第一章 聖騎士見習いとして(3)
僕がそのいきさつを話すのを、聖騎士レンスは静かに聞いてくれた。
そして僕が話し終えると一度だけうなずいた。
「ありがとう、でもラルフ。あなたがどこまで人に親切にしたくても、きっと初めて会った人はあなたを信用しません。モンスターとして敵対心を持たれるでしょう。それはあなたが想像しているよりもずっとつらくて、苦しい道のりです。その覚悟はありますか?」
「正直分かりません。僕には分からないことだらけだから。けれど、僕にも助けられる人がもしいるなら、僕はその人たちを助けられるコボルドになりたいです。僕が助けられる人は、きっと人間よりもずっと少ないと思います。ちびで弱いモンスターだから仕方ないんです。僕には、僕に助けられたくないと思っている人にまで、届く力はきっとないです。それは分かっています」
おそらく正道にはなれないだろうというのは分かっていた。どんなに努力しても、僕はモンスターなのだから仕方がないことだと思う。
「だから、一人でも僕に助けられてもいいと思ってくれる人が現れてくれるなら、少しでも僕が誰かの友達になれるなら、僕はそれだけで十分です」
「分かりました。貴方のその謙虚な考えが、いつまでもあなたの道しるべとなりますよう」
その答えで満足してくれたのだろうか。聖騎士レンスも、それ以上僕がモンスターであることを理由の質問はしなかった。
「ああ、でも困りました。聖騎士見習いとして修業するのには、戦闘訓練もしなくてはなりません。あなたのような小さな勇士様が現れることは想定外なので、あなたに合う訓練用の武具がないです」
「それは私が何とかしよう」
それまで黙って僕たちの会話を聞いていたコーレン司祭が口を開いた。確かに、司祭以外なんとかできる人はこの場にいないだろう。
「そこは心配しないでくれたまえ、マリー」
「承知いたしました。ところで、あとひとつだけ難問がありまして」
聖騎士レンスはとても言いづらそうにしていた。これ以上に深刻な問題があるように。
「どうやって知ってたのか、聖騎士見習いたちの間に、コボルドが新しい見習いとして加わることがもう広まっています。それで、その、はっきり申し上げると、コボルドと一緒に訓練はできないと言っている見習いがすでにひとりいまして」
「ふむ、なるほど。確かにそれは問題だな」
短くうなずき、コーレン司祭は思案をはじめた。
将来の話どころか、すでに僕はモンスター扱いされていた。前途多難だけれど、それはそうだ、と僕は納得した。神殿組織はある意味、軍と並んでモンスターから人々を守る最先鋒だ。人々を脅威から守る盾になる夢を描いている子供たちの中に、生来人間に敵対的なモンスターが入り込んできたら反発するに決まっている。
「呼べるかね?」
「今ですか?」
聖騎士レンスが急すぎるのではと言いたそうに尋ねると、コーレン司祭はそのほうが良いのだといった顔でうなずいた。
「我々がいる前で一度会わせておいたほうが、二人だけでばったり出くわすよりは安全ではないかな」
「確かに、そうかもしれません」
聖騎士レンスも納得したように、扉近くの甲冑姿の人物に目を向ける。すると、置物のようだった全身甲冑の一人が、肩越しに扉を親指で差した。そこにいますよ、ということなのだろう。
それを見た聖騎士レンスは大きなため息をついた。
「セラフィーナ、盗み聞きとは、お行儀が悪いですよ……はいりなさい」
声をかけられた人物はすぐに入ってきた。そして、扉のそばで立ち止まると、それ以上はテーブルには近づいてこないようだった。
「ここで失礼します。司祭様、マリー様」
「はあ、そこまで嫌っているわりに、気にはなるのですね」
聖騎士レンスがため息をつく。
すると、セラフィーナと呼ばれた人物はいら立ちを隠しもしない声で答えた。
「それはそうです。どのような化け物が入り込んだのか、気にならないほうがおかしいのではありませんか?」
「彼は立派な人物だ。私が保証しよう」
