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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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終章 聖騎士レイダーク

 あの一戦のあと。

 僕はすぐに大聖堂に帰れるものと思っていたけれど、どういうわけかレウザリム城に引き留められている。来賓室で寝泊まりをさせられてはや三日、ノーラからあった説明は、

「後始末に数日かかるからゆっくりしていて」

 だけだった。後始末なら手伝うのに。

 王城勤めの侍女さんたちにもすっかり覚えられてしまった。最初こそあからさまにコボルドなので警戒されたけれど、その様子にこっちが恐縮しまくっていると、

「人を食べないコボルドさん」

 と冗談を言われるくらいになっていた。

 剣を国王に返しておいてほしいとノーラに頼んだけれど、懇切丁寧に、その剣は実は失敗作で人間には振りにくくて、返されても役に立たないのだと、返却を拒否された。ただ、人間より手首が弱く、細い僕には、普通の剣より扱いやすかったはずと言われ、事実そうだったことを思い出した。僕にはスタミナがないのではなかった。人間用のバランスの剣が扱いづらいだけだった。

 そして、やっと国王陛下がお呼び、との声がかかった。謁見が許されたのだ。

 謁見室に入ると、驚いたことにコーレン司祭が列席していた。また、近衛兵士が礼式鎧でずらっと両脇に並んでおり、装飾が施された鉾槍を掲げていた。

 何の騒ぎか分からず、僕はびくびくしながら国王陛下の御前に進み、膝を折った。教えてもらう機会もなかったから、正しく畏まれているのかは分からなかった。

「人にあらざる若き聖騎士よ。人々のために心血を注がれたこと、国王として誠に感謝する。どうか面を上げられよ。そなたは本来街に住むこともできぬモンスターなれば、私を王と仰ぐ義務もない。またこれまでそなたをこの国のすべてが十分に同胞として扱ったとも思えぬ。ゆえに私に君から敬意をいただく資格はない」

 陛下の声が響く。

 誰かが隣に来て僕を立たせてくれた。エレだった。彼女は上品なドレスを着ていて、穏やかに微笑んでいた。

「さて、私から話したいこともたくさんあるのだが、まずはここにいるコーレン司祭から伝えることがあるそうなのでな。順番を譲ろう」

 陛下はコーレン司祭に目配せをして、うなずいた。

「ありがとうございます、陛下」

 コーレン司祭は一礼して、僕の前にやって来た。その手には金色に輝く聖印が携えられていて、司祭様は何かを言う前に、僕の手にそれを握らせてきた。

「ラルフ君、やり遂げてくれてありがとう。陛下が是非御前でとおっしゃったので、ここでその聖印を渡そう。その聖印は聖騎士の証。カレヴォス教団は、君を正式な聖騎士と認め、この聖印を託すものとする。今後は一人前の聖騎士として、人々のために力を貸してあげてほしい」

「はい、司祭様。謹んで聖印をお預かりいたします。この聖印に誓って、これまでよりいっそう、助けを必要としている誰かのために、剣を振るうことを約束します」

 僕は聖印を握りしめて、コーレン司祭に答えた。コーレン司祭は大きくうなずくと、

「ただね、一度は大聖堂に寄ってほしい。私が大聖堂を出るまで、マリーが、一人前になった君を見られないのかと大泣きしていたのでね」

 少しおどけたように笑った。

「必ず」

 僕は約束した。聖騎士レンスが泣いているというのはあまり想像ができなかった。そんなやり取りのあと、コーレン司祭はまた脇に下がっていた。

 それを見届けてから、国王陛下がまた口を開いた。

「おめでとう。さて、君が晴れて聖騎士になった君にレウダール王国からも聞かねばならないことがある。今回、娘であるエレオノーラを山賊から救い、セレサルに侵攻した異次元の軍勢のポータルを止め、秘宝であるカーニムの銀盤の略奪の企てを阻止したという活躍に見合うだけの褒美をと思ってはいるのだが、果たしてコボルドの君が満足するものを、私が贈ることができるのか非常に頭の痛い問題なのだ。そこでだ。折り入って相談がある」

 目で促され、大臣がそのあとを引き継いで話を始めた。

「文官、武官一同に昨日まで協議したのですが、我が国は、君に伯爵の爵位についてもらいたいと考えております。領地についてはまだ検討中ではあるものの、候補はすでに上がっており、近日中にも正式にお預けできると考えております。というよりも、むしろ爵位につくというよりも、領地を持っていただきたいのです」

