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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
善色の悪業
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第六章 レダジオスグルムとの再戦(2)

 プリックが言うには、ラサンデル山へ出るには、二つのルートがあることが分かっているらしい。

 ひとつは、峠を越え、厳しい山脈の峰を抜けてラサンデル山に至る山越えのルートと、ペルラド山という比較的低めの山の途中にぽっかりと開いた、巨人の抜け道、と呼ばれる地下大晶洞群を抜ける地下ルートらしい。魔物との戦闘を避けたければ前者、厳しい雪山での遭難を避けるなら後者を選ぶべきだという。

「どちらが早く着く?」

 僕は所要時間を判断材料の一つと考えた。勿論それだけでは決められないけれど。プリックの後ろで先導を受けながら尋ねる。

「天候が崩れなければ上、天候が崩れた場合は下」

 とのことで。プリックも僕が何を気にしているのかよく理解してくれているようだった。高山の天候は変わりやすい。また、万が一吹雪に閉ざされた場合、凍死の恐れもある。僕は後者を選ぶことにした。

「巨人の抜け道にしよう」

 僕は答えた。実質、選択肢はそれしかなかった。魔物の脅威は排除可能でも、自然の脅威には勝てない。失敗が許されない旅だからこそ、天候に左右されるルートを選ぶべきではなかった。

「了解。そう言うだろうなとは思ってた。ただ、巨人の抜け道って言うだけあって、遭遇する魔物は皆やたらでかくて危険らしいから、気を付けた方が良いかもね」

 プリックは情報収集してから来てくれたのだなと言うことが分かる発言だった。他の町によって知り合いを作りながら来たというのはちょっと考えにくいから、メルサーグで聞いてきたのだろう。何にせよ有難いことに変わりはなかった。

「それと、伝言頼まれてたの、そろそろ伝えとく。『少しでも敵の数が多いと思ったら、自分ひとりで解決できるとしても、私達をお呼びください。ご命令をお待ちしております、主殿』だってさ。健気だねえ。愛されちゃってるのかな」

 そんな風に笑うプリックも、本気では言っていないようだった。彼は僕がどんな反応をするのか、試しているような、揶揄っているような声色だった。

「そうかもね。僕の力だけだと限界はすぐ来るだろうし、有難い限りだよ」

 僕も笑って答えた。プリックは一瞬無言になって、それから、また笑った。

「素直にそう言えるの、なんか良いな」

 と。今度は本心からの言葉だと信じられる声だった。

「なんて言うのかな。信頼、って奴? ちょっとかっこいいな。コボルドの癖に」

「普通のコボルドではないからね。普通のコボルドは飛ばない」

 僕はそう答えておいた。間違ったことは言っていない筈だ。

「そりゃそうだ」

 プリックも納得したようだった。

 それから、山肌を見回し、

「あっと。こっちだ」

 慌てて進路を変更して、山の斜面に向かっていく。最初は雪に覆われた険しい斜面や崖が見えているだけだったけれど、谷間に向かって山を回り込んでいくと、やがて、氷柱が牙のように幾重にも垂れ下がる、黒々とした洞穴が口を開けているのが見えてきた。

「あれか」

 僕が開口部の大きさに思わず声を上げると、

「あれもそうだけど、あそこから入るのは、やめた方が良いんだって」

 プリックはそう言って首を振った。

「何でも、氷山翔人っていう、雪山に適用した鳥人の居住地があるってさ。排他的で縄張り意識が強いらしいから、近付かない方が良いって聞いたよ」

「成程」

 僕は納得しかけてから、ふと、考えた。もし、もともとこの場所に鳥人達が住んでいたとして。

「レダジオスグルムやその手下の被害が出ていないか心配だな。もし奴が共通の敵というのなら、一時的にでも協力関係が築けないかな」

「ああ、あるかもね。どうする? 覗くだけ覗いてみる? 立ち去れって言われたら大人しく引き下がりゃ良いしね」

 プリックも同じように考えたようだった。なんとなく困っているかもしれない相手を素通りというのも気分が良くない、様子を見るだけ見ておいても良いような気がした。

「それで行こう。中に入らなくても、近付けば向こうから警戒して出てくるだろう」

「だろうね」

 プリックはそう言って大穴に進路を定めた。山の風は複雑で真っすぐ飛んで近づくのは危ないらしく、プリックは蛇行しながら洞窟へと滑空していく。僕もそのあとを追って飛んだ。プリックが選んだルートはある程度安定して飛べるコースだったようで、僕もバランスを崩すということなく続いて行けた。

