第六章 レダジオスグルムとの再戦(4)
「放っておけば君達を襲った火炎竜は、自分の傲慢のせいで滅びるだろうけど」
僕は氷山翔人の二人に首を振ってみせた。
「それは君達が望む幕切れではないのだろうね」
「できれば妻と子の仇はこの手で討ちたい。その望みは間違いなくある」
と、フォロムが頷いた。それは当然の望みで、仇を討つことは虚しいことだとは、僕には言えなかった。だいいち。
「僕としても。くだらない思い上がりでレダジオスグルムを刺激してほしくはないな」
その前に止めておきたいところだった。虫の居所が悪いレダジオスグルムなど、相手をするのも面倒臭そうだ。
「追いかけよう」
僕はその若い火炎竜がレダジオスグルムを下手に怒らせる前に排除しておくに越したことはないと判断した。
「俺も行って良いか?」
フォロムに言われて。僕は少なからず驚いた。
「ここを守らなくて良いのか?」
と。
「そもそも俺は戦番ではない。狩人だ。さらに言えば俺にはもう守るべき家族もいない。あるのは煮えたぎる怨みだけだ」
そうかもしれない。彼の言葉の裏にも隠そうともしない憤りがあった。住居地を襲った竜の一党と、病で家族を守れなかった自分への恨みの炎だ。
「そうか。でも」
連れて行くことは出来るけれど、僕は即答できなかった。ある程度の危険を覚悟してもらうことになるからだ。
「その火炎竜を倒しても、ここには戻る時間はないよ。僕はその足で本物のレダジオスグルムも退治しなければならない」
「それは気にしなくて良い。我等がどれ程の小物に怯え、本物がどれ程強大なのかを俺も拝んでやろう」
フォロムは大丈夫だと答えた。その覚悟があるというのであれば、僕に彼の意思を止めることはできない。
「分かった。それなら、良いだろう。すぐに出る。行けるかな?」
「勿論だ。どうせ持ち出すようなものなど何も残っていない。武器はもともと身に着けている」
フォロムは頷き、両腕の翼を広げて浮きあがった。宙を蹴るように両足を彼が振ると、足の甲の側に折りたたまれていた刃が伸びた。三対の鉤爪のような刃が、足のそれぞれの指先に装着され、ギラギラと剣呑に光った。
「我等の腕は翼と一体化して、戦闘では武器を持つのには適さない。そんなことをしたら、飛べる、という、我等の長所を殺してしまうからな。だから、我等氷山翔人は足に武器を装着するのだ」
そう言って笑った。ということは、こと空中戦では縦横無尽の活躍が期待できるということだ。また、開けた場所であれば頭上からの急襲に適していると言える。半面、閉所での戦闘では小回りが利かず、苦手としていると認識して良いだろう。
「へえ、面白いな。分かった、実力は道々確認させてもらおう」
僕は少し興味が湧いた。彼の戦い方を見てみるのも悪くない。彼が何処までついてきてくれるにしろ、警戒心の強い獣を日々相手にしている狩人であれば、それなりに攻撃術には覚えはあるだろう。敵を僕が引き付ければ、良いバランスになるのかもしれない。
「そうしてくれ。邪魔にはならないと誓おう」
そう頷くフォロムの決断に。
老人は口を挟まなかった。ただフォロムと視線を交わしただけで、無言を貫いた。
「行こう」
フォロムを連れて、僕は隠れ家からさらに下層へ向かった。若い火炎竜の気配は、雑多な気配に紛れて探知できない。はっきり言えば、そのくらいの存在でしかないということだ。僕がこのまま洞窟を進むことに決めた理由は、それならばレダジオスグルムの居所を目指した方が早いと判断したからだった。
フォロムも洞窟の奥の構造には明るくないという。鳥人である氷山翔人にとって、洞窟の奥深くは活動しにくい場所だ。仕方がないことだった。
氷山翔人の隠れ家を出ると、プリックが起きた。彼は荷物から浮いて僕の前に出てくると、広い空洞と、その床に幾つも開いた穴を見回し、一つを指差した。
