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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
善色の悪業
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第二章 沼に落ちた竜(8)

 ライベルの衣服や防寒具を用立てるのに結構な時間を要してしまい、気が付けば夕方になっていた。

 今からラズレンシアへ飛ぶと、到着は日暮れ後になってしまう。僕達はラズレンシアへの行きを強硬はせず、その日はメルサッタに宿をとることに決めた。メルサッタは港町から都への道の途中にあり、旅人も多く立ち寄る場所だ。大部屋を借りることができなかったので、レンゼの時と同様、何部屋かに分かれることになった。部屋割りもすんなり決まり、ティフェリとグロフィンが同室、ネーラとライベルが同室、僕だけ個室になった。

 ティフェリ達とネーラ達が五階、僕だけ二階になった。メルサッタの宿は六階建てと巨大だ。

 部屋割りが決まると、ティフェリがグロフィンに、

「今日もお願い」

 と何かを頼んでいるのが気になった。僕が不思議に思っていると、それに気が付いたように、グロフィンが笑った。

「慣れない旅路だろ、ティフェリの足がむくんでガチガチなんだよ。流石に可哀想だから、レンゼで一回揉んでやったのさ。気に入ったみたいだ」

「上手なの?」

 と、ネーラが割って入る。これは、上手なようなら自分もやってもらう気だ。僕は苦笑し、

「僕は部屋に行くよ。それじゃ」

 彼ら自身に任せることにして階段を上がった。いつまでもロビーで固まっていると邪魔だ。

 部屋に入ると、ほとんど使っていないけれど、一応装備のメンテナンスはしておく。剣の手入れをしていると、部屋の戸がノックされた。扉を開けると、ライベルだった。

「邪魔するよ、ボス。結局ネーラがグロフィン達の部屋にマッサージ受けに入っちゃってさ、暇なんだよ」

 一人部屋はそれ程広くない。小さなテーブルとスツール、狭めの簡素なベッド、クローゼットがあるくらいだ。窓も小さい。僕は、自分はスツールに座ることにして、ライベルをベッドに座らせた。

「で、ボス。あんたどこまで知ってる?」

 座るなり、ぶしつけにライベルが言った。彼女は白色のシャツの上から革製の上着を羽織っていて、裾の長いパンツも上着と同じ革製だった。ブーツも皮製だ。ティフェリの見立てではとても旅には適さない服飾になったとかで、結局ネーラが適切に選んでくれたらしい(ティフェリの見立ての衣服も、別で購入だけはしたと聞いていた)。

「僕達の次元宇宙……神域が外宇宙の魔神に狙われているってことは知っている。五人の魔神だということも聞いた」

 僕が答えると、

「へえ。誰から?」

 驚いたような顔で、ライベルが口笛を吹いた。爬虫類の口は大きく、前に着きだしているから口笛を吹きやすいようにはできていない。器用なものだ。

「外宇宙のひとたちから。彼等はダーティー・チャンクとかいう傭兵部隊らしい」

「知らないね。アタシとは別口か」

 聞いておきながら、ライベルは、彼等についてあまり興味はなさそうだった。キースはもう少し真面目そうな感じだったし、デブリスにもいろいろいるのだなと感じた。

「まあいいや。それで、防衛組織は何処まで編成できてる?」

「善の勢力としては、神様に丸投げだね。悪側は、今、僕の配下になってくれたひとが、軍勢を集めているところだ。善悪どちらにも与しないと中庸を決め込んでいる者達については、難しい。正直どれだけ、どの次元にいるのか、把握する方法すら思いつかない」

 僕は大きなため息をついた。分かっている。状況は芳しくない。

「そもそも僕自身、現状、次元宇宙の状況に流されているだけの状況に近い。自分でどれだけ考えることができているのか、疑わしい限りだよ。生まれつき脳味噌が小さいから、僕は頭脳派にはなれない」

 自分の頭を人差し指で軽く叩きながら、僕は精一杯の苦笑いをした。自分で言っていて、

まるで道化のようだ。

 丁度その時、また、扉をノックする音が聞こえた。スツールから腰を上げて、扉を開ける。誰なのかは気配で知ることができる。用心は必要なかった。

「一人部屋、狭いね」

 ティフェリを先頭に、グロフィン、ネーラが入って来た。一気に部屋が狭くなる。ネーラ、ティフェリ、ライベルがベッドの上に座り、グロフィンをスツールに座らせ、僕自身は壁に寄りかかって立つことで、ようやく何とか全員落ち着くことができた。

