第一章 サレスタス盆地の探索(2)
考えると言っても、そう簡単に妙案が浮かぶわけがない。
しばらくは何事も起こらず、焚火がパチパチという音を立てて燃えているだけだった。
さらにしばらく時間がたち、ガサガサとした草を揺らして、馴染みのある姿の生物が二匹、やって来た。
「お前、何をしてる?」
「見かけない顔だな。どこから来た」
たぶん分からない人が多いと思うので、便宜上人間の言葉で記すことにするけれど、彼らが口にしたのは竜の言葉だ。僕と同じくらいの大きさ、赤みを帯びた鱗。甲高い声。
コボルドだ。片方はいびつに曲がった木の竿のような粗末な槍を、もう片方はぼろぼろにさびた短剣を、こちらに向けて、警戒している。
その姿を眺めていて、ふと、一つ試してみたい案が浮かんだ。それで僕はコボルドたちを少しからかうことにした。
「よう、兄弟。この辺に住んでいるのかい? 真昼間から大変だね。目は大丈夫? 見えているかい?」
僕も久しぶりに使う竜の言葉でそう返した。珍しくはあるけれど、昼に活動している群れがいないわけではない。ただ、たいてい昼も活動している群れは、やむを得ない事情があってそうしているので、僕は彼らを少しかわいそうに思った。けれど、今はやることがある。
「いいだろう、このテント。人間と仲よくしたら売ってくれたんだ」
「お前、ニンゲンに殺されなかったのか? どうしてだ?」
槍持ちのコボルドが目をクリクリさせながら聞いてくる。
「それは、人間を助けたからだよ」
僕は笑って見せた。すると、短剣持ちのほうが、興味を示したように言った。
「俺も、ニンゲン助けたら、お前みたいにピカピカな武器もらえるか? ピカピカな剣ほしい」
「バカ、お前バカ。ニンゲン助けたら、コボルドとも戦うんだぞ、バカ」
槍持ちのほうが慌てて短剣持ちを説得にかかる。
「そっか。やいお前、コボルドなのにコボルドの敵か」
短剣持ちが僕にさびた刃を向けて来るので、
「真面目に働いた人間を襲うコボルドの敵だ。真面目に働くコボルドがもしいるとして、そういうコボルドを人間が襲うなら人間の敵だ」
僕はその短剣の先をつまんで、ぺきっと刃を折った。
「どっちにしても、こんな武器じゃ、僕は死なないよ」
「あ、お前、俺の武器! 武器壊した! 武器なくなった! どうしてくれる!」
折れた短剣を地面にたたきつけて、短剣持ちだったコボルドがわめく。それを聞きつけて、さらに九匹のコボルドがぞろぞろと木々の向こうからやって来た。いい調子だ。もうすこし騒ぎが大きくなれば群れのボスが出てくるだろう。
「よう、兄弟たち」
正直自分勝手に喋るのでうるさい。どうせ彼らはたいしたことは言わないので聞き分ける努力もせず、コボルドたちに挨拶した。
「なんだコイツ」
「誰だコイツ」
「どこから来たコイツ」
「人間と仲いいらしいぞ」
「でもコイツ俺の武器壊した。酷いヤツ」
「石でも投げてろ」
「人間みたいな鎧着やがって。偉そう」
「偉いんじゃないのか?」
「知るかバカ」
「うるせえバカ」
「仲間同士でケンカするなバカ」
なんたるカオス。さすがコボルドだと、同族のことながら僕は苦笑した。とにかく僕を無視してギャアギャア騒ぎまくる。
「なんだ、なんだ。オマエら煩いゾ。オーク連中に見つかる、静かにシヤガレ」
少しだけ体格が大きいコボルドがやって来た。他のコボルドとは違い、革の防具をつけ、錆一つない槍を持っている。柄がねじくれていることもない、しっかりした槍だ。
「やあ、兄弟。君が彼らのボスかな?」
僕が挨拶すると、そのコボルドはこっちを値踏みする目で眺めた。
「オ、なんだテメエ。人間みたいにキャンプなんかシヤガッテ。気にクワねえヤツだな」
