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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第一章 サレスタス盆地の探索(4)

 ムイムの案内で次元のひずみはすぐに見つかった。荷物から出てきたムイムの姿に、コボルドのボガア・ナガアとオークのレグゥは面食らったようだけれど、僕が自分の助手だと紹介すると、彼らも安心したようだった。

 ただ、次元のひずみは見つかったけれど、一つだけ、かなり、いや、深刻な大問題があった。

 まず、その場所に到着する前にムイムからかかった言葉に、嫌な予感を覚えた。

「あ、ボス。その左、草が茂ってるように見えますが、地面ないんで気を付けてください」

 つまり、その場所は、コボルドたちが言っていた、『隠れ穴ボコ』の中だったわけだ。そして、その場所に到着した僕に、ムイムは気楽そうに言った。

「あ、その左。そうそこです、草落としてみてください。見えます? あの下、そうあれ。あの靄みたいなやつです。あれが次元のひずみです」

 次元のひずみは、地面の下に複雑にできた洞窟の中にあった。覆っていた草を取り除いて見つかった縦穴に差し込む日の光に照らされた縦穴は深く、次元のひずみは暗闇の中にあった。完全な闇でも見えるコボルドの目だからやっと見えるくらいに、それは光の届かない地の底にあった。

「どうするんだあれ」

 僕はがっくりと肩を落とした。

 飛び降りたら死ぬだろう。熟練の魔法使いがいれば落下コントロールの術で緩やかに降ろしてもらえるだろうけれど、今ここにいるのはコボルド二体とオーク一体、スケープ・シフター一体……お?

「ムイム、あそこまで行って次元のひずみ壊せない?」

 ふと気が付いて肩の上のムイムに聞いた。そうだ。ムイムなら飛べるのを忘れていた。

「できないことはないですが」

 ムイムが不思議そうに答える。

「加減ができないんで、私がやると、近くにあるはずの安定させる要素も粉砕しますよ」

「槍になって斬るとかできないの?」

 と聞くと、

「いやいやいや。ボス、勘弁してください。とんだ横暴ですよ。次元を渡る、次元の裂け目そのものみたいな私に、自分で次元のひずみにぶつかれって殺生な。下手したら消し飛びますよ」

 全力でムイムに拒否された。なるほど、そういう事なら確かにそんな指示はしてはいけない。

「無知でごめん。馬鹿なことを言ったよ」

 としても。

 そうなるとここにいても仕方がない。

「仕方ねえなあ。気は進まねえが」

 レグゥがぼそっと言った。大きなため息交じりに言っているあたり、相当気が重いのだろう。

「なんとかできそうな奴らに心当たりがある。ちょいと付き合ってくれねえか」

「僕はかまわないよ。むしろ助かる」

 僕はうなずいた。ただ、レグゥが本当にそれでいいのかが気になった。

「そんなに会いづらい相手なら、僕だけで交渉するけど」

「いや。言ったろ。俺たちはただの施しは受けねえ。もとはと言えばうちの連中の問題だ。俺が行かねえじゃ済まされねえよ」

 なかなかに里思いの男だ。感心しているとレグゥは少し考えてからようやく気が付いたように言った。

「おっと。動けるやつが少ねえから自分で見張りやってたからな。そりゃ気がつかねえか。言ってなかったな。あいつらの長だよ、俺は」

 それは里のことも心配するわけだ。というか、里のことも心配しない長ではたぶんオークは誰もついてこないのだろう。

「そうだったのか。気が付かなくてごめん」

「いいってこった。にしてもなんだってこんんなとこまでのこのこ自分で来なすったね。あんたあれだろ? 新しく伯爵になったレイダーク卿だろ? ここを領地にすんのか?」

 さすがにその言葉にはびっくりした。オークが人間の国内情勢を知っているとは思っていなかったからだ。

「何でえその顔は」

 レグゥに笑われたので、僕は自分が考えたことを白状した。

「知っていたことに驚いて。オークって略奪種族ってイメージしかなくって、ごめん」

「そりゃそうか。でもな、考えてみてくれよ。こんなとこで誰から略奪して飯食うんだよ。ま、悪いからあんまり目立たねえようにはしてるからな、知らなくても無理はねえか。俺たちはレウダール王国から仕事もらってる傭兵集団よ。そりゃ情報は入ってくるさ」