「何の話をしていたのかしら?」

 ネーラが僕とライベルに疑問を投げかける。僕は首を振ってその話を今は続けない意思を示した。

「今その話にいきなり入ると、ティフェリ達が混乱する。遠い先行きの話、とだけ答えておくよ。僕達にとっては現時点で既に考えなければならない話ではあるけれどね、ネーラ。でも、今はまずアースウィルのことだ。そちらから処理していこう。君達はたぶんこう思っているよね、ティフェリ、グロフィン。果たして、アースウィルに何が起こっていて、僕が、何を、何処まで把握しているのか、と」

「ええ。それに、君達の正体も気になるわ」

 ティフェリが頷く。グロフィンはただ、

「話せる内容だけで良い。秘密ならそれでも良い」

 そう僕達に配慮を示してくれた。ティフェリもそれは同じだった。

「勿論よ。私も同じ」

「ありがとう、大丈夫だ。ただし、君達にはかなり辛い話になる」

 僕は彼等に曖昧な笑みを返した。まずは、その話をするために、避けては通れない事実を話さなければならなかった。

「状況は悪い。原因は、アースウィルの創造神たる女神、アリスが死んだことだ」

「そう」

 ティフェリはそれ程驚かなかった。グロフィンは驚きのあまり声も出せずに口を開いたけれど、ティフェリは彼が驚くのも無理はないと感じたようだった。

「そっか。グロフィンはずっと野外で暮らしてたんだったね。マザー・アリス神殿の聖光が、全世界で消えたの。それなりに聖職者連中の間じゃ騒ぎになってるわ」

「そうだったのか。全然知らなかった」

 グロフィンは神殿で起きていることを知らなかったと、素直に認めた。話の腰を折るべきでないと思ったのかもしれない。

「マザー・アリスが死んだのなら、消えもするか。……ん? それ滅茶苦茶大事じゃないのか?」

「大事よ。それで、天変地異が起きてないのは何故?」

 ティフェリは、アースウィルがアリスの力で保たれていることを知っているようだった。彼女は僕に、もっと大変なことになっている筈だと言わんばかりの視線を向けた。

「インビンシブルという竜が、世界を支えてくれている。そして、アリスの同族がその力を継いで、これから世界を今まで通りに保つための準備を進めている。ただ、今すぐに元通りに出来ない訳があって、その為に僕がその原因を取り除こうとしている」

「つまり?」

 と、ティフェリが首を捻った。

「レダジオスグルムの一派がいる限り、アリスの後継者の力が正常にアースウィル全土に届かない。僕は連中をアースウィルから叩き出さなければならない。レダジオスグルムは僕の敵で、だから僕が適任者なんだ」

 と、僕は自分が旅している理由をそう語った。そして、さらに話を付け加える。

「奴等がいることで、アリスの後継者の力が届かないということは、アースウィルの世界のバランスが崩れるというだけの問題ではないんだ」

「晶魔だかって奴か」

 グロフィンがライベルを見て言った。ライベルは少し斜に構えた笑みを浮かべて、頷いた。

「奴等は今、ボス達の世界へ侵入する突破口を探してる。そんな時に守護の破れたアースウィルって存在は、奴等にとって好都合なのさ」

「アースウィル以外に世界があるってこと?」

 身を乗り出して、ティフェリが目を見開いた。彼女達は、次元宇宙を知らないのだから、当然のことだ。

「アースウィルは、アリシオンと呼ばれる、アリスが創り出した小次元宇宙の中にある。アリシオンの外側には、さらに次元宇宙がさらに広がっていて、僕はそこから来た。そして、僕がやってきた次元宇宙も、さらに広大な次元宇宙の中にあって、ライベルはそんな広大な宇宙の何処かから来た」

 そして。何故来たのかを、僕はティフェリとグロフィンに聞かせた。

「アースウィルがデブリスに乗っ取られたら、僕達の次元宇宙を攻撃する拠点にされるから。僕はそれを防がなければならない。僕達の次元宇宙の命運も懸かっているからね。僕と行動を共にするということは、そういう戦いに身を投じるということだ。君達が来たいと言ったから、僕も止めなかったけれど、いい機会だから、もう一度よく考えてほしい。ひと晩、どうするかを考えてくれないか」

 僕はその決定をティフェリとグロフィン自身に託した。つまり、来るか、ここで別れるかを。それは彼等の思い次第で、僕が強制するものではなかった。

「僕達は明日、早朝の日の出の時間にラズレンシアに発つ。一緒に飛ぶなら、来れば良い。君達の意志に任せる」

「日の出ね。遅れないでよ、グロフィンも」

「寝坊したら置いてくぜ、ティフェリ」

 ひと晩も必要ない、二人の声色がそう言っていた。二人は即座に、選択をした。

「そりゃ行くさ、行かないでか」

「まあね。こんな話逃したら一生後悔する」

 二人の視線に、恐れはなかった。


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