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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
善色の悪業
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第三章 ライベルフィルナ(1)

 うっすらと空が白みはじめている。

 僕達はメルサッタの町を早々に離れ、街道から外れた西の荒野まで移動した。

 目の前にはレダジオスグルムをも超える巨体を持った、水晶色の竜が蹲って、僕達が背に上がるのを待っている。当然、その竜というのはライベルだ。

 僕は自力で彼女の背に上がり、ネーラも自前の翼で登って来た。それから二人で手を伸ばし、下からグロフィンが支えてティフェリを登らせて、最後にグロフィンも自力で登って来た。最後のひと登りだけ足元が怪しい感じだったので僕が手を貸すと、

「おっとと、ありがとう。危ないとこだった」

 素直に僕の手を掴んでグロフィンは体勢を立て直した。

 それから、彼はティフェリに防寒用のマントを身に着けるように告げる。メルサッタの近辺は、スメイゴーヴが近いだけに湿気が強いけれど、上空に飛び立ったらすぐに冷える筈だ。それに、降りる先は雪国だ。それまでに体温を下げるのは危険だ。僕も彼の言葉に賛成した。

 ティフェリは納得したようにマントを首からすっぽり被った。保温性の高い、厚手の毛皮製だ。それを見届けると、グロフィンも同じように、自分もマントを身に着けた。

 僕はというと。身を隠す為のマントを身に着けてはいるけれど、それには保温性はない。厚手のものは動きを鈍らせるからだ。だいいち、僕達コボルドは生息域を選り好みできる生き物でないから、劣悪な環境は苦にならない。なかなかどうして、極寒の大地でもはびこるのが吐いて捨てるような雑魚モンスターの強かさだ。

「じゃあ、飛ぶよ。良いかい?」

「待って」

 と、声を上げたのはネーラだった。彼女は吸血鬼だから暑さ寒さを感じるということはないけれど、それだけに周りから浮いて目立つことを気にする。闇に潜み、夜に君臨するのが吸血鬼というものだ。怪しまれる程に周囲から浮くのは本意ではないのだ。

 ネーラの衣装は、彼女の意思の力で自在に姿を変える。彼女は雪国仕様の厚手のドレスに女性用のコートを羽織った姿に変わり、満足げに頷いた。衣装の色は、すべて黒で統一されていた。

「お待たせ。もう大丈夫」

「やれやれ。人型の生物ってのはなんとも面倒なんだねえ」

 ライベルは呆れたように言い、両翼を広げた。今度こそ、空へ舞い上がる。行先は、宿で地図を見せて既に説明してあった。

 竜の体というのは不思議にできていて、背中の真上のある程度の空間に風の流れの空白ができる。全くの無風という訳ではなかったけれど、飛行の速度が極めて速いというのに、強風が僕達を討つということもなかった。ライベルの体が大きいのが幸いして、背中も広く、とても快適だ。周囲には水晶のような結晶が生えていたけれど、背中の天辺はほとんどただの鱗で、凹凸も少なかった。

「竜の背中に自分がいるってことが信じられない」

 ティフェリが目を輝かせてライベルの背中を見回し続けている。彼女にとっては、遥か眼下に離れていく景色よりも、ライベルの身体の方がずっと魅力的に見えるようだった。

「鱗とか、結晶とか、削ったり引き抜いたりしないでくれよ。やったら放り出すからな」

 少し心配そうに、ライベルが釘を刺した。自分の体の一部を勝手に採取されて、錬金術の素材にされるのは、確かに恐怖かもしれない。

「欲しいけど我慢する」

 どこまで本気なのか分からない声で、ティフェリは笑った。すぐにグロフィンが嗜めた。

「そこは、そんなことしない、ってはっきり言っとかないと。やるときはこそっと気付かれない程度に削るんだ」

「そっか。その手があったか」

 ティフェリは笑った。

「子供って怖い」

 ライベルが飛びながら首を振った。勿論、本気ではない、優しさを感じる声だった。

 眼下にはなだらかな丘陵から険しい岩山地帯に続く景色が広がっている。ライベルはメルサッタの上空を避ける為に、一度真北に向かって飛んだ。そして眼下の景色が巌のように厳しい山岳地帯へと変わると、ライベルは体を右に傾け、滑空するように旋回した。

