらの攻撃がきれいに入るということはなかった。

そして、僕たちは一進一退の攻防を続けていたけれど、少しずつ、攻撃の重さや鋭さに、差が出始めた。

 体力の差が出てきたのだ。しっかりと基礎鍛錬をしているセラフィーナと、自己学習の僕では、さすがにセラフィーナのほうが、スタミナがあるようだった。僕はすこしずつ押され始めていることに気づいた。

「へばってきたのかしら。おチビさん」

 それはセラフィーナも感じているようだった。勝てる、という輝きが、目に宿った。さっきの一敗が、重くのしかかっているのかもしれない。

 そのままスタミナを奪う戦術に出たのか、上から右から左からと連続で剣を振り下ろしてくる。速さが乗りやすい攻撃を裁くのには、確かに、体力を消耗するだろう。

 ガンガンと連続で打ち込まれてくる攻撃には伸びがあり、僕の剣先の外側から振り下ろされてくる。反撃させないという意思を感じた。

 ただ、間合いを詰められることを嫌うあまりに、攻撃が斬撃ばかりで単調になってきていることに気が付いていないのだろうか、と感じた。妙な感じがした。

 付けこむ隙はつかんだ。けれど、それは罠かもしれない。

 剣を突きだし、踏み込む。

 やはり罠だった。急にセラフィーナの剣が変化し、突きの一撃が正面から繰り出される。

 僕は身を回転させてかわし、体が回転するに任せて、勢いのまま横薙ぎに剣を振った。というか。振ろうとした。

「はい、そこまで」

 誰かが、僕の剣をひょいと無造作につかんだからだった。突然のことに、勢い余って僕はバランスを崩し、剣を離して転びかけた。

「おっと、ごめんよ」

 それも伸びてきた腕が受け止めてくれる。思ったよりも細身の腕だけれど、鍛えられた腕だった。

「すみません。ありがとうございます」

 礼を言って体勢を立て直すと、僕は止めに入った人物を見た。

 一五、六才くらいの若い男の人だった。神官服を着ていて、片手に僕の剣と何かの書物を一緒に下げていた。金髪碧眼のすらっとした背の高い人物だった。

「いや、いい。うん、それにしても君は強いね、でもね、最後のあれは訓練では使っちゃダメだ。あのままでは相手を怪我させてしまうよ。勢いをつけすぎだから、加減を覚えよう」

 彼はそう言って穏やかに笑うと、それからセラフィーナを見た。彼の声は、とてもきれいに澄んでいた。

「惜しいところだったね。すこしだけ揺さぶりが足りなかったかな。おそらくだけど、実戦経験の差が出たのだろうね」

「はい、こんなやつに負けているようではまだまだです。コボルド一匹倒せないようでは恥ずかしいばかりです」

 セラフィーナは本気で悔しそうな顔をしていた。けっこう腕に自信があったのだろう。連続して二敗した事実を、受け入れがたいという表情で、答えた。

「いや、それは違うと思う。彼をコボルドだと思っているうちは、彼に勝つのは難しいかもしれないな。むしろそれは彼に対しての君の過小評価だと思うよ。相手を正しく評価できなければ、自分の身を危うくする。モンスターを種族くくりで見て個体差を見ないのは、直したほうがいいよ」

 でも、男の人は、そう言って、セラフィーナの言葉を否定した。彼は興味深そうに僕を一度眺めると、セラフィーナに笑いかけた。

「君が弱いとはぼくは思わない。彼が強いんだ。ぼくも、こんなに強いコボルドがいるってことが信じられないけれどね。世界は広いな。そうは思わない?」

「そう、かもしれません」

 セラフィーナはうなずいたけれど。

 僕は、彼女が忌々しげに横目で僕をにらんでいることに気が付いた。その目は、気に食わない、と語っていた。

「それはそうと」

 そんな彼女を気にした様子もなく、男の人が、今度は完全に僕に向き直って言った。笑顔が自然で、とても柔和そうに見えた。

 実際のところ、セラフィーナがしつこく僕に食い下がってくるのを覚悟していた僕は、彼がその機会を妨害してくれたことに対して、感謝の思いすら感じたから、そう見えたのかもしれなかった。

「初めまして、ぼくはアルフレッド・ステイルだ。ぼくは神官職の見習いをしている。君が今日から聖騎士見習いに加わったというコボルドのラルフ君だよね?」

「はい、そうです。それと、相手を怪我させないように注意するようにします。ありがとうございました」

 僕が礼を言うと、アルフレッドは手を振ってそれを止めてきた。彼は静かに言った。

「それは、まあ、君が今後学ぶべきことなのだろうね。ぼくがとやかく言うべきじゃないと思う。だから君もこれ以上は気にしないでほしい。ところで、ひとつ聞いてもいいかな?」

