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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
次元華の咲く場所へ
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第一章 サレスタス盆地の探索(3)

 先代ボスの話は単純だった。サレスタス盆地には、オーク、ゴブリン、コボルドがいて、ただ単に仲が悪いという理由で、攻撃しあっていたらしい。要するに、お互いに、あいつらは敵だ、という認識だけで敵対しているわけだ。

 ある意味もっとも始末の悪い敵対関係だけれど、ある意味一番分かりやすい敵対関係とも言えた。

 先代ボスの話では、オークとゴブリンは完全に敵対しているらしい。その争いは長く膠着状態となっていて、その鬱憤を自分たちより弱いコボルドを攻撃することで晴らそうとしているから、コボルドはそれに反撃している構図になっているということだった。コボルドもその腹いせにしばしばオークやゴブリンのねぐらから食糧や物品を盗み出していて、それがさらに関係をこじらせた原因にもなっているようだった。まさに泥沼だ。

 とはいえ、状況はシンプルだ。要するに、もとをただせば、それぞれみんな相手が攻撃してくるから攻撃するという状況というわけだ。ゴブリン、そしてもちろんコボルドにも、そもそもみんなで仲良く暮らす、なんて頭はないから同じ土地に集まればこうなるだろう。

 ただ引っかかるのはオークだった。確かに攻撃的で略奪を繰り返すモンスターという意味ではゴブリンやコボルドの同類だけれど、ゴブリンほど計画性がないわけでもなく、コボルドほど臆病でもない、そう本で読んだ。その解説が正しいなら、泥沼の消耗戦になるような争い方はしないはずだ。

 しかも、オークは略奪をしていない時には戦闘の訓練をするという概念があるそうだ。そんなオークがろくに鍛錬もしない、ゴブリンやコボルドに苦戦をするだろうか。

 何かオークは内部に問題を抱えているのかもしれない、というのが、僕がたどり着いた推論だった。

 僕はオークの住処を、コボルドの先代ボスから聞き出し、さっそくオークの住処に向かった。

 出発する際、テントを残していく僕に、

「テント、しまわないのか?」

 コボルドたちが疑問をぶつけてきたのには、

「ああ、僕のテントは聖別してもらってあるからね。僕に敵対的な生物は近づけないんだ。だから張ったままのほうが安全なんだよ」

 そう答えておいた。彼らに理解できたかは分からない。たぶん理解できてはいないだろう。

 オークの住処のそばまでは、短刀をあげたコボルドが道案内してくれた。そのため、思ったより時間がかからずに、オークの住処に着くことができた。彼は隠れていると言っけれど、むしろ見つかった時にそのほうが危険なので、僕のそばを離れず、じっとしているように言い聞かせた。そういえば、道中で聞いたところ、彼の名前はボガア・ナガアというそうだ。

 オークの住処は、もともと生えていた樹木が切り倒されて、丸太と草や葉、蔦、などを利用した原始的ではあるけれど、立派な居住地になっていた。先がとがった丸太を並べた防壁まで周囲に作られている。

 オークは猪のような顔をした人間型の生物で、獣の毛皮を止めただけの粗末な布切れを服と称して着て暮らしている。居住地が一応テントと呼べるものであるように、最低限の文化はある。大きさは人間とほとんど変わらず、くすんだ灰色っぽい色の肌の者が多いモンスターだ。

「止まれ!」

 オークは人間の言葉が分かる。僕の姿を見た見張りが、人間の言葉を選んで警告してきた。

「ここはオークの土地だ! コボルドは立ち去れ!」

 居住地には門はない。入口から中の様子が見えた。そこから見える範囲だけでも様子がおかしいことが分かった。訓練しているオークが少なすぎるうえ、歩き回っているオークの中に、見るからに具合の悪そうな者が混じっている。

「これは、流行り病かい?」

 無理に居住地には足を踏み入れず、すこし距離を置いて僕は見張りに聞いた。見張りは質問には答えず、皿に警告の声を上げた。

「貴様には関係ねえ! 去れ!」

「そういうわけにはいかない。病人がいるのが分かっているのに去れるものか」

「……いいから回れ右して帰ってくれ。お前がただのコボルドじゃねえのは見りゃ分かる。俺だって馬鹿じゃねえ。だが今は他種族を入れるわけにはいかねえんだ。頼むから立ち去ってくれ」

 見張りはそう言って首を振った。オークにはゴブリンやコボルドと違って帰属意識というものがある。助けられる同胞は助けたいという思いはあるはずだと思ったけれど、僕はその想像は間違っていないと確信した。