「え」

 僕は言葉に詰まった。それは困るし、貴族が務まるとは思えない。それに、モンスターが貴族に名前を連ねたら、周辺国からこの国が何といって馬鹿にされるか。

「ああ、疑問は十分理解できます。しかしながら、これはこの国にとっても重要な転機となるのです。これから申しあげる問題を熟考いただけますか」

 そう言われてしまうと、聞かないわけにいかなくなる。僕は煮え切らない思いのままうなずいた。

「実の話、この国では、人に友好的な態度を示すモンスターは君が初めてではないのです。しかし、この国には、彼らを保護する素養のある者もいなければ、安住の地を管理できる長も現れてこなかったのです。そのため、過去にはその関係が悲惨な結果に終わった記録すらあります。そこで、今回、幸い君は国に多大な貢献をされた功績があり、その見返りとして、国は君に領地を与える、そして、その代わりに、私どもは、現状も流浪しているであろう友好的なモンスターたちに、君の領地内であれば、安全に安定した暮らしをすることができると、提案できるようにしたいと考えておるのです」

「う」

 ものすごく断りづらい。

 助けを求める気持ちで隣を見ると、陛下に見えないようににんまりと笑った。この子はエレじゃない、ノーラだ。これはおそらくノーラが仕組んだ話なのだ。完全に嵌められた気分になった。だとしたら、これはたぶん、不可避な選択だ。

 領地をもらう場合に、断る場合に、引っかかることは何か。僕はしばらく考えた。そして気づいた。

「お話は大変光栄に思います。ですが、僕には多くの命を預かるだけの力はなく、また、僕の小さな力でも守れる人たちを守りたく、国内を旅したいと考えています。そのため、ひとところに僕自身が留まることは難しく、領地を守ることもまた不可能であると思います。そのような僕の代わりに領地の管理をお願いできる、知識と理解のある方がいるのであれば話はまた変わるとは思うのですが、僕自身には心当たりはありません」

 なんとなく、その言葉の結果は分かっていた。

「ちょうど適切な者に心当たりがある。当人はまだ子供ゆえ治政能力はないが、優秀な人材は周囲にそろっている。他に何か懸念事項があれば何なりと聞いてくれ」

 陛下から、思った通りの言葉がかかった。つまり、エレとノーラ、そしてその周辺のひとたちがおまけでついてくる、ということだ。僕は見透かされた気持ちになり、素直に続けた。

「僕には貴族の家と領地を保持する財力がありません。家を守ることは不可能であると懸念しています」

「それについては、先に言った者が、自分の財産を共有物として当てたいと申している」

 なるほど。陛下の回答からすると、僕が断る口実とするだろうことはある程度、すでに先回りされているのだろう。それでも、僕は聞かなければならなかった。

「それは国民から国のために預かった税を財源としているのではありませんか。であれば一度返納するのが筋であると存じます」

「安心されよ。かの者の財産は、かの者固有の、自ら稼いだものである。国の税を一切財源としていないことは国王の名をもって保証しよう」

 なんと、そういうことか。なるほどノーラなら税とは別に固有の財産を持っていても不思議はない。彼女が持つ能力を駆使して、異次元由来の金属や魔具素材を集めれば、たやすく巨万の富を築けるのだろう。

 しかし、最後の懸念は僕自身だ。どう答えてくれるのか、少し楽しみに思いながら、僕は聞いた。

「最後に。僕はモンスターの中でも最下層のコボルドです。果たしてモンスターたちは僕を長と仰ぐでしょうか。僕はそうは思えなく、管理は不可能ではないかと懸念しています」

「そういった者たちを、鎮められるよう努力することが長の使命である。かの者が、君であればそういった諸問題を必ず乗り込えてくれるはずだと推薦している。どうだろう、かの者と協力するということで、この話、受けてはもらえぬだろうか」

 期待が重い。しかしノーラがそういうからには、やはりこれは必然なのだ。だとしたら、おそらく僕は、逃げてはいけない。

「不詳私めの懸念は晴れました。謹んで拝命いたします」

 僕は再度膝をついて陛下に答えた。


 それからは大変だった。

 コボルドが伯爵になるという歴史的な珍事に記念祭を行うと国王が宣言し、その時までにフルネームを考えておくようにと言われた。

本当に行うのかと半信半疑だったけれど、仕立屋が来て採寸されたりしているうちに、本当にやるのだな、というあきらめの境地に達した。

 祭りの日まで日数がある。それまではレウザリム城を離れられないし、その間に僕はこの数日間のことを、忙しくて記録しておけなかったので、その間に忘れないうちに日記にまとめておくことにした。

 セラフィーナとロッタのことについては、自分たちの使命のために旅立ったと、僕からコーレン司祭に伝えておいた。

それでもコーレン司祭は彼女たちからもう一度直接話を聞きたいと、捜索を行うと言っていた。けれど、結局、セラフィーナとロッタは見つからなかったようで、捜索は打ち切られたらしい。