コーレン司祭が静かに訂正してくれたけれど、セラフィーナはかえってそれが気に障ったようだった。
「腹の底では何を企んでいるか分かったものではありません。今すぐ追い返すべきです」
「私は全く逆の意見だよ、セラフィーナ。ラルフ君は我々の希望だと思っている。本来悪とされるモンスターであっても、我々と価値観を共有できるという、可能性だと考えているよ」
コーレン司祭とセラフィーナの会話は平行線だった。正直、どちらも間違っていないのだから仕方がないとしか言いようがなかった。
「ここは神聖な大聖堂です。このような薄汚い邪悪が這いまわっていい場所ではないはずです!」
セラフィーナが大きな声を上げると、思わぬところから助け船の声が上がった。
「恐れながら、セラフィーナ嬢。ラルフは薄汚くなどないし邪悪でもない」
扉のそばに控えている、全身鎧の人物だった。さきほど扉の外を指差した人だ。大人の、男性の声。僕もどこかで聞いたことがある声だった。
「ラルフは、まだ幼い上にコボルドの身でありながら、うちの息子をノールから助けてくれた恩人なのだ。自分も木の棒一本と木の板一枚という、武装ともいえない武装しかないというのに、身を挺してノールに挑みかかり、息子を逃がしてくれた、勇敢で、自己犠牲の精神を持ち合わせていることを疑いようもない子だ。うちの息子の命の恩人を、そのように悪しざまに言われるのは、私も我慢ならない」
確かに、それは事実だ。ノールは、僕が大けがを負った時に挑んだ相手だ。
ノールは、犬の頭をもつ、やや大柄の人型のモンスターで、僕が勝てる相手ではないことは分かっていた。だから、もちろん格好いい話なんかではなくて、男の子を逃がした後、僕もなんとかノールから逃れ、隠れてやりすごしたという結末だったのだけれど。
後日、近くの村から、その子と両親がお礼を言いに来た時に、聞いた父親の声が、その全身鎧の中から聞こえてきた声と同じであることに、僕はやっと気が付いた。
「自分も大けがを負い、熱を出し、寝込んだと聞いている。当たり前だ。見習いの君は今ノールに勝てる自信はあるか? あのモンスターは駆け出しの冒険者では返り討ちの危険があるモンスターだ。子供が勝てる相手ではない。まして単独のコボルドでは、大人でも返り討ちだろう。ラルフにも勝てる相手ではないことは分かっていたはずだ。それでも、ラルフはうちの息子を見捨てなかった。息子の話では、躊躇なくノールの前に立ちはだかったと聞いている。息子に、逃げろ、とだけ叫んだと。子供の、コボルドがだ。彼の高潔さを疑うというのであれば、同じだけの偉業が君にはあるのだね?」
「子供の話でしょう。どこまで正確なのか分かったものではないです」
セラフィーナはその話を信じなかったようだ。まさしく聞く耳を持たないとはこのことなのだろう。
「人の話は冷静になって聞くものだ、セラフィーナ。正確ではないのかもしれないが、すくなくとも嘘ではないよ。大人がその場所を確認したところ、戦闘があったのは間違いがなく、そこには人間のものでない大量の血痕が残っていたそうだ。その近辺で、ひどく腹を立てているはぐれノールも発見されている。ノールは討伐されたが、最期までコボルドのガキめ、と口走っていたのも確認された」
コーレン司祭がたしなめるように答えた。この話は父さんからコーレン司祭に詳細に伝わっていた。
「私たちはラルフ君を受け入れることに決めた。君が彼を嫌うというのであればできるだけ顔を合わせることがないよう配慮はしよう、セラフィーナ。だが、私はむしろ、君にとっても寛容を学ぶいい機会になるのではないかと思っているよ」
「……分かりました。正直納得はできませんが、努力はします。それでは、私はこれで失礼します」
結局僕が応接室でセラフィーナの姿を見ることはできず、彼女はそのまま部屋を出て行った。少し乱暴に扉が閉められる大きな音が部屋の中に響くと、コーレン司祭が困ったようなため息をついた。