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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第一章 サレスタス盆地の探索(6)

 ムイムが戻ってくる時間を待つ時間はなかった。家が何者かに囲まれている、と感じたのはほんの偶然のいたずらだった。

 少し頭を冷やしたくて窓を開けたら、視界の端に素早く隠れる何者かの影が見えたからだ。ピリピリとした緊張感が生まれ、僕はこのまま広間にいるのは危険かもしれないと判断した。

 広間からは左右に延びる廊下が一本ずつと、家の奥に続く廊下が一本、さらに二階に上がるための階段があった。

 ひとまず、階段は却下だ。最悪袋小路に追いつめられることになる。そうなると廊下を進むしかない。僕は外から丸見えになる左右の廊下を避け、家の奥へと向かった。

廊下には、左右に扉が一つずつあって、その先で行き止まりになっている。行き止まりに大きな花瓶。僕はまず左の扉のノブを回した。鍵がかかっている。工具でこじ開けることを考えたけれど、それは右の扉も開かなかった場合の選択肢とした。

 右の扉のノブを回す。そちらは開いていた。

 扉を開け、中に入る。そこは質のいい絨毯が敷かれた部屋になっていて。

「っと!」

 僕は慌てて剣を抜いた。

 部屋の中にいた真っ黒な体の犬が躍りかかって来たからだ。

「こいつ!」

 床の上を横に転がって黒犬の目の前から退避する。間一髪で僕がいた場所を炎の息が焼いた。

「ヘルハウンドがなんでこんなところに!」

 番犬にしても物騒すぎる。僕は床を蹴って起き上がると、その勢いのままヘルハウンドの頭に剣を突き立てた。

 ヘルハウンドが下がる。僕の剣はわずかにヘルハウンドの頭に傷をつけたけれど、致命傷には程遠かった。ヘルハウンドは手負いになったことで興奮しているのか、ぎらつく目で僕をにらんだ。

「参ったな」

 間合いを取るのは危険だ。弓対炎の息の対決では分が悪すぎる。僕は盾で前面をカバーしながら間合いを詰め、剣を振りかぶった。

 僕が剣を振るよりも速く、ヘルハウンドがとびかかってきた。避けきれずにヘルハウンドの鉤爪が当たり、肩当てが激しく鳴った。前の鋲打ち革鎧だったら鎧ごと肩を引き裂かれていたかもしれない。

 僕はすぐに盾でヘルハウンドを押し返した。バランスを崩したヘルハウンドが、ちょうど後ろ足だけで立ってのけぞる姿勢になる。好機だ。無防備にむき出しになったヘルハウンドの腹に剣を突き刺した。

 避けられることもなく僕の剣はヘルハウンドをしとめた。番犬を退けたことで、僕はひとまずほっと安堵の息を漏らした。

 部屋の中を見回す。部屋の中には家具などは何もなかった。下手におくと、ヘルハウンドに燃やされて火事になるからだろうか。

 それから僕は、絨毯の一端がわずかに歪んでいることに気が付いた。絨毯をめくりあげてみると、床板が一部外せるようになっていて、開けてみると地下への梯子が出てきた。

 中は貯蔵庫のようだった。ひとまず僕は地下に降りてみることにした。あれだけの番犬を配置していたのだ。大方ただの貯蔵庫というわけではないだろう。

 地下の貯蔵庫には食糧やワイン樽などが収納されている。結構いい暮らしをしているのは分かったけれど、ワインなんてものをどうやって仕入れているのだろうか。行商が来るようなことをレグゥは言っていたけれど、樽でワインを運ぶ行商など聞いたことがない。

 貯蔵庫の壁を細かく調べる。特に隠されることもなく、むき出しで設置されたスイッチが見つかった。

 念のためあたりを探してみると、床に巧妙に隠された小さな穴が並んでいるのが見つかった。見え透いたスパイクの罠だ。ありきたりのトラップで芸がない。こんなものに引っかかるものか。とりあえず放置しても良かったけれど、僕は手間を掛けない程度に、作動しないように細工した。

 もう少し調べてみると、ワイン樽は空で、中に明らかに本命であろう隠しスイッチが見つかった。僕がそれを押すと、スパイクの罠が設置されたあたりの壁がスライドして開いた。

 その先は洞窟に続いていた。冷たい風が流れていて、岩壁や足元が湿っている。洞窟は狭く、人間なら一人がやっと通れる幅と言ったところだった。僕は岩壁を探ってスイッチを見つけると、壁を元に戻してから洞窟を進んだ。