 視界の南側、旋回する円の内側に、スメイゴーヴの泥沼が見えた。山岳から湿地帯に流れ込む河川は清らかで、湿地の泥を抱えて濁流に姿を変えているのを見ることができた。

 やがてライベルが飛行姿勢を水平に戻し、北東へ向かって飛び始めると、スメイゴーヴの姿は見えなくなった。

 ほんのわずかな時間だけ、綺麗な目をした、真っ黒い鼬の少年の顔を思い出した。ラザーはきっと、銀貨を宝物にしてくれるだろう。

 物思いに耽っていると、唐突に、ティフェリがとても重要な話があると言いたげな声を上げた。

「ところで」

 と、一旦言葉を置いて。彼女は僕達の自身ことを、訪ねてきた。

「君達の種族のこと、教えてほしいな。錬金術師としては、世界の危機とか、女神の生死とかより、よっぽど大切な情報なんだけど」

「それは学術的な興味?」

 僕は聞き返した。だとしたら、あまり話しても意味がない気がした。

「そうじゃなくて。錬金術師は固形の道具じゃなくて薬品も扱うから。君達の傷に効く薬品とか、逆に毒になる薬品とか、ちゃんと把握しとかないと。怪我治すつもりで悪化させたとかあったら、私、泣いちゃうよ」

 盲点だった。全くの正論と言って良い。

「僕に効く薬や毒は、人間と変わらない。でも、僕は自力で治癒魔法が使えるから、薬品のお世話になることはあまりないかも」

 僕は答えた。ティフェリの足のマメの治療もしたし、彼女は僕の言葉をすんなり受け入れた。

「そうだった。でも、万が一ってこともあるから。ありがとう。気付けとかも同じで大丈夫?」

「勿論。そうだね。あくまで僕が意識を失わなければ自力で治せる、だ。助かるよ」

 そう考えると心強い。それなりに薬品での治療の知識があるというのは良いことだ。

「私は、薬品や回復魔法は遠慮しておきます。とどめを刺されない限り、時間を貰えば復活するから気にしないで」

 ネーラは僕とは正反対の答えを口にする。そういえば、そのあたりの事情は、僕もしっかり理解できているとは言いがたがった。

「エストリエって、弱点とか、耐性とか、ヴァンパイアと同じ認識で大丈夫なんだろうか」

 僕も丁度良いのでネーラに尋ねてみた。ネーラは少し驚いた顔をした。

「あれ、話していませんでしたっけ? ごめんなさい」

 確かに話してもらっていない。そのことに彼女も気が付いたようで、慌てたように教えてくれた。

「どちらかというと、弱点や耐性はヴァンパイアよりもサキュバスに近いです。陽光を浴びても焼けたりしないし。というか、そんなことがあったら今頃ライベルの背中の上でサラサラの灰になってますしね。ヴァンパイアより上等かと言えばそんなこともなくて、サキュバスもそうだけど、首を刎ねられてしまうと死にます。ヴァンパイアみたいな不死じゃないので。回復魔法とか、回復薬とかでも、サキュバスとかエストリエは怪我が治りますけど、その、そういう善なるもので助けられるのは、負けた気分になるので」

「気分の問題なのか」

 思わず苦笑が漏れた。

「それなら良いかな。命の問題よりは軽い。傷が酷いと思ったら遠慮なく回復魔法を使わせてもらうよ」

「っ」

 ネーラも声を一度詰まらせて。

「私も痛いときは回復してくれって騒ぐかもしれません。痛みに弱いので、たぶん騒ぎます」

 それから、居心地が悪そうに笑った。何となく想像できる。無論、騒いでくれるくらいの方が、僕も気が楽だ。

 最後に、ライベルが皆の話が終わるのを待っていたように口を開いた。

「傷がひどいメンバーが出た時は、アタシの血を絞りな。たいていの回復薬より効果は強いよ。即効性もあるし、中毒性もない。ただ、あんまり飲みすぎるとドラコニアブラッドになる副作用はあるから、本当に困った時だけな」

「ドラコニアブラッド?」

 興味を惹かれたように、ティフェリが聞いた。ライベルは余計なことを言った、とばかりに言い淀んでから、結局答えた。

「後天的なハーフドラゴン。竜人化ってやつ。強力無比な力は得られるが、代償がでかい。見た目は化け物だし、ドラゴンにも人間にも喧嘩を売られる。隠れても無駄だよ。竜の血の引き合わせの宿命からは逃げられない」

「うへえ。私は勘弁だなあ」

 ティフェリが呻くと、

「それが正解だ」

 と、ライベルは笑った。

「アタシはすべての晶魔の原型で、人造の晶魔でもない。晶竜は、紛い物の竜でもない」

 そう付け加えた彼女の意識は、僕に向いていた。


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