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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
善色の悪業
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第六章 レダジオスグルムとの再戦(1)

 容赦なく吹き付ける、刺すような冷気を伴った吹き降ろしを縫うように、プリックが前を飛んでいる。僕がついていかれないような大胆な進路は取らず、比較的飛びやすいルートを先導してくれていることが、何となく実感できていた。

 プリックが駆けつけてくれていなかったら、酷いことになっていたかもしれない。それを認めない訳にはいかないようだった。むしろこれまでの移動と比べても体力の消耗が少ないくらいだった。

 パペッツは周囲にいない。プリックが先行させて、進路上の邪魔な敵を先に排除させているのだ。山肌に反射するような重低音がひっきりなしに響いていて、結構な数の敵が潜んでいることを知ることができた。

 もっとも、実際に姿を目にすることはない。どんな敵が潜んでいたのか、僕には分からなかった。パペッツ達は、敵と見定めたものに容赦なく、跡形も残らないよう攻撃を加えて手を緩めていないようだった。ほとんど山狩りと言って良い。

「山小屋だ」

 白一面の視界の中に目敏くその存在を気付いたプリックが、教えてくれた。雪に覆われた山の斜面の中、ほんの僅かな平面に一件の小屋があった。屋根には雪を被り、壁も吹き付ける雪が張り付いていて、僕一人だったら間違いなく見落としていただろう。

「降りて一回あの中で休もうか。あ、そうだった。メルサーグで焼いた練り芋貰ってたんだっけ。あの中で食べよう」

 プリックに言われて、僕もそれに同意した。

「休憩できる場所は貴重だ。ありがとう」

 山小屋は手入れが行き届いていた。屋根の上の雪も少なく、最近雪掻きされたばかりだということも分かった。冬が近い季節の山はそろそろ危険だと聞く。山小屋を解体していないだけで驚きだというのに、誰かが雪下ろしまでしていることには驚愕しかない。

「中、掃除されてて綺麗だね。ひとが来たのが何日も前ってことはないかなあ」

 僕が入口の扉を開くと、プリックも感心したような声を上げた。確かに彼の言う通り、埃や塵が散乱していることもなく、何なら置かれている給水タンクの水も新しかった。登山者が水袋に水を補給する為の設備だ。

 小屋の中には、暖炉があるものの、火はついていなかった。当然中は無人だ。誰かが逗留しているという印象でもない。

 小屋には六人分のベッドと、巨木を割った野性味あふれるテーブルと、丸太を利用した椅子が置かれていて、山小屋と言いつつも、民家程の広さが確保されていた。

 それ程長時間留まるつもりはなかったから、暖炉に火を入れることはせず、僕はテーブルにつく。プリックはテーブルの上に乗って、彼の体の大きさからすると抱える程もある練り物を虚空から出してきた。僕がそれを受け取ると、彼はもう一つ虚空から出して、自分で抱えた。

「何でも地元でとれる芋をすり潰して練ったものを、日持ちするように燻してから乾燥させてるんだってさ。もともとは、災害とかで他の都市との交易が途絶えてる間を凌ぐための非常食で、昔のレシピのままだとぱさぱさするは、味はあないわで食べられたもんじゃなかったらしいって。それでも、メルサーグは荒れ地の谷間で、野菜も育ちにくいから、芋くらいしか栽培できなかったから仕方がなかったんだってさ。それで、何とか食べ物の味になるように改良を続けたら、いつの間にか名物になっちゃったって聞いた。焙ったりしてもいけるけど、そのまま食べても大丈夫だってさ」

 プリックはそう説明してから、自分の分を齧り始めた。

「美味いよ、これ」

「どれ」

 僕も齧ってみた。ほんのり甘みがあって美味だった。元が芋だとは思えないくらい、ふわふわと柔らかく、口の中で溶けるような食感があった。確かに焙っても香味や風味が増して美味しそうかもしれない。

「本当に美味いね。旅の途中は、日持ちしやすい干し肉とかに偏りがちだから、芋が素材の日持ちする食糧は素晴らしいな。どこかで機会があったら買いたいな、これ」

「肉ね。肉も食わせてもらったよ。野生ののものじゃない、食べやすいように飼育された獣ってのは、柔らかくて美味いんだね。おいら、そういうの、見たことなかったから、びっくりしちゃったよ。ま、おいらたちの方じゃ、そんなことしてたら、襲われて全部持ってかれるだけから、やる奴いても、すぐ死んでるんだろうな」