「入れてくれる必要はない。ここで少しだけ眺めさせてくれないか。治療方法を調べて来られるかもしれない」

「そのくれえなら、まあ」

 見張りがうなずく。遠目に眺める許可をもらったので、居住地には近づかずに、そのまま中の様子を観察した。

 気怠そうな者は多いけれど、咳をしている者はいない。少しやつれ気味には見えるけれど、痩せ細っているようにも見えない。足を引きずるように歩いている者がいるのが気になった。外見を見た限りでは変化がないから、石化病や腐肉病などではなさそうだった。そうすると、痺れ毒か、筋硬化か。いずれにしても僕では判断は難しいかもしれない。

「ムイム」

 と、背負い袋に声をかける。

「アストラル体の異常が見えたりはしない?」

「ボス、その言葉をお待ちしてました」

 袋の中からムイムが答えた。

「ばっちり見えますとも。あれは魂減病っていうやつです。まあ、正確には病気じゃないんですが、近くに次元のひずみがあると起きるやつです。だいぶ進行してますよ。ほっとくとバタバタ死にます」

「そうなんだ。次元のひずみを消滅させれば治るのかな?」

 普通に考えたら次元のひずみを消せばよくなるのではないかな、という気がした。というより僕にはそれしか思いつかなかった。

「軽い者は治るでしょう。進行しすぎてると、ひずみを閉じても勝手にアストラル体がすり減ってきます。止めるには、次元のひずみを安定化させる要素を体内に取り込む必要がありますよ」

「安定化させる要素?」

 次元世界というのは難しい。僕は聞いたことがない話に、オウム返しをするのが精一杯だった。

「次元魔晶が一般的です。次元同士が重なってる場所なんかによく生成されてるんですが、この次元は別の次元と重なってる場所がないんで、自然には生成されてないでしょう。ただ」

 ムイムは思ったよりも博識だ。スラスラと僕の疑問に答えてくれた。

「次元のひずみはとても不安定で、すぐ壊れてしまうもんです。だから魂減病が進行するほど次元のひずみが残ってるってことは、安定化させてる要素も近くにあるんじゃないでしょうかね。まあ、要するに何が言いたいかっていうと、今回も次元のひずみを探せば、それを安定化させてる要素も一緒に見つかるんじゃないでしょうかって話なんですがね」

「なるほど、次元のゆがみの場所は特定できる?」

 僕の質問は、おそらくムイムには愚問なのだろうけれど。念のため聞いた。

「もちろん。ご安心を、居住地の外です」

「それを聞いて安心した。ありがとう」

 ムイムにそう答えてから、僕は見張りに声を掛けた。

「原因が分かりそうだ。少し近くを探索させてもらってもいいかな? 居住地には立ち入らないと約束する。病気の進行も止めよう」

「居住地の外であれば止める理由はねえ。好きにしてくれ。だが期待してもいいのか?」

 半信半疑ながら期待の目を向けてくる見張りに、

「約束する。きっと治療するためのものを見つけて来るよ」

 僕は片手をあげて答えて見せた。

 すると、見張りは別のオークに見張りを交代させ、居住時から出てきた。

「俺も行く。俺たちはただの施しは受けねえ」

 体格のがっしりしたオークは、森の中ではとても心強い。刃こぼれして質は高くないものの、鉈のように大きな剣を担いでいて、これならば多少刃がつぶれて居ようと、重量だけで肉が裂けるだろうと僕は感じた。自分の体で試したいとは思わないけれど。

 彼の名前は、レグゥというらしい。オークは風呂に入る習慣がないので、少々匂うのが玉に瑕だけれど、話してみると気のいいひとだった。

 ただ、コボルドのボガア・ナガアとは言葉が通じず、彼がひたすら怯えてなだめるのが大変だった。

「普通のコボルドの反応だ」

 レグゥは豪快に笑った。雷のような笑い声が響く。

「いじめないであげてくれ。僕の同族なんだから」

 僕がそう抗議すると、

「お前がコボルドらしくねえからだろ」

 レグゥはまた笑った。それからふと真面目な顔になって言った。

「あと忠告だが、人間どもがいねえ土地で、やつらの神のシンボルぶら下げて歩くのは感心しねえな。喧嘩売ってるようにしか見えねえぜ」

「次からは注意するよ」

 確かに、言われてみればそうかもしれない、と思った。


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