「あれを進めば大丈夫」
自信を持って告げる。彼には洞窟の構造がすべて見通せているのだろうか。
「正しい道が分かるのか?」
と、僕が聞いてみると、
「勿論。この程度の規模なら、おいら、通路の構造は全部透視できるよ」
さも当然のことのように、プリックは頷いた。頼りになるナビゲーターだ。僕は彼の先導に、また従うことに決めた。
洞窟の中は暗い。僕やプリックには苦にならなかったけれど、フォロムには何も見えない。
「鳥がいるなら明かりが必要だね」
プリックはフォロムを見てすぐに判断して、魔法の明かりを僕達の前に浮かべた。僕が明かりを持たなくて良いので助かる。
しばらく洞窟を歩いて、最初の遭遇戦があった。相手は3体のずんぐりとした土竜のような魔物だった。
「このくらいの相手なら任せてくれ」
フォロムは僕より先に滑るように距離を詰め、鮮やかな足捌きで立て続けに三体を斬り裂いた。僅かに一、二秒足らずのことで、僕は閉所でも彼の戦闘力は遺憾なく発揮されるようだと、評価を改めざるを得なかった。暗所でなければしっかり戦えるようだった。
「たいしたものだね」
僕が感嘆の声を上げると、彼はただ頷いた。
「もたもたしていると獲物に逃げられるからな。数少ないチャンスを確実に生かす、それが我等の戦闘スタイルだ」
「成程」
一撃必殺に近い技術に、世の中というものは本当に広いものだと、僕は改めて感じた。なにより僕が感心したのは、攻撃の際に、フォロムの気配、意志がほとんど平常のままだったということだった。そこには敵意も殺意も介在しなかった。野生の獣は殺気や気配に敏感だ。逃げられない為に必要不可欠なのだろう。
フォロムが足に嵌めた武器を器用に地面に押し付けて収納する。それが済むと、僕達は再び洞窟内を歩き始めた。
それから、僕はふと、そうかと気が付いた。
「狩ると決めた時点で自分の意思は完結しているのか。そういうことか」
それは僕が求めている神髄に似ている。フォロムはどのようにしてその境地を会得したのだろうか。
「未熟な狩人だと難しいのだろうな。どんな修行を?」
何かの参考になれば、と、僕はフォロムに聞いてみた。彼はほう、と短い声を上げて、頷いた。
「我々の場合、地面に立てた細い棒を、縦に割るという鍛錬を行う。斬るという意志が強すぎれば余計な力が加わり、棒は飛んで行ってしまう。何も考えずにただ刃を振れば、棒は綺麗に二つには割れない。もたもたしていれば棒は倒れてしまう。瞬時に、何処に振り刃を下ろすという見極めと、棒を斬るという意志を固めることで、初めて棒は綺麗に割れる。その鍛錬を繰り返すことで、意志よりも先に身体が反応する心地に近づいていく。生物の少ない高山では一体の獲物をとり逃がす損失は大きい。狩ると決めたものは、悟られず、逃がさず、必ず狩る為の、必須の技術だ」
「成程」
面白い鍛錬だ。割れるという技術自体は見世物以上の実用性を持たないものの、精神的な鍛練としては効果があるかもしれない。機会があったらやってみようと、僕も覚えておくことにした。
「そんな鍛錬が必要そうには見えない」
フォロムは言って、地面に石を一つ蹴り上げて、落ちてくるそれを、上から蹴り降ろす動作をした。
石は刃によって二つに両断された。フォロムの足先には、刃が既に装着されている。二つに割れた石が地面に転がり、フォロムは刃を仕舞った。
「できるだろう?」
聞かれて。
「そうだな」
僕は頷いた。同様に、僕も足で小石を蹴り上げ、腰の剣を抜きざまに割った。石は綺麗に二等分され、地面に落ちた。
「そうだな」
もう一度頷く。
そういうことか。僕に必要なのは、その先の修業なのだ。それはきっとフォロムも方法を知らない域になるのだろう。
「だが、それよりも高い境地への鍛錬か。面白そうだな。時間があれば俺も付き合おう」
と、彼も興味深げに笑った。