 そんなことを思い出しながら日記をまとめていると、エレ、もしくは、ノーラが入って来た。エレをノーラと呼んでしまうことはなかったけれど、ノーラはいまだに判別がつかなくてエレと呼んでしまうことがあるから気を抜けない。

「お茶をお入れしようと思ったのですけれど、お忙しいですか?」

 誘われて、これはおそらくエレだと判断する。念のため、一応確かめてみることにする。

「ロッタの捜索は打ち切られたそうだよ」

「そうですか。元気だといいのですけれど。いつかまた会えるでしょうか」

 遠く窓の外を眺める目は、間違いなくエレだ。僕はその答えに確信が得られたので、一度日記を中断することにした。

「もうすぐ記念祭ですね。それが終わったら、いよいよ出発だと思うと、楽しみです」

 エレが紅茶をカップに注ぎながら言う。

「これからよろしくお願いします。ラルフ様」

「うん、僕は一通りのことが済んだら旅に出るけれど、なるべく定期的に帰るようにはするつもりだから、よろしくね」

 その手元を眺めながら、僕はティーテーブルにふたつある椅子のうち、エレから遠いほうに腰を下ろした。この先に不安しかないけれど、引き受けたからには精一杯やるつもりだ。

「お召し物、よくお似合いです」

 仕立屋から仕上がって来た僕の服を、エレはほめてくれる。それから、僕の前に紅茶の入ったカップを置いた。自分の分の紅茶もカップに注ぐと、ようやくエレは椅子に座った。

「そういえば」

 一旦カップを持とうとして、思い出したように、エレが手を止めて顔を上げる。

「そういえば、ラルフ様はどこまで知っていらっしゃったのですか?」

「何のこと?」

 僕が聞くと、

「今回の事件について、です。事前にノーラから何かお聞きになっていたのでしょうか?」

 エレはそんな風に首を傾げた。

「真相を聞いたのは、王都に来る直前だよ。それまでは何も知らなかった」

 僕は事前には何も聞いていない、と説明した。

「そうなのですか。私は、実は今もほとんど何も知らないのです。ノーラは、必要な時には護衛役とエレオノーラ役を、入れ替わるから、ということだけしか教えてくれなかったから。だから、こっそり、ひとつだけ教えてください」

 エレはそう言って、僕の目を覗き込んできた。

「私が精神界で出会った方は、ノーラなのですよね?」

「どうしてそう思うの?」

 僕が答えをはぐらかすと、

「ノーラは、あれで時々注意不足なところがあって。それに結構メモ魔なのです。実は昨日、ノーラの地下室の隅で、あの時に私が聞いた話が丸々書いてあるメモ書きを見つけてしまいました」

 エレはそう言って微笑んだ。

「そういうことか」

 何となくノーラらしい、と僕も思った。

「はい。見てしまったことは、私の胸の中にしまっておいた方がいいのでしょうか」

 エレが首をかしげる。

「終わったことだし君の好きなようにからかうのがいいかもね。たとえば、部屋を片付けろ、と言ってあげれば勝手に気が付くんじゃないかな」

 僕はそう答えて笑って見せた。

 エレもにこやかに笑うと、

「そうします」

 と答えた。それから、彼女は急に話を変えた。

「あ、お父様から聞きました。お名前、良い響きだと私も思います」

 フルネームはすでに決めてあり、国王陛下にも申告してある。それが彼女の耳にも伝わったのだろう。


 ラルフ・P・H・レイダーク


 今ではそれが僕の名だ。こうして僕は聖騎士見習いのラルフから、聖騎士レイダークになった。そして。

「ところで」

 と、とても気になっていると言いたそうに、エレが首を傾げた。

「間の、P・Hとは、何かの略なのでしょうか」

「ああ」

 エレが入れてくれたお茶のカップを手に、僕は少しだけ笑った。カップからはいい香りがしていた。僕には茶葉の品質などわからないけれど、好きな香りだ、と思った。

「それはね、実は僕自身は略じゃなくてラルフ・ピー・エイチ・レイダークのつもりだったんだ」

「あら」

 とエレも笑った。

「でしたらお父様に訂正しておきますね」

「いいんだ。今のままのほうがサインしやすいし、すごく回り道みたいな話だけど、略からつけたというのは本当なんだ」

 僕はエレに訂正しなくていいと告げた。

「そうですか。ではどのような意味ですか?」

 エレの質問が最初に戻る。僕はさらに笑いながら、答えた。

「それはね」

 陛下にはあったほうが様になるかと思ってとしか言っていないけれど、P・Hには確かに意味があった。

 それで、僕は生来の名前を、初めて人間に、エレに告げた。


 ポグ・ホグ。

 それが僕のコボルドとしての名前だと。

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