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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
コボルドの見習い聖騎士
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第四章 『そういうもの』の願い(6)

 どんな効果があるのかは分からないけれど、竜の護符というのならきっとかなりの魔力があるのだろう。僕はありがたく使わせてもらうことにして、前方に意識を集中させた。

 ストーミーは草原をまるで道が分かっているかのように駆け抜け、すぐに王都の城壁が前方に見えた。

 王都レウザリムは、平原のはずれに位置する都市だ。

 街の東側に険しい山岳を背負っていて、山岳へ続く小高い丘の上に王城があり、その南北は山から滔々と流れ落ちてくる川に挟まれている。丘陵のすそので河川は一本の大河に合流する地形になっていて、王城のひざ元、河川に囲まれた地帯の緩やかな斜面に都市の中心機能が作られていて貴族たちの館などもこのあたりに集中している。川の外側には一般平民が暮らす市街地が広がっており、川の両岸を繋ぐ、南北それぞれの川に二本ずつ橋がかけられている。橋にはすべて巨大な門があり、王国軍が管理、駐留しているという。また、街の西端部は大河の水門を兼ねた巨大な軍用砦を中心に王国軍の基地が占めていると聞いている。都市の門は北と南に街道に続く一般用のものがひとつずつ、王国軍の基地に、北西、南西に軍用門がひとつずつ。

 僕たちの右手側に水面が広がっているのも見えたから、どうやら僕たちは北西の軍用門に向かっているらしいと、位置関係を理解できた。ストーミーは道に迷うこともなく、王都の軍用門を抜けた。

 軍用門は一般の旅人や市民が使う大門などと違い、装飾や像などの彫刻はなく、重々しく分厚い鉄の扉がつけられていた。

 兵士たちは、馬上の僕と『エレオノーラ』の姿に気づくと、皆全く同じ姿勢で敬礼をして出迎えてくれた。どうやらエレオノーラの進言の通り、国王陛下は僕たちのことを軍に知らせておいてくれていたらしい。

 ストーミーは足を緩めず、王都の一角を占める軍事基地を抜け、市街地への門をくぐった。

「それで、どこへ?」

「奴らの狙いは王城内の銀盤なのだから、そこで待ち伏せるわ」

 エレオノーラは、当たり前のことのようにさらっというけれど、それってけっこう前代未聞の大事のような気がする。見知らぬコボルドが王城に入り込んで責任問題になったりしないのだろうか。

 そんな風に考えていると、エレオノーラが神経質な子供を見るような目でくすっと笑った。

「大丈夫よ。仕込みは済んでるわ」

「そうはいっても、みんなが納得するなんてことはないはずだよね」

 僕が少しむっとして聞くと、

「それはそうよ。だからはぐれないでね」

 と、エレオノーラは脅かしてきた。

「それと、言い忘れてたんだけど」

「なに?」

 僕も何か聞き忘れている気がする。なんだろうと首をひねった。

「家族は、その子のことをエレ、私のことをノーラで呼んでるから、よろしく!」

 そう言われ、僕は、どう二人を区別したらいいのかを聞いていないことをやっと思い出した。

「それだ!」

 僕が叫ぶと、エレオノーラ、改め、ノーラは声をあげて笑った。

「お互いに、なんだか抜けてるわね」

 それから、僕たちは口をとざし、あたりの喧騒に注意を向けた。兵士や冒険者が戦っているような音は聞こえない。市街には異常は起きていないようだった。

 ストーミーはさすがに市街地ではすこし速度を落とし、往来の危険にならないように走った。ストーミーは往来の中を、危なげもなく走り抜けていく。本来なら複雑な人の流れに事故や騒ぎを引き起してもおかしくないっ状況なのに、どう走れば人々の間を無理なく走り抜けられるかが最初から計算できているかのようだった。街の人たちが驚いて逃げるようなこともなかった。

 道はなだらかな上り坂になっていて、上がり切ったところでストーミーはまた門をくぐった。

 王都に四本あると噂の橋だ。橋の欄干は真っ白で、とても優美だった。馬上の高い位置からは、川の流れは橋のはるか下に深い峡谷を作って流れているのが見えた。両岸は岩のがけで、ところどころに崖に噛り付くような樹木が生えていた。

