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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第一章 サレスタス盆地の探索(7)

 また血が上りそうになる頭を紛らわせるため、僕は部屋の中を調べることにした。

 部屋の中には檻が三つある。全部扉が開いていて、ひとつはフェアリーが入っていたもの、ひとつは空、そしてもうひとつ、フェアリーが入れられていた檻の隣に、砂の山があった。

 フェアリーは死ぬと砂の山になるという。

 僕は奥歯をかみしめるように、

「お母さん?」

 とフェアリーに聞いた。彼女は無言でうなずいた。

「そうか。君たちの弔いの方法は知らないけれど」

 僕は先程の布切れを作った胴着をさらに切り、その上に砂の山を掬って移した。

「こんな場所に放置して行っていいわけがない。どこかに埋めてあげよう」

「ありがとうございます」

 フェアリーはまたお礼を言って、それから無言に戻った。

「話を聞いてあげたいけれど、ここは危険だ。もし眠れそうなら、僕の荷物の中で、眠って体を休めるといいよ」

 僕の言葉にうなずいて、フェアリーは僕の荷物の中を見回すと、毛布の中に潜りこんでいった。

「願わくば、その魂が安らぎの中にありますように」

 砂の山を布で包むと、僕はそうお祈りしてから、ひもで縛って袋状にして荷物の中にしまった。

 そんな風に荷物を片付けていると、洞窟のほうから声が響いてきた。聞き覚えのある声だ。

「せめえ洞窟だな。なんでえこりゃあ」

 レグゥの声だ。僕は荷物を背負うと、彼の到着を待った。レグゥが部屋に姿を現す。そのとたん、彼は顔をしかめた。

「なんだこりゃあ。けったくそ悪い匂いがしやがるぜ。なあ、レイダーク卿。こりゃあいけねえよなあ」

「もちろんだ。この部屋がリーベラの家からつながっていたということは、彼女が確実に関係している。こんなことをして何のつもりかが分からないけれど、やったことの報いは受けなくてはいけないと思う。協力してくれるかい?」

「ああ? そりゃあ当然だろう。うちのモンにも危険かもしれねえからな」

 レグゥはそう言ってにやりと笑った。オークというのは粗暴で暴力的なモンスターだと聞いていたけれど、意外にそうでもないのかもしれない。

「にしてもだなあ。もともときなくせえから手を借りたくなかったんだが、こうはっきりやべえもん見ちまうと、もうあいつらの手を借りるのはやめた方がいいだろうな」

「まあね。願い下げだな」

 僕もうなずく。

「それにしてもよく地下室の隠し扉見つけたね」

「あ? ああ。あんたの匂い追っただけさ。自分じゃ見つけらんねえよ、あんな仕掛け。ああ、そうだ。こっちも聞きたかったんだけどよ」

 腹の底から響くような笑い声をあげてから、レグゥは言った。

「屋敷ん中のヘルハウンドを倒したのはあんたか?」

「そうだけど、どうかした?」

 何か問題があったのかと聞くと、感心したようにレグゥは唸った。

「いや。見かけによらず、やるモンだな。いや、武装に違わずか。あんたよお、コボルドを基準にしていいか、人間の聖騎士連中を基準にしていいか、ややこしくていけねえや」

「それはすまない。できれば聖騎士基準で頼みたいな。とりあえずここを出たい。屋敷がどうも囲まれてるみたいで、脱出方法を探しているんだけど」

 部屋を見回して、僕は言った。来た道を戻るのは気が乗らない。奥の通路を進むしかないだろう。

「奥へ行こうと思う。レグゥはどうする?」

「あん? そりゃまあ。行くしかないだろよ。こんなところまで踏み込んどいて、戻ってリーベラを待つわけにもいかねえだろ?」

 僕たちは奥の通路を進んだ。アロートラップや落とし穴などの初歩的な罠が仕掛けられていたけれど、その程度の古典的な仕掛けは、自由が利きにくい鎖帷子で覆われた手でも解除するのは楽なものだった。

