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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
善色の悪業
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第六章 レダジオスグルムとの再戦(3)

 氷山翔人の男は僕を胡散臭げに見てから、しばらく経って、ため息をついた。

「奴と奴の手下は我等の巣を襲い、仲間を食い散らかし、卵を奪って去って行った。俺にも妻がいた。もうすぐ孵る卵もあった。両方とも、俺は奴等に奪われた。妻は生きたまま食らわれ、卵は割られて、未熟な雛は一飲みにされた。俺は流行り病で倒れていたから、病気の鳥など食う気がしないという理由だけで捨て置かれた。病は回復したが後の祭りだ。俺は何も守れなかった」

 何があったのかを僕が聞く前に、彼はそう語った。そして重そうな石の塊を横にずらして、横穴への通路を開けた。彼の姿は鳥人というよりも、羽毛の生えた翼竜人といった風体で、身長は僕の二倍以上あり、羽毛は鮮やかな青色をしていた。嘴のある口で、器用に言葉を喋った。

「そういうことか。鳥人の巣の割に暗いなと思ったけれど、照明も奴等に破壊された?」

 僕が尋ねると、彼は頷いた。

「ああ」

 彼はフォロムと名乗った。氷山翔人に姓を付ける文化はないそうで、それが個人名、かつ、フルネームだということだった。彼が翼と一体化した手で入れ、と合図してきたので、僕は彼等の隠れ家にお邪魔することにした。僕が足早に入ると、フォロムは僕の背後で、また岩を閉めて通路を隠した。レダジオスグルムとその手下共がまた戻ってくるかもしれないと考えると、当然の用心と言って良かった。

「お前は、たった一人であの竜に挑むのか」

 フォロムは、隠れ家の奥に僕を案内しながら唸っていた。隠れ家の壁には光晶石と呼ばれる発行する魔法の石に似たものが明かりとして付けられていて、闇が苦手な筈の鳥類でも見通せるようにしてあるようだ。隠れ家の中は通路から枝分かれするように小部屋に通じた短い横道があって、その奥から怯えたような複数の視線を感じた。レダジオスグルムの襲撃から、何とか生き延びた者達が、小部屋の中で縮こまっている。

 彼等が怖がっている理由は僕にも理解できた。僕が爬虫類だからだ。彼等からすれば、僕もレダジオスグルムの同類に見えるに違いない。

「怖がらせてすまない。僕はレダジオスグルム、つまり、君達を襲ったあの竜を退治に来た者だ。断じて奴の仲間ではないし、君達を襲うつもりはない。もしひどい怪我人や病人がいるようなら、もしよかった診せてほしい。僕は幾らかの治癒魔法の心得がある」

 僕は彼等にそんな風に告げておいた。そんな言葉で信用を得られるとは思っていない。けれど、何も言わないで死者を増やすくらいであれば、半信半疑にでも診させてもらえ、一人でも救えるかもしれないのだから、黙っているべきではないと思った。案の定、隠れ家には僕の声だけが反響し、返答は一つもなかった。むしろ、一層の疑いの目が、まるで敵意を突きさされるように投げつけられたけれど、それならそれで良いと、僕は納得していた。

「言葉だけでも、感謝したい」

 フォロムだけが、答えてくれた。

 彼に通されたのは隠れ家の一番奥の小部屋だった。そこには年老いた氷山翔人が床に座り込んでいて、僕が部屋に入ると訝しげな視線を投げてきた。氷山翔人の体格は大きい。床に座り込んでいても、視線は立っている僕と同じ高さだった。