 一度ゆっくり自分で歩けたらな、そんな風に考えているうちに、ストーミーはあっという間に橋を渡り切った。大きな屋敷が左右に見える道を抜け、やがて今まで見た中で一番大きな門が前方に見えてきた。それは白い石造りの城の門だった。城門の前までたどり着くと、疲れたそぶりも見せずにストーミーは立ち止まった。

「ようこそ、レウザリム城へ。歓迎しますわ」

 ノーラがピクシーの姿のままおどけてお辞儀をする。僕はその冗談半分のしぐさに、

「お招きいただき恐縮です」

 と、笑顔で返すと、ストーミーの鞍の上に立ち上がり、振り向いて『エレオノーラ』エレを抱き上げると、馬上からひょいと飛び降りた。

「ちぇえ。もうちょっとあたふたしてくれてもいいのに」

 ノーラのつまらなそうな声を背に、驚いた顔のエレに向かって笑って見せる。

「そんなに驚かれると逆にショックだな。聖騎士になるために、ちびのコボルドだって鍛えているよ」

「そ、そうですよね。ごめんなさい」

 エレはすこし顔を赤くして、うつむいて謝った。僕はそんな彼女をしばらく眺めて居たい衝動にかられたけれど、そうも言っていられないのですぐに地面にそっと立たせた。

「無視かよ!」

 というノーラの文句には聞いていないふりをした。その代わり、真面目な顔で城門を見上げて告げた。

「行こう。ノーラ、案内をよろしく」

「了解」

 切り替えが早いのはノーラのいいところだ。すぐに真剣な態度に戻り、先導を始めてくれた。といってもノーラはエレの肩で指示してくれる形で、表面上の案内役はエレがしている、という体をとっていた。

「お疲れ様です。いつもありがとうございます」

 エレが門番に会釈をすると、門番は敬礼で返していた。僕が城に入ることが見とがめられることはなかった。

「戻ったのか」

 廊下を案内され、歩いていると、不意に男の人の大きな影が並んで歩きだし、そう僕たちに声をかけてきた。

「はい、想定通りに状況は進行しています」

 答えたのはエレではなくノーラだった。僕はちらっとだけ男の人を盗み見た。

 赤い上質のマントと、頭上の金の冠が見えた。どう考えても、そのいでたちは国王陛下だった。

「そうか。こちらも、予定通りのものが仕上がって来た。かのコボルトは彼か」

 陛下はひとりで何かに納得したように何度もうなずいた。そして、僕の前に、上質な紫の布に包まれた細いものを差し出してくる。

「これを。君に必要なものだと、ノーラから聞いている。使ってくれ」

 国王陛下から、僕に?

 本当に受け取っていいのか僕が逡巡していると、ノーラが僕の目も前に飛んできて頷いて見せてきた。

「貴方に必ず必要なものよ。受け取って」

 それを聞いて、僕は深く考えることをやめた。

「ありがとうございます。大切につかわせていただきます」

 陛下の手からそれを受け取り、布から鞘に納められた剣だけ取りだし、包んでいた布を返した。

 鞘に入っていてもわかる。この剣は人間が使うものにしてはバランスがおかしい。形は長剣のようで、大きさは短剣よりすこし大きいくらい。確かに通常剣というものは取り回しやすいように手元には重心があるものだけれど、その剣は持った瞬間に分かるほど、極端に手元に重心が偏っていた。

「これでは人間には振りにくいだろうに」

 僕がつぶやくと、

「あとでデルデラと戦う時に、振ってみれば分かるわ」

 ノーラがそう言って笑った。

「ちょうどよかったと思っておいて。あなたの剣がたがたでしょ?」

「あ、そうだった」

 危なかった。ムイムとの戦闘でほとんど壊れかけていたのをすっかり忘れていた。

「ありがとう。助かったよ」

 このままデルデラと遭遇していたら大変なことになっていたと気が付いて、僕は腰の剣を外してもらったばかりの剣を腰に下げた。元の剣は背負い袋に入れておくことにした。

「まだスケープ・シフターは動きを見せていない。では、よろしく頼む」

 陛下はそれだけ言うと足を止め、僕たちに並んで歩くのをやめた。

「必ず」

 僕の声が届いたかは、分からなかった。

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