 と、プリックは小声で笑った。美味いものにありつけたようで何よりだ。

「そうだね。君の知っている世界にはないものかもしれない」

「次は美味い魚が食いたいな」

 プリックは練り芋を美味そうに齧りながら言って。それから、少しだけ顔色を真剣なものに変えた。

「それはそうと。ちょっとした経路で見てたよ。アラスネスカの霊、何とか出来るアテあるのか?」

「最悪、カーニムに頼ろうかと」

 僕は良く知っているな、と、驚きつつ、答えた。その答えに案の定だと言いたそうな表情を浮かべて、プリックはため息をついた。

「霊体を、外の次元宇宙に連れ出して、大丈夫かな」

「良くないのか?」

 それは初耳だ。そもそも死霊術には僕は疎い。そこまで考えていなかった。

「霊体ってのはアストラルの塊だかんね。結構環境に影響されるよ?」

 プリックがそう教えてくれた。

「場合によっちゃ怨霊化して生物憑り殺しに掛かるからなあ。おいら、ちょい不安かな」

「ああ、そういうことか。なるべくアースウィルからは連れ出したくないのは僕も同じだ。怨霊化とかいうこと以前に、純粋に生まれ、生き、死んだ世界で眠れないのは、可哀想だからね」

 僕は正直な思いを話した。僕からすれば、それがすべての懸念だった。

「そうだなあ。確かにそうかも。全然知らない場所で鎮魂されてもなあ。ここどこだよって思うのが当たり前だよなあ」

 頷いて、プリックは悩み声を上げた。うんうんとしばらく唸って、それから、彼は、一気に練り芋を平らげて頷いた。

「仕方ない。赤の他人の霊を弔うとか、おいらの趣味じゃないけど、何とかしてやるよ」

「できるのか?」

 驚いた・プリックにそんな特技があったとは。

「そりゃまあ。悪神のつっても神の秘宝だよ。そのくらいできるさ。おいら、ラルフが思ってるよりは、それなりにすごいんだぜ。亡者なら、消滅させることから、眠りにつかせてやることまで、一通りのことは何とかなるよ。準備はいるけどな」

 自慢げに頷くプリックを。

 僕はしばらく自分の練り芋を食べるのも忘れて凝視した。そうだった。プリックは神の秘宝だ。神術の幾らかが使えて不思議はなかった。

「それか、悪神の神術に頼るのがあんま気分良くなかったら、マリオネッツに投げたら?」

「あ」

 完全に忘れていた。マリオネッツに話せば彼女達ならどうとでもなる筈だ。カーニムに頼る以前に、間違いなくできるだろう者達がいたことにようやく気が付く。

「完全に失念していた。その通りだ。とりあえず、君の主義に合わないことを無理に曲げてもらうのは心苦しい。まず、イマやエレカと話してみるよ」

「それが良いかもね。分かった。じゃ、おいらは忘れるよ」

 それならそれで良い、と、プリックは寸蟻引き下がった。彼の冷静さは貴重で、一番頼りになるのは彼が多才だということでも、パペッツという戦力を持っていることでもなく、物事に対する淡泊な程の動じなさなのかもしれないと、僕には思えた。

「ありがとう。何となく気が楽になった。アラスネスカのことは何とかなりそうな気がしてきたよ。これでレダジオスグルムの撃退に集中できそうだ。助かったよ」

「どういたしまして。おいら役に立つだろ。だからラルフもおいらに美味いもん食わせろよ。約束は忘れてないぞ」

 笑う。プリックのこの図々しいまでの気楽さが、今は何かひどく有難いものに思えた。彼は、ともすれば、わざといつもそういう態度をとっているのかもしれない。

「そろそろ出ようよ。速く食べちゃいな」

 プリックに言われて、僕はようやく自分の手の中の練り芋が全く減っていないことを思い出した。それを急いで食べてから、水袋の水で喉を十分に潤してから、小屋備え付けの給水タンクから、新しい水を水袋に詰めた。

 そして、僕とプリックは、小屋を出て、再び、アミルラーズ山脈の高みを目指した。

 白銀の尾根に、まだパペッツ達が戦っている音が響いていた。


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