「それはどうも。ここじゃ人間相手の狩りもできないだろうに。何でこんなところに群れなんか作っているんだ?」
僕が聞くと、
「うるせえ、ヨソモノ。俺たちゃこれでもオークと戦って生き延びてんだ。あんまりなめんじゃネエゾ」
群れのボスがそう言って凄んできた。僕は手ごたえを感じて煽りに行った。
「ああ、そうか。人間よりオークのほうが弱いからな。いいなあそれも気楽で。人間怖いもんなあ。だろう?」
「テメエ」
狙いばっちり。頭に血がのぼった群れのボスが槍を僕めがけて突いてきた。僕は座ったまま剣を抜き、ボスの脳天に柄尻を叩き込んだ。ボスはもんどりうって倒れ、大の字に倒れた。
「ボスやられた!」
コボルドたちが騒ぎ出す。口々にボスが負けたと騒ぐ彼らに向かって、僕は叫んだ。
「野郎ども! 黙りやがれ!」
シン、とその場が静まり返る。僕は彼らに言った。
「僕は君たちのボスより強かった。君たちは僕に従うか? それとも、ほかに群れのボスになりたいやつが僕と勝負するか?」
すると、僕が短剣を折ったコボルドが僕の前に進み出てきた。
「お前をボスに認めたらピカピカの剣手に入るか?」
「今はまだ駄目だ。でも僕を手伝ってくれれば、いつか手に入るだろう」
僕はそう言ってコボルドたちを見回した。誰も反論はしなかった。ひとまずはこれでいい。僕は彼らに聞いた。
「最近人間がこの森に来なかったかい? 僕は彼らを探している」
「あ、俺見たぞ」
と、一人のコボルドが声を上げた。棍棒だかただの木の棒だか分からない武器を持っていた。
「あいつらバカ。隠れ穴ボコ行った。地面が、穴ボコぼこぼこ。たぶん落ちた」
「そういうことか。誰か近くまで案内できない? 案内だけでいいんだ」
僕が聞くと、
「やめとけ。一人で行くと、死ぬぞ。中、複雑だから、迷うぞ」
やめとけ、の大合唱が始まった。その中で、伸びていた元ボスがむくりと起き上がって、言った。
「お前、新しいボスと認めてもいい。強いし、鎧、俺よりカッコいいしな。人間さがすの、手伝ってヤッテもいいゼ。けど、俺も言う。今はダメだ」
「何か問題でもあるのかい?」
僕が聞くと、先代ボスは頷いた。
「俺たちの群れ、オーク連中と今戦ってる。俺たちの群れ、女子供いる。オーク連中黙らさネエと、手伝えネエ」
「なるほど。それは難儀だね。それじゃこうしよう。僕はできれば今すぐにでも人間たちの捜索をしたいけれど、それで君達のねぐらがオークに蹂躙されるのはもってのほかだ。争いの経緯とオークのねぐらの位置を教えてくれるかい? 行って話をつけてこよう」
僕は先代ボスに交渉役を買って出ることを提案してから、その前にやらなければいけないことがあることに気が付いた。
「ごめん。少し強く殴りすぎたみたいだ。頭を見せてくれないか。治療しよう」
先代ボスの頭にはすこし血がにじんでいた。
僕が先代ボスの頭の上に手をかざすと、その手が清浄な光を帯びる。その光が先代ボスの傷を照らすと、にじんだ血が消え、傷口が塞がった。正式な聖騎士になったことで使えるようになった癒しの光だ。技術でも魔術でもないので他人に教えることはできないし、今の僕には小さな傷を治すのが精一杯だけれど、それでも傷の治療ができるということはとてもありがたい力だと思う。
「お前、有難うナ」
先代ボスは目をくりくりさせて喜んだ。
「それから」
僕が短剣を折ってしまったコボルドを呼ぶ。
「短剣を折ってごめん。剣じゃないけど、これを代わりに使ってくれないか」
そう言って、荷物の中から短刀を出して渡した。
「ピカピカだ! ピカピカだ!」
彼は短刀でも喜んでくれた。