 一本道を歩く。生き物の気配はなかった。けれど、正体が分からない、嗅いだことがない匂いがしていた。

 足を止める。そして飛びのく。

 頭上から半透明のゼラチン状の立方体が降って来た。さっきまで僕が立っていた場所の、ちょうど目の前くらいの場所だった。ゼラチナス・キューブだ。匂いの元はこれだった。

 武器が効きにくい嫌な相手だけれど、襲ってきたからには応戦しないわけにいかない。剣を構えて心構えをした僕の前で、けれど、ゼラチナス・キューブはぷるんと震えると去って行った。コボルドは嫌いだったのだろうか。

 なんにせよ、余計な消耗をしなくて済んだことには変わりなかった。僕はまた洞窟を歩き出した。

 さらに歩くと、洞窟の先方から光が見えてきた。用心しながらこっそり先を覗くと、ゼラチナス・キューブが扉の前でプルプル震えていた。洞窟に扉? 光はその扉から漏れているようだった。

《タスケテ》

 頭の中に声が響いた。

《タスケテ》

 頭の中に声が響くたびに、ゼラチナス・キューブがぐにゃりと変形する。ゼラチナス・キューブは戻ってくると、もう一度、ぐにゃりと変形した。

《インプがイル。トビラのムコウ、6ヒキ。タオセル?》

 インプは小型の悪魔的生物だ。悪魔的生物としては最下級で、その体格は僕よりずっと小さく、四〇センチくらいの身長しかないと記憶している。蝙蝠の羽と悪魔そのものの尻尾が生えている頭にはねじくれた角が生えているのが普通で、誰がどう見ても小悪魔という容姿をしているそうだ。幻術を得意としているけれど、それも初級術師程度の力で、跳ねのけるのも訳はない。武器を使うこともほとんどない、ゴブリンよりまし程度の強さといったところだという。

「うん、大丈夫だと思う。君は?」

《ワタシは、シエル。コノ先で捕マッテイル。生レタ時カラズット。サッキはゴメンナサイ》

 ゼラチナス・キューブはプルプル震えながら訴えてきた。そして、

「このゼラチナス・キューブは」

 と、僕は聞きかけている間に、溶けて消えてしまった。本体ではないということだ。本人に何かあったのだろうか。考えている場合ではないと、僕は走り出した。

 扉を蹴破るように抜けると、そこは石造りの人工的な小部屋になっていた。その隅に檻があって、インプが集まっている。その中心に、何か人形のように小さな人影が見えた。奥にも通路が続いているけれど、今のところそれはどうでもいい。

「貴様ら!」

 僕は剣を抜き、インプめがけて突進した。

 インプたちもギャアギャア不愉快な声を上げながら向かってくる。

 半ば怒りのままに、体が動くに任せて僕はインプたちを斬りまくった。僕はコボルドで、嗅覚には自信があるけれど、そのせいでこの場所で何が行われていたのか瞬時に理解してしまったから。完全に頭に血が上っていた。こんなに怒りを感じたのは、生まれて初めてだったのかもしれない。

 瞬く間にインプたちはすべて床に伏していた。それでも腐臭と血と、肉の匂い、そして、それよりも濃い、唾棄すべき下卑た匂いは消えない。僕は大きく息をすると、それよりも今は助けなければいけない人物がいると、冷静になろうとした。

 檻は開いている。

 僕はそこに見えた小さな人影のそばに歩いていった。そこにいたのは身長三〇センチくらいの、背に蝶のような羽の生えた女の子だった。フェアリーだ。

 檻の天井から垂らされた細い縄で、両手を縛られて吊るされている。服は着ていなかった。全身傷だらけで、今もいたぶられていたことがはっきりとわかる状態だった。

 縄を切り、解放してあげると、僕は荷物の中から体を隠せるような布切れを探した。ちょうどいい物がなかったので、僕は自分の着替えの胴着を一枚斬り裂いて布切れを作った。

 手をかざして癒しの光をまとわせる。幸いなことに彼女の傷は僕の力でも癒しきることができたようだった。

「ありがとうございます」

 フェアリーはそれを受け取り、自分の体を隠した。僕はどう声をかけていいのかわからず、しばらく彼女の姿を見ていることしかできなかった。

 彼女の体格は標準的なフェアリーで、鮮やかに青い蝶の羽が背中に生え、薄い緑の髪をしていた。けれど彼女には、ねじくれた角、血のように真っ赤な目という、フェアリーの特徴だけでなく、明らかにインプの血が混じっているのがはっきりとわかる姿をしていた。

 その姿が意味するところが、とてもやりきれなかった。


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