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聖騎士レイダークの手記  作者: 奥雪 一寸
善色の悪業
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第二章 沼に落ちた竜(7)

 ライベルと別れた後、何事もなかったように沼牛はスメイゴーヴの泥の上を進んだ。いらない危険を強いてしまった気がするので、

「追加で迷惑料を払うよ」

 と、僕はネッザとラザーに申し出たけれど、

「言う程危険じゃなかったですし、良いものを見られたので、追加の支払いは結構です」

 二人にはそう辞退されてしまった。

「それにしても、すごい身体能力ですね」

 僕のことを、ラザーが目を輝かせて褒めてくれて、少し照れくさい気分になる。殻の上での会話も筒抜けだったろうに、客の事情は詮索しない、というルールでもあるように、その内容は聞いてこなかった。

 ただ、ネッザやラザーはそれで良かったけれど、席に戻った僕の後頭部に突き刺さる視線は痛い。ティフェリやグロフィンは、あとで詮索する気満々でいるようだった。メルサッタに着いてから、おそらく根掘り葉掘り状況を問い詰められるのだろう。

 いずれにしても、沼牛の旅路は、その後は問題なく進み、予定衣通り二度ほど桟橋のある、こんもりと小高い小島での休憩を挟みながら、僕達は前方にレンゼと似たような造りの桟橋を持つ街を目にすることができた。

 レンゼとは違うのは、レンゼは街並みの建物がほとんど石造りだったのに対し、メルサッタは赤茶色の土を固めたような建物が並んでいることだった。町の規模はレンゼもメルサッタも同じくらいで、ここまでの道中、アラテア最大の都市は、やはり都のパムコルなのだろうなと思えた。 桟橋が近づくにつれ、日も高くなってくる。メルサッタからレンゼに向かう別の沼牛ともすれ違うようになって、沼地とは思えないちょっとした賑わいになっていった。すれ違うたびに、互いに短くベルを鳴らして挨拶するところも見ることができた。

 桟橋に辿り着くと、レンゼを出た時とは全く違い、自分が乗る筈の沼牛を待つ者、そんな者を相手に飲食物を売り込む者、荷物を運ぶ者等様々な生物が思い思いに動いていて、まさしく港というべき賑わいを見せていた。

「本日はお乗りきありがとうございました。証明札を回収させてください」

 ラザーに言われ、

「ありがとう。良い旅だった」

 と、礼を言って僕は証明札を手渡した。それを受け取ると、縄梯子を手に、ラザーは、少しだけ名残惜しそうに固まっていた。それから、縄梯子を降ろす代わりに、また口を開いた。

「本当に、あんな大きな生物にも動じず、ものすごい身のこなしで。すごいしか言葉が出ませんでした。きっと、すごい旅人さんなんですよね。名前を。名前を記念に聞いても良いですか?」

「僕はラルフ。ずっと旅を続けているのは、確かだ」

 答えて。

 僕は荷物から銀貨を一枚取り出して、記念に彼に握らせた。アースウィルに銀貨はない。貨幣としての価値もなく、珍しいメダル以上の価値はない筈だ。銀程度であれば、素材としても、トラブルの種になる程の価値もないだろう。

「さあ、僕達は降りないといけない。縄梯子を降ろしてくれるかな」

「はい、お気をつけて」

 ラザーは縄梯子を降ろしてくれた。僕はもう一度、

「ありがとう」

 と告げて、一番先に縄梯子を降りた。

 次にグロフィンが、最後にティフェリが続いた。ネーラは相変わらず自前の翼で降りてきた。

 地面からあともう少しのところで、ティフェリの背中に手を添えて、グロフィンが彼女がバランスを崩さずに桟橋の上に降りられるよう手伝う。ティフェリが縄梯子から手を離すと、すぐに縄梯子はラザーの手で巻き取られ、回収された。