「はい、なんでしょうか」

 僕に興味があるみたいだけど、どんなことを聞かれるのか、僕は少し身構えた。優しそうな表情の裏で、真逆なことを考えている人もいると、理解しているつもりだ。

「ああ、そんなに身構えないでほしいな。本当は聞きたいことは山のようにあるけれど、急にそんなに質問を積み上げられても君が困ってしまうだろうから、今聞きたいのはひとつだけなんだ。うん、といっても、ぼくにとっては、これからの人生を左右する、とても、とても大きな意味をもった質問、というか、お願いなんだけど」

 急に笑顔を消したアルフレッドが、そこまで言って大きく息を吸って吐いた。呼吸を整えるように。

 身構えないでとは言われたけれど、これはいよいよもって重大なことになってきた、と僕にはむしろ緊張しか感じなかった。ぎこちなく固まっていると、不意に彼の声が訓練室に響いた。

「これから一緒にこの大聖堂で暮らす仲間として、お願いしたい。ぼくと友達になってもらえないかな?」

「ええと」

 驚いた。そういうたぐいの質問は、予想していなかったから。僕はすこしの間、自分が何を言われたのか理解できないでいたけど、やっとその言葉を頭の中で繰り返して、理解した。

「いいんですか? ええと、その、僕はコボルドだから、なかなか友達は作れないだろうと予想していたから。だから、こんなに早くその言葉を聞くとは思ってなくて。すみません、人間の街で暮らすのには慣れていないから、力になってくれる友達が、もしいてくれれば、とても心強いとは思います。だから、いえ、そうじゃないな。僕は、人間や、エルフやドワーフや、そういったひとたちの誰かとでも友達になれるなら、そういう生き方をしてみたいと思っているんです。だから、純粋に友達になりたいからって理由だけで、僕でよければ、ぜひ」

 僕の答えに、アルフレッドはまた笑顔になった。いままでの優しい笑顔ではなくて、小さな男の子が見せるような、無邪気な笑顔だった。

「ありがとう! 困ったことがあればいくらでも力になるよ。そうだよね、モンスターの君が街で暮らすのは何かと危険や不便もあるはずだよね。いくらでもぼくを頼ってほしい。握手しよう! してもらえないかな?」

 彼が手を差し出した。

 その手を僕はすぐ握った。

 きつく握手を交わすのはちょっと正直痛かったけれど、とても僕もうれしかった。

「ああ、コボルドの手だ。鱗がある手だ。すごい。ぼくが特別なんじゃなくて、君が特別なんだろうけど、とにかくすごい。僕はいまモンスターと友達になれた。ごめん、モンスターと言われて気に障るようならごめん。君はラルフで、いわゆるコボルド扱いしちゃいけないんだろうと思う。でも、分かり合えるモンスターがいるっていうこんな実感は、とてもぼくには嬉しいことなんだ」

 それ以上に彼は嬉しそうで、とても興奮していた。

「僕もうれしいです。僕と友達になることをこんなに喜んでくれる人間がいると分かってとてもうれしいです」

 僕たちは、一度手を放し、それから、もう一度、握手を交わした。

 僕にとって、アルフレッドと友達になったことが、どんな未来につながるものなのか、まったく分からない。けれど、彼はとてもやさしい声をしていて、穏やかで、この握手はとてもすてきな未来のはじまりなのだと思う。

 そんな風にふたりではしゃいでいると。

 扉が大きな音をたてて開かれて、閉じられる音が響いた。

 慌てて見ると、部屋に中には、セラフィーナの姿がなかった。

「どうしたんだろう」

 僕が、扉を呆然と眺めると、アルフレッドは僕の疑問に答えてくれた。

「セラフィーナ嬢には、モンスターはすべて敵なのかもしれない。大聖堂内で君が歓迎されるほど、おそらく受け入れがたい気持ちになるんだよ。そういう人もいるのは仕方がないことなんだよ。ぼくには、彼女の価値観が間違っているとは言えないけれど、君という存在は僕らの友人なんだということを、彼女も認めてくれる日がくればいいとは思う」

 見た目通り、アルフレッドは優しいのだろうと思った。彼の言葉は、たぶん、セラフィーナの心には届かないのだろうけれど。

 僕には、他人の生き方に口を出せるほど、人間の心は分からないから、今はどうにもならないのだろうと思う。すべてが順分満帆というわけにいかなくても、仕方がないことだということだけは忘れないようにしよう。

 こうやって人間に交じって聖騎士を目指すことになったけれど。それでも僕は、一生ずっとコボルドだから。

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