「今の声はぬしか?」

 しわがれた声でその氷山翔人が問うてきた。体の羽毛は白く色あせていて、かなりの高齢に見えた。

「ああ。少しでも彼等が安心できれば良いと思っただけだ。何も言わなければ、僕はレダジオスグルムの手下か何かにしか見えないだろうからね」

「確かにな」

 老人は頷き、僕を案内したフォロムに視線を向けた。

「お前が信用したのであれば、儂はそれで良い。好きにしろ。いずれにせよ、最早群れを立て直すには人数が足りん」

 生き残った数は、僅かで、二〇人にも足りないという。確かに群れとして再興するには、人数が少なすぎた。

「それでも君達は生きている。自暴自棄になるには早いだろう」

 告げながら、横目で部屋の中を窺う。ほとんど何もないに等しい。寝藁のような草の山がひとつあるだけだ。寝所や自室というにはあまりにも貧しい部屋だった。

「ぬしの言う通りだ。儂らはまだ生きている。命を捨てるには早い。して、奴を倒す作戦はあるのか?」

 老人に聞かれ、僕は首を振った。

「それよりも、まず気になることがある。少し話を聞かせてもらっても良いだろうか」

 僕はその問いに答えず、そう切り出した。

「我等に答えられることは多くはないが、何なりと聞いてくれ」

 老人が頷いたので、僕はここまで洞窟を歩いて気になったことを聞くことにした。何なりとと言ってもらえたのはありがたい。

「襲ってきた竜はレダジオスグルムの名を名乗った?」

「無論。儂もその声を聞いた」

 老人が認めた。やはりおかしい。

「どんな姿をしていたか見た?」

 と、さらに聞く。おかしいと感じた理由は簡単だ。確かに氷山翔人が巣にしている洞窟は、僕からすればとても広い。しかし、レダジオスグルムの体躯はとてつもなく大きいのだ。どうやって入ったのか、そのままでは絶対に無理だという確信があった。奴を見たことがあれば、誰でも気が付く話だ。むしろおかしいと思わない方がどうかしていると言って良い。

「どういうことだ?」

 フォロムが口を挟んでくる。僕の質問の意図が分からないといった風だ。

「僕が知っているレダジオスグルムなら、この洞窟には入れない。誰かのなりすましの疑いがある」

 だから、僕ははっきりと答えた。隠すほどの事でもない。面倒なことではあるけれど、場合によってはレダジオスグルムと話をしてみる必要があった。奴自身、誰かに罠に嵌められている疑いも捨てきれない。

「成程、そういうことか」

 フォロムは納得したように頷いて、風体を教えてくれた。

「真っ赤な竜で、洞窟の天井を擦るほどの大きさがあった。黒々とした毛並みの、黒豹のような獣人の手下を従えていた」

「成程」

 判断がつかなかった。僕はレダジオスグルムの手下をすべて知っている訳ではないし、仕方がない。直接聞いてみるしかない。答えるかどうかは奴次第だが、僕は適当にアミルラーズ山脈の奥地に向かって思念を飛ばしてみた。

《レダジオスグルム。いるのは分かっている。応答しろ、話がある》

 しばらく待った。返答のない時間が過ぎる。やはり答えないかと諦めかけた頃、短く答えが返って来た。

《何のつもりだ》

《お前、名前を騙られているぞ。気が付いているか》

 尋ねると。

《私に挑み、成り代わろうと山脈を登ってきておる。が、小物だ。どうでも良い》

 レダジオスグルムは興味もなさそうに答えた。妙だな、と感じる。僕は聞いてみた。

《お前の誇りが汚されるとは考えないのか》

《知ったことか。私の名に絶望する者は多ければ多いほど良い。安い人助けでもされれば話は別だが、私が困ることなどない。そもそも、お前に心配される筋合いもない》

 それはそうだ。僕も心配はしていない。ただ疑問なだけだ。

《だがお前の名前を騙っているのはどうやら若い火炎竜のようだぞ。お前の名で討たれでもしてみろ。困るのはお前だろう》

 そう聞いてみた。

《それで倒したと思うなら精々粋がれば良い。正真正銘のレダジオスグルム、私自身が動いた時の絶望が増すというものだ。くだらん話の為に私名指しで思念を飛ばしてくるお前の方が余程腹立たしいわ》

 レダジオスグルムは僕に対する憎悪を隠しもしない。ダイレクトに苛立ちの念が伝わってきた。

《お前が向かってきていることは分かっている。さっさと来い。今度は邪魔者なしだ。私直々に縊り殺してくれる。コボルドめ》

《そうは待たせない。お前が無関係だということも分かった》

 僕はそう結論付けた。完全にレダジオスグルムとは別に、勝手に動いているだけの火炎竜がいるということで、間違いないだろう。

《それだけ分かれば問題ない》

 僕はレダジオスグルムとのテレパシー会話をやめた。もうこれ以上有益な情報も奴からは出てこないだろう。

 僕は氷山翔人の二人に視線を向け、それから、ため息混じりに告げた。

「君達を襲ったのはレダジオスグルムではない。ただの無名の火炎竜だ」

 そして、背中のプリックを指先で突いて。

「プリック。頼みがある。この辺に若い火炎竜が潜んでいる。パペッツに命じてそれを見つけ出してくれ」

「倒すのはどうする?」

 プリックがあくびをしながら答えた。確かにパペッツなら倒せるだろう。

「好きにしてくれ。面倒なら僕がやろう」

 僕が答えると。

 プリックは少し考えてから、告げた。

「どうも、本人が黙認してるから勢いづいてるらしい。“本物”になろうって考えてるのか、レダジオスグルムが潜伏してるラサンデル山に向かっているみたいだ。喧嘩を売ったら負けるの分かってるだろうにね」

 苦笑いをするプリックに。

 僕はため息を返すのことしかできなかった。


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