「ご利用ありがとうございました!」

 手を振るラザーに、

「こちらこそ、快適な旅をありがとう」

 僕達も手を振り返した。

 ネッザとラザーの沼牛が動き出す。沼牛も生物だ。すぐには戻りの客を乗せることはせず、一度どこかで休息を取らせるのだろう。

僕達は手を振って沼牛が見えなくなるまで見送ってから、メルサッタの通りへと足を向けた。

「僕はこのままライベルに乗ってラズレンシアに向かっても良いのだけれど、それだとティフェリの体力がもたないだろう。ラズレンシアは雪国だと聞いているし、休憩しながら防寒装備を調達しよう」

 ティフェリとグロフィンにそう声を掛けながら通りを歩く。桟橋から続く大通りは、旅人向けの商店が軒を連ねていて、目当てのものも探せば見つかりそうだった。

「ありがとう。まずは、地に足が付いたところで少し座りたいかな。個室ならなお良いけど。聞きたいことも、や、ま、ほ、ど、あるしね」

 ティフェリが鼻息を荒くすると、

「全くだな。ちゃんと聞いとかないと、何に飛び込むことになるか分かったもんじゃない」

 グロフィンも、大きく頷いた。

 当然だ。実際、僕の旅の目的を話すのには、丁度良いタイミングなのだろう。ただ、それまで無駄にライベルを待たせるのは気が引けた。

 何とか連絡が付けばいいのだが、と思っていると。

『結晶を持ち歩いている時なら、声を掛けてもらえれば、アタシにも届くよ』

 荷物の中の結晶からライベルが返答した。それから、彼女が、

『少しだけ時間くれないかい。適当に誤魔化せる容姿に化けてくるよ。感覚的に、スキャンしたいのがあんまりいないのが難点だけど』

 そんな風に説明してくれた。半分は理解できたけれど、後半の話が僕にも分からなかった。

「スキャン?」

『アタシ等の種族の生来の能力みたいなもんさ。渡った先の世界に溶け込むために、現地の生物をトレースして化けるんだ。ディスガイズ・クォーツミラー・ドラコニス。それがアタシの種族名だよ。ちょいと長いけど、覚えてくれると嬉しいね。鏡映しに変装する竜って意味だ。ああ、現地の生物に化けても、いつでももとには戻れるから、ボスを運べなくなったりはしない。安心してくれよ。あくまで変身能力だと思ってくれりゃ良いかな』

 ライベルはさらに話してくれ、それから、結晶は沈黙した。しばらく首を捻って困っていると。

「待たせたね、ボス」

 と、僕と同じくらいの蜥蜴型の生き物が前から歩いてきた。体つきはコボルドにそっくりで、鱗の色は、鮮やかに金属的な光沢の水色。背中には青みがかった水晶のような膜を張ったような、蝙蝠型の翼が生えていた。

「こんな生物いるのか?」

 僕がティフェリとグロフィンに尋ねると、二人は大きく首を横に振った。そうだろうな、と、僕も思った。

「全然化けられてないんじゃないか?」

 今度はライベルに尋ねると。

「良いのがいなくてね。ボスに近い感じでいこうかとしたらこうなった。ボスがうまくスキャンできなかったみたいだ。でも、格好良いからアタシは気に入ったよ」

 牙を見せて笑い、ライベルは自慢げに腰に手を当てる。それは良かった、と言いたいところではあるのだけれど。

「ごめん、ティフェリ、グロフィン。まずは、衣服店だ」

 僕の口からはため息が漏れるばかりだった。グロフィンは兎も角、ティフェリは分かってくれた。

「前途多難ね」

 僕の肩に手を置いて、慰めてくれる。

 そう。

 ライベルはもともと竜だ。

 つまり、服など着ていない。

 翼が生えている珍種とはいえ、雌のコボルドを裸のまま歩き回らせるのは、僕の良識が許さなかった。

「あそこにある」

 グロフィンも衣服店を探してくれていたようだ。すぐに指さしてくれたので、僕達はライベルを囲むようにして、その店に駆け込んだ。幸い、女性向けの衣服店のようだった。

 とりあえず服選びはティフェリとネーラに任せることにして、居心地の悪い僕とグロフィンは、店の外でライベルの服の購入が終わるのを待つことにした。

 魔物の中には背中に翼が生えている生物も、尻尾が生えている生物もいる。何とか着られる服が見つかるだろうと、それだけを祈った。


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