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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第一章 サレスタス盆地の探索(8)

 レグゥが力任せにタンクを破壊すると、変化はすぐに現れた。タンクから液体が床にあふれ出して広がるのとほとんど同時に、カオス・スポイルの姿がぐにゃりとひしゃげ始めた。

 その姿が急速に縮んでいくため、つながっていたチューブが勝手にはずれる。そちらからも逆流した液体が檻の中に零れ落ちた。

 狂った配色だった粘体が透明になり、それから灰色に濁っていく。それはレグゥより少し大きいくらいの楕円系の滑らかな物体になり、床から数メートル浮き上がった。

 そして、突然、細かい灰色の粒が飛び散った。その中心に、銀色の肌と銀色の髪、瞳のない凹凸だけの目をした女性像が浮いていた。背中にはやはり銀色の翼が生え、ゆっくりと羽ばたいていた。

 彼女は、僕とレグゥを見下ろして言った。

「ありがとう」

 そして、大きく裂けてはいるものの、まだ原型を保っているタンクに向けて腕を突き出した。

 腕が錐状に変形しながら伸び、タンクに突き刺さる。それは鉄板をたやすく貫き、タンクの逆側まで貫通した。

「良かった。まだ動ける」

 腕を戻しながらつぶやいて、彼女は降りてきた。

「インディターミネート・レジェンダリー」

 僕は自分がそう口にしていることに、自分で気が付いていなかった。けれど、彼女は僕の言葉をしっかり聞いていた。

「それは私のこと?」

「うん。よくは知らないんだけど。鉱石でできた卵から生まれる不定形生物で、液化した金属の体を持っているっていう話くらいは知っているよ」

 僕がそう答えると、シエルは少しだけ笑った。

「そうなんだ。私は気が付いたらここにいた。ずっとあの醜い姿だった。だから、自分のことを何も知らない」

 なんという恐ろしい話だろう。僕はぎりぎりを奥歯を嚙んだ。フェアリーの女の子といい、シエルといい、なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか。そんな風に怒りを覚えた僕は、そういえばフェアリーの女の子の名前がシエルでないなら、彼女の名前が分からないことに気が付いた。

「そういえば、インプたちがいた部屋に、フェアリーの女の子が捕まっていたんだけれど、彼女のことは何か知らない?」

「知ってる。どこにいるの?」

 シエルが言うと、僕の背中で荷物がガサガサと鳴り、フェアリーの女の子が出てきた。眠っていてくれたらと思っていたのだけれど、起きていたらしい。あれだけいたぶられていた直後なのだ、眠ることができなくても無理はないかもしれない。

「私は、フェリアです。私もシエルのことはよく知っています。彼女がいてくれなければ、とっくに私は心が壊れていたと思います」

「私も同じ。フェリアがいてくれたら、耐えられた」

 二人はうなずきあい、それからフェアリーの女の子、フェリアが言った。

「この場所がどういった施設なのかは、死んだ母から教わっています。ここから逃げ出せたら、すべてお話しします」

「分かった。シエルが大丈夫なら進もう」

 僕は部屋の奥を見ながら言った。部屋の隅に扉があり、まだ奥へと進めそうだった。

「私は大丈夫。むしろこんな場所にはこれ以上いたくない」

 それは当然だろう。僕たちはさらに奥へと向かった。しばらく行くとまた小部屋があった。

 部屋に入るとヘルハウンドが一頭飛び出して来たけれど、僕とレグゥで距離を詰め、ヘルハウンドが、より小さい僕に襲い掛かって来たところを、僕らの後ろからシエルの腕で串刺しにしてもらっただけであっさり撃退できた。パーティーを組むということは、これほどまでに心強いものなのか、と思った。

 小部屋には特に何もなかった。通路は奥に続いていて、その先は昇りの螺旋階段になっていた。階段を登りきると岩にカモフラージュされた扉があり、開けると、盆地のはずれらしい岩壁から外に出ることができた。

 あたりはすでに薄暗くなりかけていた。

 そこからはレグゥが先頭に立ち、コボルドたちが待っている大氷穴の入り口を目指すことにした。人数が多いほうが安心だし、リーベラに大氷穴の探索のことやコボルドが探索することを話してしまったため、コボルドたちが心配だったからだ。