「器用な聖騎士さまだな、おい」

 レグゥに妙に感心されたので、僕は笑いながら、ガントレットをはめた手で無造作に針金をクルクルと回して見せて答えた。

「それは、まあ、コボルドだもの。罠のことならエルフごときには遅れはとらないよ。鎖帷子の指は確かに動かしにくいけど、この程度の罠ならハンデにもならないね」

「なんだよ、そりゃ。聖騎士基準はどこ行ったよ。まあいい。隠し扉の横のスイッチが動かなかったのもあんたが?」

 歩きながらレグゥが言う。

 あんな見え見えのボタンを押したのか。僕は苦笑した。

「スパイクの罠ね。あんなもの、解除するまでもない。歯車に異物を噛ませるだけでバネのストッパーは外れなくなるよ」

「そういうもんか」

 良く分かって言いない顔で、レグゥはうなずいた。

「ところで、リーベラの手伝いをするって出て行ったと思うんだけど、どうだったの?」

 僕が歩きながらレグゥに聞くと、

「どうもこうもねえ。見失ったよ。あんたと合流したほうがいいかと思やあ、屋敷の周りに怪しいゴブリンどもがうろついてるときた」

 そう言ってレグゥはため息をついた。

「何人かのしてから屋敷に入ったら、あんたいねえしよ。なんかあったら寝覚めわりいし、追いかけてきたって寸法さ」

「なるほど。助かるよ」

 通路の先はかなり長い下り階段になっていて、その先は別の部屋に続いていた。そこは巨大な空間で、大きな檻が一つだけ設置されていた。

「これは」

 僕は思わず顔をゆがめた。檻の中にはぶよぶよした巨大な塊が収容されていて、絶え間なく形を変えながら蠢いていた。まるでできそこないの粘体の塊のようなそれは、狂気が実体化したように、あらゆる色がまだら模様を作っていて、その色も絶え間なく変化しては消えていっていた。

「カオス・スポイルか」

「なんだそりゃあ」

 レグゥは知らないようだった。無理もない。正直言って、知っている方がどうかしているモンスターだからだ。

 カオス・スポイル。『混沌の芥』の名の通り、何かのなり損ないではないかと言われている。生成実験に失敗した魔法生物の成れの果てではないかという説が有力だけれど、正確なことは分かっていないらしい。ただそこにある以外、意思があるのかも不明、死ぬことがあるのか、そもそも生きているのかも分かっていない。何故なら詳細の調査をしようにも、粘体の塊という以外、何かの手掛かりが得られたという記録がないのだ。

 檻の中のカオス・スポイルには、用途の分からない、いくつかのチューブが取り付けられていて、緑色をした液体がカオス・スポイルに注がれ、その逆にカオス・スポイルの一部と思われるおぞましい色の液体を吸い上げていた。チューブの先は大きなタンクにつながっているようだった。

《来テクレタ。アリガトウ》

 頭の中に声が届いた。

 まさか、声の主は。シエルというのは。

《タンクを、壊シテ》

 カオス・スポイルは相変わらずグネグネと形を変えている。僕は檻のそばに歩いていくと、聞いた。

「君なのか?」

《ソウ。ワタシが、シエル》

 カオス・スポイルに名前があるわけがない。これはやはり何か別のものになるはずだったものか、何か別のものが変異してしまったものに違いない。

「何があった? どんな事情があれば、カオス・スポイルなんかに」

《ソレは、タンクのセイ。タンクが、私ガ持ツはずダッタチカラを、全部盗ンデイク。タンクを壊シテ》

 そういうことか。僕はカオス・スポイルが伝えてきた話をレグゥに伝えた。

「あのタンク、レグゥのその剣で破壊できないかな?」

「お安い御用だが、タンクの中わけわかんねえ液でいっぱいなんだろ? 毒とかじゃねえよな?」

 レグゥが言うことはもっともだ。僕はタンクを調べて、中身の手掛かりがないかを調べた。

 緑の液体のほうはすぐに正体が分かった。

「こっちは大丈夫だ。中身はただの野菜のしぼり汁だよ。養分補給させているだけだ」

 問題はカオス・スポイルから採取されている液体だった。正直分からない。

 僕は仕方なしに、一番分かりやすい方法をとった。

 タンクの側面を開け、零れてきたどろりとした液体に腕を突っ込む。しびれはなく、溶けたりもしなかった。

「大丈夫だ」

 僕が言うと、

「お前、大胆だな」

 レグゥが顔をしかめて答えた。


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