 そういうことか。僕はサレスタス盆地が領地候補の一つになった理由がようやく腑に落ちた。

「で? 何しに来なすった。だいたいあんた明日の祭の主役じゃねえのか」

「王国の調査隊が来たはずなんだけど、消息不明になったんだ。僕のために調査してくれてた人たちだからね、祭より助ける方が優先だよ」

 僕の答えに、レグゥは目を細めて大きくうなずいた。

「そういうことかよ」

 顎を撫でながら言う。

「そいつはうまくねえ話だな。だが俺んとこにはいねえよ?」

「うん。コボルドたちの話では、この辺りにいたのを見たっていうんだ。だから、縦穴に落ちたかもしれないというのが僕の予想だ。それで、コボルドに協力を仰いだんだけど、オークに襲われているうちは無理だと言われて話を聞きに来たんだよ」

 レグゥの話が本当なら、オークがコボルドを襲うというのも違和感がある話だ。僕は首をひねって聞いた。

「本当のところはどうなの?」

「そりゃどうって、盆地中糞尿残飯まき散らされたら駆除もしたくなるだろよ。ちょうどいいや、あんた、連中にクソはトイレでしろって教えてやってくれ」

「なるほど」

 僕は納得するしかなかった。確かにコボルドにそういう文化はない。間違いなくオークたちが最低限でも文化的な暮らしをしているのなら、害獣以外のなにものでもないだろう。

「言い聞かせておく」

 僕は笑った。これでコボルドとオークの問題の根本は分かった。解決はできるだろう。

「だが、そうなるとだ。俺たちのためにも、あんたのためにも足元の穴倉に潜らねえわけにはいかねえな。気が進まねえとか言ってる場合じゃねえや。案内するぜ」

 レグゥはそう言って笑った。そういえばそういう話だった。

「オークの要求がそれなら、コボルドたちに捜索を手伝ってもらうこともできそうだから、そっちも当たろう」

 僕が提案すると、

「そうか、穴倉ん中ならあんたたちコボルドの庭みたいなもんか。たしかにそいつはうまい戦力だな。こっちとしちゃあ奴らがクソの始末さえしてくれりゃあ、文句はねえしな。こじれた関係が修復できるってんなら余計に大助かりだ」

 レグゥも同意した。僕は竜語でボガア・ナガアに言った。

「オークの言い分はこうだ。所かまわず用便をするなって話だったよ。盆地を汚さなきゃ襲わないって言っているよ」

「でも俺たちトイレない。トイレくれるか?」

 ボガア・ナガアが答える。なるほど、トイレの作り方を知っているコボルドなんて、確かにちょっといないかもしれない。

「ええと。コボルド側が言うには、トイレの作り方が分からないそうなんだ」

 僕が会話の橋渡しをすると。

「なんてこった、ちげえねえや! 言葉が通じねえってのは不便だな。こんな馬鹿なことでやりあってたのかよ。ごたごたが済んだらいくらでも作ってやるってって伝えてくれや」

 豪快にレグゥが笑った。僕はその通りボガア・ナガアに伝えた。それを聞いたボガア・ナガアは群れに伝えてくると走って行った。

 けれど、すぐに戻ってきて聞いてきた。

「忘れてた。俺たちどこ行けばいい?」

「コボルドたちを呼んできてくれるって。どこで合流してもらうのがいいのかな」

 僕は土地勘がないので、レグゥに頼るしかなかった。

「そうさな、大氷穴の入り口が分かるなら、そこがいいだろうよ。そう伝えてくれ」

 レグゥは少し考えてから、言った。

 僕がその通り伝えると、

「大氷穴! 分かる、分かる。冷え冷えの穴。すごくでかい。俺たちも間違えない」

 そう言ってボガア・ナガアは今度こそ走って行った。コボルドたちについてはこれで大丈夫だろう。

「分かったみたいだよ」

 僕はレグゥに結果を伝えてから、気になっていることを聞いた。

「それで、心当たりっていうのはどういう人たちなの?」

「ああ」

 しばらく答えづらそうな顔をしてから、レグゥは結局言葉を濁さずに言った。

「ゴブリンさ。あいつら何がおもしれえんだか、大氷穴の測量地図作ってたからな」

 ゴブリンが測量。僕は本で読んだ内容との落差に頭がくらくらしてきた。

「オークとゴブリンは、ずっと戦っていて攻略状態だってコボルドたちからは聞いたんだけれど、そうするとそれも誤解なのかな」

 僕がそうこぼすと、案の定、レグゥは大声で笑いながら大きくうなずいた。

「おお、コボルドから見るとそう見えんのか。なるほどな。そりゃ演習だよ。七日に一回やってるからな。ま、半分娯楽みたいなもんさ」

「ゴブリンがコボルドを攻撃しているのは」

「うちと同じさ」

 分かってみればなんてことはない。コボルドたちが迷惑をかけているだけで、だれも敵対はしていないという話だったのだ。


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