 大氷穴の入り口に向かっている最中に、僕の所在を察知してくれたムイムが合流してきた。

「当たり以上のものでした」

 レグゥに続いて歩く僕の肩に乗ると、ムイムはすぐにそう切り出した。

「まず、あの村で最下級の奴隷としてコボルドが使われているのは、その通りのようです。定期的にコボルドの住処を襲って卵や雛を奪っていた形跡があります。ただ、現在のコボルドの住処が分からず、新しい奴隷が集められてないらしく、コボルドの群れを見張ってるようです。コボルドの群れはそれを承知していて、そのために住処に戻らないようにしてるってのが実態ですね」

「やっぱりか。でもそれだけなら、ただのよくある話だ。それ以上と言うからにはもっと他に核心があるんだね?」

 僕が小さな声で尋ねると、ムイムはさらに声量を落として答えた。

「ゴブリンたちもどちらかというと支配されて逆らえない状況のようです。それと、この村自体、アストラル異常で正しくアストラル界から情報が読み取れない状態です」

 ムイムはそう言って難しい顔をした。

「しかし、原因となる事象が見つかりません。目に見えない何かがありそうです。また」

 と、ムイムは一旦言葉を切って、言った。

「例の次元のひずみですが、一度別の場所から作り直された形跡があります。それがリーベラたちの手によるものだという確証はありませんが」

「リーベラの狙いは何だろう」

 僕は首をひねった。それが分からない。

「大変報告しづらいんですが」

 と前置きしてから、ムイムはレグゥを眺めながら、彼に気が付かれていないかを気にするように言った。ムイムにしては珍しい態度だった。

「外世崇拝はご存じですか」

「初めて聞いた言葉だ」

 僕が答えると、ムイムは知らなくて当然と言いたげにうなずいた。

「簡単に言うと、この次元宇宙の外側にも世界があり、『追放されたものたち』がいるっていう信仰です」

「なるほど、理にはかなっているね。次元宇宙の外の世界があっても不思議はない話だ」

 僕はうなずいた。それでも追放されたものがいるとするなら、その信仰の内容は剣呑なものになるだろう。

「その『追放されたものたち』を帰還させるために外道を追及しているとか?」

「まさに。この次元では初めて見ましたが、多様な次元に病原菌のようにはびこる厄介な思想で、『追放されたものたち』を帰還させ、現世の次元宇宙を破壊することであるべき世が訪れるという思想の、いわば邪教です」

 なるほど、ムイムの言いたいことが分かって来た。僕は少し頭を整理してから、彼に聞いた。

「オークたちの生命を吸い上げようとしている?」

「可能性はあります。マテリアル界と比べアストラル界は非常に不確かで。破れやすい境界を持っています。そして魂のエネルギーはアストラル界では力です。それをもって次元の穴を開けようという企みは古来から繰り返されています」

 ムイムはそう言って頷いた。

「幸いなことにこれまでその企みが成功したことはないですが、理論上は可能であるとされています。次元の穴が外世につながるのかについては実際に成功させたものがいないんで不明ですが、そのような試みが繰り返されればいずれほころびが広がり、外世側からこじ開けられる可能性はある、と唱え警鐘を鳴らす者もいます。とはいえ、今回の次元のひずみに関しては、吸い上げた魂を集めている形跡がないため、実際の次元のひずみの目的は分かりません」

「仮に魂を吸い上げるためにあるとすれば、オークは大量にいる生物としては生命力が強い。人間やドワーフよりも。絶好の生贄というわけか」

 僕は苦々しい思いで唸った。とすれば、僕たちが時空のひずみを除去しようとすれば、必ずリーベラは邪魔してくるだろう。ため息をついて、ムイムに告げた。

「ありがとう。よく調べてきてくれた」

「奴の目的がなんだっていいじゃねえか」

 僕たちの会話が終わるのを待っていたように、振り返りもせずにレグゥが口を開いた。

「俺たちがやることは変わらねえだろう?」

「その通りだ。リーベラが何を企んでいようと、彼女の行いは許すわけにいかない。そしてそれは、僕らが正義を成さなければいけないかかどうかの問題でもない。ただ純粋に、最低でも、シエルやフィリアが受けた痛みの代償は払わさなければいけない」

 僕はレグゥの耳が思った以上に良いことに半分驚きながら、頷いた。

「彼女たちが受けた仕打ちに、僕は心の底から怒っているからだ」

「奇遇だな。俺も怒り狂ってるぜ」

 レグゥが笑った。けれど、その目は少しも笑っていなくて、僕にも彼が本当に怒っているのだということが分かった。


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