 洞穴のすぐ側まで近づいても、誰も出てこない。妙な胸騒ぎがした。

「誰も出てこないなあ。全滅してたりして」

 プリックの言葉は軽い。彼にとっては知らない生物の群れが全滅していたとして、たいして興味はないのだろう。

「入ってみよう。確かめたい」

 僕は実際に目で見て確かめることにした。何があったのかを確かめておいた方がすっきりするからだ。中途半端に無視して進むと気になってしまう。

 結局、洞穴の暗がりに飛び込んでも、誰も出てこなかった。むかつくような腐臭だけが僕達を出迎えた。血の匂いはしない。

「この匂いだと、随分前にやられたみたいだね」

 と、プリックが冷静な意見をいう。その通りだろうけれど、それ以上に、何故こんなことになっているのかが問題だと、僕は思った。

 洞穴を少し進むと、高山植物の繊維を束ねた巣が乱雑に壊され、そのそばに半ば白骨化した死体が散乱しているのが見えてきた。夥しい死体。流れされた血は洞穴の地面に染み込んで乾ききって、赤茶けた色すら残っていなかった。一面の死体と破壊された巣の海に、僕は思わず顔を顰めた。

「生き残りはいないか?」

 洞窟の奥に声を掛けてみる。返答はない。警戒して答えないだけかもしれない。僕は少し奥まで探索してみることにした。洞窟は天井も高く、十分な広さもあったけれど、不可視の翼での飛行は行わず、自分の足で探索してみることにした。

 プリックは僕の荷物の上にやってきて寝転んだ。何か久しぶりな気がした。

 洞穴の中は明かりもなく暗い。床や天井、壁には氷は張っておらず、中は思ったより温度が高かった。

 下は岩混じりの土で、踏むとジャリジャリとした感覚があった。静まり返っていて、僕の吐く息と、土を踏む音だけが響き渡った。

罠などは特にない。何となく気が引けて、僕は、死体を踏まないように気を付けて歩いた。

洞穴はすぐに奥の壁に行き当たった。ただ、その手前に奥行き一〇メートル、横幅二〇メートル程の穴が床にぽっかりと開いていて、底が遠く見える程の落差で奥に続いているようだった。その先に、ぼんやりと何者かの気配を感じた。

「下に誰かいるな」

 僕はプリックにそう声を掛けて、降りてみる意志を示した。プリックは何も言わない。ただ規則正しい寝息だけが返って来た。もう寝てしまったらしい。本当に知らないひとのことはどうでも良いのだなと感じた。

不可視の翼を広げ、ゆっくりと僕は下降した。落差は三〇メートルほどあり、降りた下は巨大な空洞になっていた。まるでくりぬかれたように、さらに下へと続く穴が、その層の床にもたくさん開いていた。

 動くものの影はない。けれど、気配は確かにこの層から感じた。周囲の闇を見渡し、壁に不自然な巨岩があるのが目に留まった。雑といえば雑な隠し扉だ。

「誰かいるのは分かっている。僕はレダジオスグルムを退治に来た者だ。上の惨状は奴の仕業か?」

 岩に近づき、僕が声を掛けると。

「奴の軍勢が食い散らかして行った。我々はもう終わりだ。放っておいてくれ」

 岩の向こうから返答があった。思ったより若い男の声だった。

「そうか。奴を倒すのに協力し合えればと思ったけれど、そちらにその気がないのでは仕方がないな」

 一旦引き下がってみる。彼等には声を掛けず、僕はさらに下の層に続く穴を見て回った。それぞれ深さが違う。先が異なっているようで、この先は複雑な構造の洞穴なのだろうと理解できた。いずれにせよ、巨人の抜け穴と呼ばれる場所に出るのには、一度他の山と穴が繋がっている筈の高さまで降りて行く必要があるのだろう。

 そんな風に考えていると。

「本当に、奴を倒せるのか?」

 岩が少しだけ開いて、声が掛かった。僕が振り返ると、猛禽類のような鋭い目が覗いているのと、目が合った。

「勿論だ」

 僕はそれだけ言って、頷いた。


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